「明日のためにその二。朝起きたら、まず短歌を50首詠むこと」
~~~深見鷹、263日前~~~
俳句の課題は、やがて短歌へと移行した。
五・七・五・七・七の例のやつだ。
「いーい? 単純に俳句を長くしたものと考えちゃダメよ? 短歌のポイントはまず主体。俳句が季語を中心に詠むものだったのに対し、短歌は自分を中心に詠むものなの。季語という縛りが無い代わりに、聞いた者の心に自分自身をそのまま想起させる、強烈なイメージ語りが大事になってくるわ」
「季語が無い分自由度が増すか……なるほど。あ、上の句とか下の句ってのもあるよな? あれはどっちがどういう役割を果たしてんだ?」
「大雑把に言うなら上の句でイメージを語り、下の句で心情……オチをつける感じね」
「なるほど、俳句よりもさらに小説に近づいた感じなんだな」
「俳句の時にも言ったけど……」
茜はずいと身を乗り出すようにして俺の顔をのぞき込んできた。
「この繰り返し作業はあんたの感性を強化するためのものだからね。自分の得意パターンを見つけて、とことん伸ばすの。キャラやストーリー、感情表現に情景描写のパターンを掴むの。惰性でやるんじゃなく、それらを常に意識するの。すぐにマンネリになると思うけど、そこで諦めちゃダメよ。しつこく続けていれば必ずブレイクスルー出来るから」
「お、おう。今からそんな先のこと言われると怖いというか……」
ちょっと引く俺に、茜は「にひっ」と無邪気に笑いかけて来た。
「大丈夫よ。あんたなら出来る。だって、このあたしの弟子なんだからっ」
「……」
どうして茜がそんなに俺のことを信じてくれているのかはわからない。
けれどその言葉で、ずいぶんと俺は救われた。
最初は苦労したけど、俳句の時と同じく短歌もすぐに詠めるようになった。
一首一分でとか、完全ギャグオンリーでとかいう無茶ぶりにも応えられるようになった。
「んー……これは説明くささが残るなあー……。イメージ語りと説明は違うからなあー……。こっちは勢いはいいんだけど、突っ走りすぎて意味が伝わりにくいのよねえー……。あ、これはいいわね。あたしはこれ好き。電柱の足下に溜まった雪とか、いかにもあんたっぽい地味ぃ~な視点だわ」
最終的に、完成した句の中から良さげなものを数首選んでもらい、新聞社や雑誌、ネットのコンテストに応募するにまで至った。
そこまでは順調だったのだが……。
「ふっふーん、いい結果が出るといいわねー。……と、そういえば」
昼食で作ったカルボナーラをフォークで丸めながら、思い出したように茜が言った。
「もうすぐ月末だけど、メインの原稿の進捗具合はどうなの?」
「…………うっ」
「…………う?」
詰まった俺を見る茜の目が、キッとつり上がった。
この場合のメインの原稿というのは、茜が俺に出した同居条件のひとつ。
・ひと月に一本、完結作品を仕上げて公募に投稿すること。
のことだろう。
「ええと……俳句と短歌とワンライで日々燃え尽きてたと言いますか、その……これだけ頑張ったらいいかみたいな感じで過ごしていたというか……」
「……ちなみに分量で言うと?」
「えっと……今のとこ三分の……四分の一ぐらいかな。最低十万字だから、あと七万五千弱」
「……締め切りまであと二週間なんだけど?」
「短歌のコンテストに応募したやつで条件満たしたことになりませんかね……ならないですよね」
「あ、あ、あ、あんたって人はあああっ」
「ま、待て待て。とにかくフォークはその場に置け。危ない危ない」
慌てて後ろへ下がる俺に、茜はずずいとにじり寄ってきた。
胸ぐらを掴まれ、凄まじい迫力でにらみ付けられた。
「すぐに原稿見せなさい。このあたしが全力で指導してあげるから」




