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「Call Me"師匠"」

 ~~~深見鷹ふかみたか、276日前~~~




「ふうーん……お母さんが出て行ってから小雪こゆきはますますぶっ壊れて? お父さんが亡くなってからさらにおかしくなって? しまいにはあんたの介護が欠かせないようになって? そんで、いつの間にかほだされるように好きになっていったって? ふうううーん?」


 俺が話を終えると、あかねは腕組みしながらぶつぶつとつぶやき始めた。


「そんで? 今回あんたが小説家になりたいって夢を説明したら怒り出したって? あんたには才能が無いから、きっとお父さんと同じてつを踏むから、だから絶対なっちゃいけないって? 自分が養ってあげるから大人しく主夫してなさいって? どうでもなろうっていうんなら、出版社に圧力かけてでも受賞を止めさせるって? ふうううううううううーん?」


「もちろんそんなの出来るわけないんだけどさ……ってか茜、なんか怒ってる?」


「怒ってるわよ! 決まってるでしょ!?」

 

 茜は顔を真っ赤にすると、バンバンと床を叩いた。


「何を勝手に決めつけてくれてんのよ! 小雪がいったいあんたの何を知ってるってのよ! どんなものを好んで! どんなものを書いてて! どんなところで悩んでるのか! 小説家になってからどうしたいのか! そういった努力や苦悩をひとっつも知らないくせに! 何ふざけたことぬかしてんのよ!」


 バンバンバン、バンバンバン。

 茜の怒りは収まらない。


「あんたもあんたで何で言われっぱなしにしてるのよ! ふざけんなバカ野郎の一言くらい叩きつけてやりなさいよ!」


「言われっぱなしには……してないよ。ふざけんなとまでは言わないけど……でも……」


「でも何よ!」


「俺は諦めない、って言ってきた。そしたらあいつ怒って……珍しくも怒り出して……追い出されて……結果として今、ここにいるんだよ」


「はああー……んんんー……?」


 茜は目をぱちくりさせると、不思議そうに首を傾げた。

 

「要はこういうこと? あんた、そんなご大層なことのたまっておいて、なおものこのこ戻る気してんの? 小雪の怒りが静まるのを待って、そんでへこへこ、コメツキバッタみたいに頭を下げて?」


「言い方っ……。いやまあ、そういう感じではあるんだけどさ。でもしょうがないじゃん。実際問題他に手は無いわけだし」


 小雪がいないと、俺には住み家も無ければ稼ぐ手段も無いんだ。


「ダメでしょそんなことじゃ! そんなカッコ悪いこと、出来るわけないじゃない!」


「いやまあ……やるのは俺だし……」


「絶対嫌! あたしだったらそんな辱めには耐えられない! そんなの呑むぐらいなら腹を斬って死ぬわ!」


「男らしい!?」


 武士みたいな茜の反応に驚いていると……。


「ってゆうか目の前でそんなことされてんの見るのもムカつくわ。気持ち悪くて吐きそうになる……うえっ」


「そ……そんなに?」

 

 よっぽど耐え難かったのだろう、茜は顔を青くして俺の服の袖を掴んだ。


「……そうよ。ダメ、ダメよ絶対。そんなのさせらんない。あたしじゃなくても……たとえそれがあんたであっても……」


「だ、だけどさあ……」


「させらんないから……うん、決めた。今、決めたっ」


 茜はひとり勝手にうなずくと、俺の服の袖をグイと強く引っ張った。


「っと……?」


 まったく予想していなかった行動に、俺は体のバランスを崩した。

 よろけて床に手を突いて──その拍子に、茜の顔と急接近した。


 互いの目と目の距離、およそ10センチ。

 瞳孔の細かな色合いまでわかる距離で、俺たちは向き合った。


「あ、茜……?」


 思わぬ展開にどぎまぎしている俺に、茜はまっすぐ言葉を叩きつけてきた。


「あんた、帰らないでいいわ。このままここにいなさい」


「泊めてくれるってこと? それだったらもう聞いたけど……」


「言っとくけど、小雪の怒りが納まるまでじゃないわよ? あんたが小雪を見返すまで」


「は? え? でもそれって……」


 この場合、小雪を見返すには俺が作家になるしかないわけなのだが……。


「もちろん、今のあんたに作家になるほどの実力が無いのは知ってるわ。実力を蓄えて数年、あるいは十数年が必要だろうことも」 


「率直な意見だなおい。いやまったく無いと言われるよりはマシなんだけども……」


 微妙に凹んでいる俺に、茜はビシッと人差し指を立てて見せた。

 ギラリ目を光らせて、俺を見た。


「ねえタカ、一年寄こしなさい。あんたの一年をあたしに」


「俺の一年……? そりゃあいいけど……ってか、一年でいったい何を……?」


「要は一瞬でも勝てればいいわけでしょ? 勝って、あいつの上に立てればいいわけでしょ?」


「……ごめん、ちょっと本気でわからない」


「鈍いわね。ここまで言ってもわかんないの?」


 茜はやれやれとため息をついた。


「あんた今まで、あたしとさんざんやってきたじゃない。『物書き60分1本勝負』、『執筆のゼロヨン』云々(うんぬん)かんぬん。さあ答えてみなさいよ、物書きの魂を懸けたその決闘の名は?」


「ワン……ライ?」


 俺の答えに、茜はニヤリとほほ笑んだ。

 我が意を得たりと、嬉しそうに。


「そのとおーり。あれならあんたでも勝てるわ。文章力でも構成力でも発想力においても負けているあんたでもね。有無を言わさぬ極超短期決戦でなら、勝ち目はある。一度でも勝てば、小雪もあんたのことを見直さざるを得ないでしょ」


「あ、ああー……」


 なるほどと思った。

 ワンライで勝つのは難しい。

 よっぽどのプロ作家ですら、100戦100勝とはいかない世界だ。

 お題との相性もあるし、その日その時間での調子の良し悪しもある。

 ましてや小雪はムラッ気の強い作家だ。

 これはことによったら……。


「なるほど、それなら……」


「お、やる気になったわね?」


「うん、うん。やる気になった。なってきたよっ」


「よおーしっ、その調子よ。いい? タカ。打倒小雪よ。ぶちのめして、思い知らせて、大手を振って家に帰るの」


「おお……っ、おお……っ」


「一年間、あたしがみっちりしごいてあげる。だからね、タカ。これからあんたはあたしのことを『師匠』と呼びなさい」


「し、師匠、お願いしますっ」


「うむうむ、苦しゅうない。苦しゅうないぞよ」 


 なぜか殿様みたいな口調になっているが……。

 ともかくそれが、俺と茜の間に師弟関係の築かれた瞬間だった──


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