「愛の定量」
~~~深見鷹、276日前~~~
最初はまあ、そうでもなかったんだよ。
そうってのはまあ……あいつの勢いが強すぎて、俺のほうはただただ流されていただけというか……。
ともかく、その日以来完全に俺に懐いた小雪は、いつどこにいても俺のことを気に掛けるようになった。
登下校はもちろん、休み時間や放課後までもくっついて来るようになった。
別に何をするってわけじゃないぜ?
子供だし、恋人みたいな感覚は全然なかった。
周りは何やかやはやし立ててきたけど、そんなのは無視だ。
ただふたりで、いろんなところに行った。
図書館とか古本屋とか、長く時間が潰せて、互いに興味があるところを重点に。
最初は本を読んでるだけだった。
互いが好きな本、おすすめ、嫌いな本の話でも盛り上がった。
やがてうるさいと思われたのか、俺たちはいろんなところを出禁になった。
最終的に残されたのは互いの家……つっても俺のとこ(養護施設)は論外だったから、自然と小雪の家に入り浸るようになった。
それがこの前、おまえが訪ねて来た古本屋なわけ。
当時はまだ、小雪には両親がいてさ。
物静かなお父さんと、お父さんが大好きなお母さん。
三人、とても幸せそうだったよ。
その関係が壊れたのは、小雪が中学に入ってすぐだ。
お母さんが家を出て行ったんだ。
理由は簡単だ。
お母さんの、お父さんへの愛が尽きたんだ。
~~~小雪、276日前~~~
愛には定量があるんだということを、わたしは初めて知った。
どれだけ好き合っている者同士でも底無しじゃないということを、その時初めて。
お父さんは売れない作家だった。
一度何かの拍子で受賞した一作目がまったく売れず、その後二冊出した本もことごく売れず、出版社から見捨てられた。
改めて新人として持ち込みしても門前払い。
他の出版社に持ち込んでみても、売れない作家のレッテルを張られているのだろう素気無い扱い。
ならばと他の新人賞に応募するが、これもことごとく選考落ち。
それでもお父さんは諦めなかった。
寝食を忘れ、執筆活動に没頭し続けた。
笑顔を忘れ、家族と対話することすらなくなった。
お母さんは甲斐甲斐しくその世話をし続けた。
し続けて……し続けて……ある日突然、限界が来た。
ふらっと買い物に出かけたきり戻らなかった。
数か月後に離婚届が届いて、それっきり。
でもわたしは、お母さんを責める気にはなれなかった。
だってそんなの、お父さんが悪いんだもん。
自分の才能に見切りも付けられず、一番身近にいた人を大事にしなかった。
お母さんが怒るのも当然。
出て行かれて、臨終の際まで会いに来てくれなくたって、文句をつける筋合いなんかない。
だからわたしは思うんだ。
自らの限界を知ること。
大切な人が道を誤ろうとしていたら、必ず止めてあげること。
だからわたしは……。
「……タカちゃんに、お父さんと同じ轍は踏ませない」
改めて声に出して、強く誓った。