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案山子の帝王  作者: 柚緒駆
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詰問

 笑顔。花もほころぶような可憐な笑顔。


「大統領閣下も大三閥の皆々様も、お元気そうで何よりでございます」


 魔人リキキマのホログラムは、ドレスの裾をつまんでお辞儀をした。建物の外には北風が吹いていると言うのに、この部屋の中には春の暖かさが感じられた。


 かつてロシアと呼ばれた地域の中部に世界政府の大統領府はある。各エリアの利害がもっとも衝突しない場所がここだったのだ。その名目上の世界の中心にある大統領執務室。大三閥のリーダーたち――この三人もホログラムである――のリキキマに向ける目は厳しい。


「いやあ、呼び立てて済まないね、リキキマ。どうしても確認したい事があるのだが」


 どうやらリキキマは苦手ではないらしい。大統領は威厳ある態度で問い質した。リキキマはうなずく。


「いえいえ、お気遣いなく。何でもお尋ねください」

「では聞くが、最近他の魔人がデルファイの壁の外に出たりはしていないかね」


「はい、出ております」

「そうか、出ていないか。うーむ……え、出てる?」


「はい、出ております。先般ダラニ・ダラとウッドマン・ジャックの二名が」


 リキキマは笑顔のまま、平然と答える。大統領は他の三人のホログラムの方をチラチラと見ながら焦った口調で詰問した。


「リキキマ! それは、それはいかんだろう! 困るじゃないか、君には『港』を守るよう言ってあるはずだ。何で魔人を外に出した。どうなってる」

「はい、確かに私は『港』の守護を仰せつかっております」


 リキキマは笑顔を崩すことなく、小首をかしげた。


「ですが、『港』を経由せず外に出る者は、どうしようもございません」

「なっ……」


 大統領はしばし絶句。しかし大三閥の三人の視線に、ハッとする。


「それは、あの、何だ、『港』を使わずに外に出るとか、出来るのかね」


 するとリキキマは、キョトンと不思議そうな顔になる。


「並みの獣人や昆虫人(インセクター)ならいざ知らず、たかだか四千メートルの壁など、魔人にとっては低い障壁でございます。ご存じなかったのでしょうか」

「しかし、しかしだな、これまで百年間、魔人は誰も外に出なかったではないか」


「はい、人間の皆様にご迷惑がかかっては申し訳ございませんので、みな自重しておりました。これもご存じなかったのでしょうか」


 リキキマの顔は心底意外だと告げている。それが気に障ったのか、大統領は癇癪を起こして責め立てた。


「迷惑だと! そうだ、大変に迷惑だ。それがわかっていて、何故魔人が二人も外に出た。そして暴れた。理由を言え、理由を!」


 再び笑顔を見せて、リキキマは説明した。


「我らデルファイの四魔人は、生まれてきた経緯はそれぞれですが、みな神魔大戦においてイ=ルグ=ルと戦った者たちです。天敵と申し上げても良いでしょう。その魔人が、デルファイの壁の外に出てまで戦う理由は一つしかございません」


 ここで一つ息をつき、こう続けた。


「間もなくイ=ルグ=ルが目覚めます。我らはイ=ルグ=ルに味方する者たちと戦いを開始しているのです」

「くだらん言い訳だ」


 ラオ・タオの声。愕然とした顔で振り返る大統領に、崑崙(くんるん)財団の指導者は言う。


「これでハッキリしただろう、ジェイソン。この連中は人類に敵対しようとしているのだ。イ=ルグ=ルが目覚めるだと? そんなヨタ話を誰が信じる」

「人類の皆様にご信用いただけるかどうかは判断いたしかねます。ただ、真実のみを申し上げておりますので」


 そう言ってリキキマはまたお辞儀をした。しかしラオ・タオは鼻を鳴らす。


「真実など珍しくもない。そもそも貴様らにとっての真実は、人類にとっての真実ではないのだ。考慮するに値しない」


 そして向かい側に座る巨躯の老人を見つめる。


「今回被害を受けたのは、エージャンだ。あんたも何か言いたい事があるんじゃないのか、ウラノス」


 一呼吸置いて、ウラノスは言う。


「特にないな」

「何だと」


「いま言えるのは、もし本当にイ=ルグ=ルが目覚めたら、被害の規模は想像を絶する、いや、人類が今度こそ滅亡するやも知れんという事だ」

「こいつらの言葉を信用するというのか」


「ならば否定する根拠があるというのか」

「それは悪魔の証明だ。無意味だよ、ウラノス」


「そうでしょうか」


 沈黙していたマヤウェル・マルソが声を上げた。


「彼らには実際に戦った相手が居ます。それを見つけられれば、リキキマの言葉が本当かどうかは証明出来ると思いますけど」


 ラオ・タオが鋭い目でにらみつける。


「どうやって見つける」


 マヤウェルは微笑みを返した。


「それは大統領のお仕事では」


 ジェイソン大統領は「え?」という顔を見せた。ラオ・タオはそっぽを向く。


「話にならん」

「ではラオ師はどうされたいのですか」


 マヤウェルの問いに、ラオ・タオはリキキマをにらみつけた。


「殲滅だ。人類に敵対する異形の者は、すべて排除する」

「庶民的な解答ですね」


 マヤウェルは肩をすくめてウラノスを見た。


「ウラノス翁はどう思われます」

「デルファイを殲滅するには軍事力が必要になる。それをどうやって用意する。エリア・トルファンですべてまかなえるのか」


 ウラノスの言葉に、ラオ・タオは馬鹿にしたような顔をした。


「これは人類全体の問題だ。すべてのエリアに武装と兵力を出させる。当然の事だ」

「それは出来んな」


 しかしウラノスは即座に否定する。ラオ・タオは刺すような目で見つめた。


「何故だ」

「決まっている。イ=ルグ=ルの復活に備えねばならんからだ」


 ウラノスは火の出るような視線でにらみ返した。ラオ・タオは言う。


「ありもしない脅威に備えるのは、愚か者のする事だぞ」


 ウラノスは返す。


「見える物事だけを警戒するのは、浅はかというものだ」


 にらみ合う二人を前に、マヤウェルは呆れた顔で大統領を見た。大統領は真っ青な顔で首を振っている。



「ったりーっ、ったりーっ、ったりーっ!」


 迷宮(ラビリンス)の中に響くリキキマの声。


「あー、ったく、クソたりいわ! 何だアイツら面倒臭え」


 椅子にふんぞり返って荒れまくるリキキマに、ハイムは紅茶を勧める。それをガブガブ飲みながら、リキキマは一際大きな声を出した。


「なーにが殲滅だよ、クソが。やれるもんならやってみろっつーんだよ、カスが。んなもん返り討ちだ返り討ち。はーっ、馬っ鹿じゃねえの。無駄に歳だけ取りやがってよ、雑魚が雑魚が雑魚が!」


「それで?」向かいの椅子に座ったドラクルが笑顔でたずねる。「話し合いは結局どうなったの」


 リキキマはやってられない、という顔で二杯目の紅茶を飲み干した。


「お流れだ、お流れ。次回改めて話し合いましょうだとよ。まーた呼びつけるつもりかよ、クソったれが」


 ハイムはカップに三杯目の紅茶を注ぎながら言った。


「おや、それでは3J様にまた『予習』をしていただきませんと」


 リキキマは一つため息をつき、手にした紅茶のカップを見つめる。


「けどあれで良かったのかね。3Jの言った通りの内容を喋ったんだが、あのラオ・タオの野郎、その場の勢いだけで殲滅だ殲滅だ言ってたようにも思えなかったぞ」

「まあいいんじゃない。3Jの事だから何か考えがあるんだろうし」


 ドラクルも一口紅茶を飲んで、そして笑った。


「案外、何もなかったりしてね」



 エリア・トルファンは夜九時頃。まだ眠るには早いが、帰宅するには少し遅い時刻である。大昔の労働者でもあるまいに、こんな時間まで職場に残っていたのは、大統領府での会談があったからだ。それなのに。ラオ・タオはつぶやいた。


「ウラノスめ」


 腹立たしい。まったくもって腹立たしい。何が浅はかだ。何がイ=ルグ=ルだ。ヤツの魂胆はわかっている。地の利を生かして、自分たちだけでデルファイを利用しようとしているのだ。四魔人を解き放つ事が出来ると言えば、それだけで他のエリアに対する抑止力となる。そうでなくとも市場であるし、実験場としても使えるに違いない。


「だが、そんな手は食わない」


 デルファイは何としても殲滅せねばならない。それがオリンポス財閥の力を奪い、エリア・エージャンの衰退にもつながる。すなわち、エリア・トルファンを繁栄に導く鍵なのだ。ラオ・タオがそう考えたとき。


「そうよ、その通り」


 背後から女の声が聞こえた。


「さすが私たちの息子だ」


 男の声も聞こえた。


 振り返ると、そこにはいつの間に現われたのか、二つの人影。丸い顔、丸い体。丸々とした手足に、真ん丸の目玉。風船人形を思わせる男女――服装と髪型が違うだけで、その他はそっくりだった――が手をつないで立っている。


 ラオ・タオは子供のような無邪気な顔でたずねた。


「ママ、パパ、どうしたの」


 女が言う。


「帰りが遅いから、心配して来てみたの」


 男が言う。


「今日も頑張ったんだな、偉いぞ」


 ラオ・タオは二人の間に顔を埋め、両腕で抱きしめた。


「頑張ったよ。頑張ったんだよ、ママ、パパ」


 女が言う。


「あなたは自慢の息子よ」


 男が言う。


「自分を信じて進みなさい」


 ラオ・タオはすすり泣きながらうなずく。


「うん、頑張るよ。明日も頑張るよ」


 そのとき、デスクのモニターに秘書が現われた。


「会長、お車の準備が整いました」

「そうか、すぐに出る」


 ラオ・タオは何もなかったかのように椅子から立ち上がり、コートを手に取ると、ドアに向かう。部屋の中には誰も居ない。人の気配など、最初からどこにもなかった。

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