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案山子の帝王  作者: 柚緒駆
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イ=ルグ=ル

 ナーガとナーギニーは十四歳の男女の双子。インド系の容姿と、共に優れた精神感応力を持っていた。これは遺伝子操作では手に入らない力。それ故にDの民の嫉妬の対象となった。あの出会いがなければ、実験動物として死ぬまで研究所から出られなかったろう。


「思念波です」


 ナーギニーが告げる。


「大きい。とてつもなく大きい。こんな巨大な思念波は、これまで感じた事がありません」


 ナーガが声を震わせる。


 プルートスにJと呼ばれた少年は、グレート・オリンポス百階の第二ヘリポートに居た。


「アキレス」


 Jの視界に再び青い髪の青年が現われる。


「お呼びか、主」

「第一ヘリポートのムサシは」

「血圧と心拍数が急上昇しております」

「何が起きている」


 Jの視界に、五十階にある第一ヘリポートの映像が差し込まれる。四人の人影が見える。


「センサーは四人分の重量を感知しております。しかし映像分析によれば、第一ヘリポートでは、まだこれといって何も起きてはおりません。ただ」

「ただ?」

「総合本社ビルのセキュリティシステムの全経路に対して、一斉かつ同時に高い負荷がかかっております。現在は全システムをメンテナンス用の予備回路に切り替えておりますが、これが意図的な攻撃ならば、見つかるのは時間の問題かと」

「ミュルミドネスの意見は」


 巨大並列コンピューター群ミュルミドネスは、百万の演算装置の集合体。最大百万通りの見解がある。


「エリア・エージャン外部の企業その他の組織による、我々の使用するセンサー類における検知領域外からの攻撃、それがもっとも多数派の意見と言えます」

「もっとも少数派の意見は」

「神魔大戦の怪物が蘇ったと」


 Jの決断は早かった。


「最悪を想定する。戦闘ドローン全機展開。戦闘衛星を直上に移動。僕らも第一ヘリポートに向かう」

「御意のままに」


 アキレスは姿を消し、振り返ったJは、ナーガとナーギニーを従えて、待機させていたヘリに向かった。



 闇よりも黒い風。それは強大な圧力と共にプロミスに襲いかかった。鼓動の音が耳を打つ。冷たい汗が頬を伝う。胸に湧き出る感情は、ただ恐怖のみ。いまいったい何が起きているのかなど、脳裏に浮かべる余裕もない。見えるのは、ぬいぐるみのクマ。目のボタンがプラプラしている汚れたクマ。人間とは根本的に違う笑みを浮かべたクマ。


――お眠りよ


 誰かの声が聞こえる。


――目を閉じれば怖くないよ。眠ればそれですべてが終わるよ


 体が冷たくなる。まぶたが重くなる。これでいいのだろうか。いいのだろう。だって他に選択肢など思いつかない。本当に? 何かなすべき事があったのでは? なすべき事、なすべき事、何だろう、何も思いつかない。もう何も思い出せない。何も。何も。何も。


 炎。燃えるお家。燃えるクマのぬいぐるみ。お父さん、お母さん、すべてが燃える。


「プロム!」


 懐かしい声に、プロミスは天を振り仰いだ。降下して来るヘリから身を乗り出し、自分の方に手を伸ばすその姿。プロミスは思わず歓喜の声を上げた。


「ジュピトル!」



 Jと呼ばれた少年、ジュピトル・ジュピトリスは、ヘリが降着するのを待たずに飛び降りた。


「アキレス」

「お呼びか、主」


 現われた青い髪の青年に目もくれず、ジュピトルは闇を見つめた。


「第二ヘリポート北端をドローンで攻撃」

「測定上、何も存在しないが、よろしいか」

「構わない、やれ!」


 そう言い終わると同時に、上空から十数機のドローンが急降下、ヘリポートの端に機銃掃射を開始した。


 ぱっ。ぱっ。ぱっ。火花が飛んだ。と、思うと、闇より黒い風がジュピトルに吹き付けた。強大な圧力を従えて。何かが闇の中に浮かび上がる。そこに立っていたのは。


 ジュピトルは見た。幼い頃の自分自身の姿を。


――自分が怖い?


 どこからか声が聞こえる。


「……イ=ルグ=ルなのか」


 すると闇の中の小さなジュピトルは、にいっ、と笑った。


――少し違う


「違う?」


――これはイ=ルグ=ルの夢の断片が、この世界に影響を与えているだけ


「イ=ルグ=ルは百年前に滅んだのではないのか」


――滅んではいない。イ=ルグ=ルは眠っている。この惑星の重力の底で、目覚める準備をしている


「まさか、それを僕らに伝えに来たとでも言うのか」


――イ=ルグ=ルは知っている。この惑星には、もうかつての力はない。現在のこの惑星において、脅威となるのはおまえだけ


――イ=ルグ=ルは理解している。おまえは力を恐れている。与えられた己の力を使えずにいる。目覚めるまでもなく、排除するのは容易い


「ナーガ! ナーギニー! 思念防壁!」


 ジュピトルの隣に立ったナーガとナーギニーが両手のひらを闇に向けると、黒い風が光の壁に阻まれた。そのまま闇に近付いていく。プロミスが、ハーキイが、ムサシが黒い風の影響から脱した。そして光がズマを包もうとしたとき。


「おいらは要らねえ」


 ズマは振り返って歯を見せた。


「でも……」


 ナーギニーが困惑した顔を見せるとズマは言った。


「おいらは馬鹿だから、こんな面倒臭いのは通じねえ。潰したいなら、力尽くで来なきゃな」

「恐ろしい事を言いおるのう、この小僧」


 白髪オールバックの老人、ムサシが呆れた声を上げた。


「そう言う爺さんも平気そうじゃねえか。人間のくせに」

「馬鹿をぬかせ。内心ビビりまくっとるわい」


 そんなムサシから視線を外すと、ズマはプロミスとハーキイを見た。


「アンタらは大丈夫か。本番はこれからだぞ」


 ハーキイはプロミスをかばうように立つと、顔に浮かんだ冷たい汗を手のひらで拭った。


「これから何が起きるって言うのさ」

「説明はしねえって言ったろ」ズマはそれだけ言うと、ジュピトルに目を向けた。「ジュピトル・ジュピトリス、兄者からの伝言だ。『自分の命は自分で守れ』だとさ」

「兄者? それはいったい」


 もちろんズマは答えない。闇に向き直ると、牙を剥いた。


「さあ、いい加減にかかって来やがれ、この野郎!」


 どこからか声が聞こえる。


――イ=ルグ=ルは考えている。聖神への不遜に降されるべき天罰について考えている


「るっせえ! 神は死んだんだよ、バーカ!」


 その一言が効いたのかも知れない。闇の中に、暗黒の塊が浮かんだ。表面が微細にうねうねと動く、黒くて丸い塊。


「何だよ、イトミミズじゃねえか。何が聖神だよ、ドブにでも潜ってろクソ野郎が!」


 その表現がどれほど的確であったかは、黒い塊の反応でわかった。表面のうねりが止まったのだ。そして次の瞬間、うねりが数本まとまって表面から持ち上がり、触手となった。一本、また一本と触手は増え続け、やがて黒い塊は数十本の触手を振るう、ヒュドラの如き怪物へと変貌した。


「来た来た、来やがった」ズマは毛むくじゃらの両手を構える。「期待してんぜ、ガッカリさせんなよ神様」


 黒い触手の一本が振るわれた。その先端は鞭の如く音速を超える。ヘリポートをえぐりながらズマに直進した。そして。轟音と共に、ズマは片手で受け止めた。その瞬間、ズマの全身には爆発的な速度で体毛が生えた。狼の剛毛が。


 二本目の触手が真上からズマを襲う。だがそれも片手で受け止める。そしてプロミスを振り返った。


「さあ爆弾使え! いまのアイツなら効くぜ!」


 プロミスは慌ててリュックを下ろし、ボルケーノを組み立てようとした。そこに触手が伸びる。それを腹で何とか受け止め、両手でつかんだのはハーキイ。苦悶の声を上げる。


「プロミス、早く!」


 ジュピトルは青髪のアキレスに命じた。


「イ=ルグ=ルをドローンで爆撃」

「御意のままに」


 ドローンの編隊がヘリポートの北側に集まり、次々に爆弾を投下する。爆発音の中に、生物の叫び声のような音が響いた。しかし同時に爆煙の中から何十本もの触手が放たれ、ドローンを叩き落として行く。その中の一本がハーキイを狙った。しかしすでに両手で触手をつかまえているハーキイには防げない。だが。ハーキイの前にムサシがひょいっと飛び出した。そして斜めにクルリと一回転。そうとしか見えなかったのだが、襲いかかってきた触手は、三箇所が切断されていた。


「恩に着ていいぞ」


 ムサシはハーキイに、ニッと笑った。だが。


「おーっと、こりゃいかん!」


 慌てて跳び上がり、宙を蹴った。そこに飛び込んでくる触手。しかし間一髪、ジュピトルに届く前に切断された。


 ジュピトルはプロミスに駆け寄る。


「爆弾を組むの、協力する。貸して」


 プロミスは思わずリュックを隠す。


「あ、あんたねえ、このボルケーノはいったい何のために」


 だがハーキイが悲鳴のような声を上げた。


「プロミス! 長くは持たないから」


 そこに、特大の触手が一本、プロミスの頭の上に落ちて来る。


「プロム!」


 ジュピトルがプロミスをかばった。そのとき。風が吹いた。

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