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案山子の帝王  作者: 柚緒駆
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蠢くもの

 闇の中、地の底を蠢くもの。それは知っていた。自らに敵対するであろう存在を。恐れてはいなかった。恐れる理由などまるでなかった。


 だが敵を恐れさせねばならない。自らの存在を知らしめ、恐怖に駆らせなければならない。だから目と耳を潰す。闇の中から手を伸ばし、すべての経路を同時に、ギュッと握る。破壊はしない。壊さずに、ただエネルギーの流れを止めるのだ。目に見える巨大な敵より、暗闇の小鬼を恐れるのが人間というものだと、それは経験的に理解していた。



 闇の中、空の上を蠢くもの。それは知っていた。自らに敵対するであろう存在を。恐れてはいなかった。恐れる理由などまるでなかった。


 だが人々を恐れさせねばならない。敵の存在を知らしめ、恐怖に駆らせなければならない。だからまだ手を出さない。闇の中へと手を伸ばし、敵を捕まえるのは容易い。破壊し、撃退するだけならすぐにでもできる。だがそれでは意味がないのだ。いま見える小さな敵より、暗闇の向こうの真の敵を討たねば人類に未来はないと、それは充分に理解していた。



 オリンポス財閥総合本社ビル、グレート・オリンポスには五十階、百階、百五十階の三箇所にヘリポートがあった。どれも大型の輸送ヘリが離発着できる広さがある。その五十階のヘリポートの隅に、プロミスとハーキイは着陸した。しかしヘリポートはしんと静まりかえっていた。この時点で、ようやくプロミスは気付いた。妙だ。いくら何でも静かすぎる。


 電磁波吸収塗料で塗りつぶしたハングライダーはレーダーの網をかいくぐったのかも知れない。もちろんそう考えればこそ、この手段を選んだのだ。だがヘリポートには重量センサーがあるはずだ。人が二人も降り立てば気付かれる。その前提であった。だが警備兵も警備ドローンも出てこない。何故だ。


「どう思う」


 ハーキイの言葉にも緊張が見える。同じ事を考えていたのだろう。


「何かが起きてるんじゃない」


 そう言いながらプロミスはリュックを下ろした。中の荷物を確認する。手のひらサイズの四角いブロックがギッシリと詰まっている。


「それでもやる気かい」


 呆れたようなハーキイに、プロミスはゴーグルを外して微笑んだ。


「私たちに有利な事が起きてるのかも知れない。なら、このチャンスを逃す手はないでしょ」


 四角いブロックの正体は、二液混合式爆薬『ボルケーノ』。ブロック単体ではどんな衝撃を与えても爆発しないが、二種類のブロックを結合させ、中の液体が混ざると、簡単な刺激で爆発する。


 いまこのグレート・オリンポスにはDの民のトップクラスが集まっている。彼らごとビルを崩壊させられれば、エリア・エージャンにおける支配構造は変革を余儀なくされる。Dの民は神様ではない。爆弾で簡単に死ぬのだ。


 義勇軍『プロメテウスの火』。Dの民の支配に抵抗する小さな集団の若きリーダー、それがプロミスのいまの姿だった。


「それじゃ行こうか」


 プロミスがリュックを背負い直したとき、暗い空からクラトスとビアーの鋭い鳴き声が響いた。ハーキイがプロミスを背に回す。


「やっぱり黙って行かせてはくれないらしい」


 ヘリポートから建物内部につながる入り口に、明かりを背にした人影が現われた。一人だ。自動小銃を手に、ゆっくりと歩いて近付いてくる。


「たった二人でここに乗り込んでくるとは、随分とまた命知らずなテロリストじゃな」


 その正体に、ハーキイは気付いたようだった。


「アタシの後ろから出るんじゃないよ」


 プロミスに小さな声でそう言うと、ハーキイは一歩前に出た。


「エリア・ヤマトの軍神と言われた男が、いまじゃDの民の飼い犬かい。出世したもんだね」


 照明の下に出てきたのは、決して大柄とは言えない老人。キモノ、と言うのだろうか、東洋の服を着て、真っ白い髪をオールバックになでつけている。


「ふおっ、ふおっ、それはまた懐かしい言葉を聞かせてくれる。よく知っておるのう。じゃが飼い犬生活も悪くはなくてな。ことにいまの飼い主は気に入っておるよ」

「その飼い主に用があるんだけどね。呼んできてくれないか」

「そうしてやりたい気持ちもなくはないが、そうも行かん。アレはいま忙しくてな。おまえさん方と関わりあっとる場合ではないのだ。と言うか」


 老人は二人に銃口を向けた。


「おまえさん方も帰ってくれんかのう。ちょっと洒落にならん事になりそうでな」

「そう言われちゃ帰る訳には行かないね」


 ハーキイはまた一歩前に出た。老人は一つ溜息をつく。


「天邪鬼は大ケガの元じゃよ」

「悪いね、生まれつきなんだ」

「なら仕方ないのう」


 老人はためらうことなくトリガーを引いた。ハーキイは顔を両手でカバーして真っ直ぐ走った。


「うおおっ!」


 ボディスーツが銃弾にえぐられる。しかしその下にあったのは素肌ではなかった。白くて薄いセラミックアーマー。自動小銃の銃弾でも、同一箇所で三発くらいまでなら防げる優れものだ。


 老人は下がったが、ハーキイの飛び込むスピードの方が早かった。左手で銃身をつかんだかと思うと、右手で老人の顔面に一撃、のはずが、手首をつかまれたハーキイの体は宙を舞った。けれどヘリポートに叩きつけられる寸前に体をひねり、足から着地、そのまま再び下から左手で老人の顔を襲った。老人はそれを二本の腕をクロスして受け止める。だがその姿勢のまま、体は三十センチ後ろに滑った。


「……なるほど、これが『豪腕』ハーキュリーズの一撃か。マトモに食ろうたらオダブツじゃな」

「ちっ」


 武道家道士が戦いの中に交差して動きが止まると、次に離れる瞬間が危ないというのは、一つの常識である。なのに老人は簡単に一歩下がった。不用意な、ハーキイにはそう見えた。だから釣られて一歩前に出てしまった。その瞬間、老人の下げたはずの足が跳ね上がった。


 何の事はない、まんまと呼び込まれてしまったのである。不用意なのはハーキイの方だった。


 老人の足先からは(ブレード)が飛び出していた。ハーキイの首は切り落とされていただろう、もしその足が宙で動きを止めなければ。


 と言っても老人が足を止めた訳ではない。止められたのだ。つかまれたのだ。毛むくじゃらの大きな手に。その大きな手は、小さな体につながっていた。褐色の肌で半ズボンを穿いた、毛むくじゃらの大きな両手を持った上半身裸の男の子が、ハーキイと老人の間に立っていた。


「あのさあ、何やってんの、こんなときに」


 男の子はゴミでも投げ捨てるように、老人の足を放した。老人は三歩ほど下がると、腰をトントンと叩いた。


「はて、何じゃな、おまえさんは」

「おいらはズマ」そうぶっきらぼうに答えた。「アンタらが全滅したら面倒臭いからって、兄者に言われて加勢に来た」


 ズマ。その名は聞き覚えがあるとハーキイは思った。老人も何やら考えている。


「どうやってここに入って来た」

「手と足で上って来たに決まってんじゃん。それよりもさ」


 ズマはプロミスを見つめた。


「爆弾持ってるんだろ」

「えっ」

「いまのうちに準備しとけよ。すぐ来るぞ」

「来るって何が」

「オレは馬鹿だから説明はしねえ。説明してる余裕もねえ。ただ言えるのは、死にたくなかったら頑張れってこった」


 ズマはヘリポートの端を、いや、その向こうの闇を見つめている。聞こえるのは風の音だけ。何も見えない、何も聞こえない、しかしその中に、ズマはそれを感じていた。


「来たぞ」


 そのときプロミスは見た。闇の中に、そう、闇の中のはずなのに、スポットライトでも当たっているかの如く、クッキリと浮き上がったそれを。


 クマだ。汚れたクマのぬいぐるみだ。随分離れているのに、目のボタンが取れかかってプラプラ揺れているところまで見える。そう思った瞬間、そのクマの顔が、にいっ、と笑った。

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