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案山子の帝王  作者: 柚緒駆
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宿命

 疲れ果てた顔。よほどショックが大きかったのだろう、目の下のクマが痛々しいほど。でも出てきた。ベッドで布団を頭からかぶって泣いていてもいいのに、自らドアを開けて自分たちの前に出てきた。その勇気をダイアンは評価した。


「ジュピトル・ジュピトリス、初めまして。私はエリア・レイクス中央情報局の捜査官、ダイアン。彼は同僚のヘリオス。世界政府からの要請でここに来ました」


 笑顔のダイアンに、向かい合ったソファのジュピトルは怯えたような目でうなずいた。背後にはナーガとナーギニーの双子が立っている。


「早速ですが」ダイアンに前置きという発想はない。「プロミス・ターンの行方を知りませんか」


 ジュピトルの目が見開かれる。僅かに顔が気色ばんだようにも見えた。


「……プロミスを」

「ええ、殺します」


 ダイアンは躊躇なく言い切った。ジュピトルは前のめりになって声を絞り出す。


「どうしてですか」

「どうして? 『血の日曜日』を主導したんですよ? しかも『ブラック・ゴッズ』と手を組んで、工作員も受け入れました。次の何かを企んでいない訳がないし、生きている限り悪しきアイコンとなります。事実、世界中で起きた連続襲撃事件の犯人にも影響を与えている。こんな危険人物、抹殺する以外の選択肢があると思うのですか」


 容赦のない言葉。ジュピトルは言い返せない。それでも。


「でも」

「でも、何でしょう」


「あのとき、プロミスは誰も殺さなかった」

「あなたを撃とうとしていた。違いますか」


「それは」

「そして部下の虐殺を止めなかった。客観的事実ですよね」


 そう、それは紛れもない事実。ジュピトルはうなだれた。(ひざ)に置いた両手が震えている。


「プロムは優しい子だったんです」


 涙が落ちる。悲しいのではない。自分の無力さへの怒りの涙だった。


「僕を特別扱いしなかった。僕が心を開くことが出来た、本当の友達でした」

「彼女の両親が死ぬまでは、ですよね」


 ダイアンの言葉にジュピトルは顔を上げる。


「その理由を、あなたは知っているはず。ジュピトル・ジュピトリス、それでもあなたは彼女をかばうのですか」


 プロミスの両親が死んだ理由。ジュピトルは思い出していた。そう、あれは十歳のとき。



 私が十歳のとき。私とお父さんとお母さんが平和に暮らしていた家を、武装した男たちが襲った。理由もなく、ただ自分たちの暴力衝動を解消するために。お父さんとお母さんは死んだ。何発も何発も銃弾を撃ち込まれて。家は焼かれ、私はすべてを失った。


 けれど男たちが裁かれる事はなかった。かれらがDの民であったが故に。私たちが選ばれた民でなかったがために。あらゆる法律が、常識が、取り決めが、世界の仕組みが彼らを守った。だから私は誓ったのだ。彼らからすべてを奪ってやろうと。この世界をひっくり返してやろうと。


 ドアがノックされる音。ハーキイの声。時計を見る。もう時間か。


 今日ですべてを終わらせる。いや、違う。今日から新しい世界が始まるのだ。そのためになら、私は何だって。



 僕が十歳のとき。オリンポス財閥は記念パレードを行った。でもそこを、テロリストが襲った。爆弾で狙われたのは僕。実際に大ケガを負ったのはジュニア。襲撃を計画したテロ組織は聖神戦線。そして実行したテロリストの名前はオーシャン・ターン。プロミスの父親。


 数日後、セキュリティの特殊部隊は聖神戦線のアジトを急襲、オーシャンとその妻を含む十数名が射殺された。


 その日を境に、プロミスは姿を消した。誰も行方を知らない。孤児院や児童養護施設をあちこち探したけれど、見つからなかった。数年後、『プロメテウスの火』のメンバーとして僕の前に現われるまでは。



「プロミス・ターンにとっては、あなたは憎むべき親の仇も同然なのでしょう。けれど、彼女たちに殺された被害者にとっては、彼女こそが憎むべき敵なのです。我々はどちらかの味方をするしかない。そしてこの世界のルールはプロミスの排除を選びました。あなたは誰を守りますか、ジュピトル・ジュピトリス」


 ダイアンの言葉は強い。ジュピトルはうなずきそうになる。しかし。


「……まだチャンスがあるかも知れない」


 そうつぶやくジュピトルに、ダイアンは首をかしげる。


「何のチャンス?」

「わかりません。ただ」


「ただ?」

「可能性があるのなら、最後まで足掻きたいんです」



 ダイアンとヘリオスは応接室を出て、廊下をエレベーターに向かう。数歩前をメイドが先導している。ヘリオスは小声でたずねた。


「どう思うね」


 ダイアンも小声で答えた。


「貧相。虚弱。脆弱。軟弱。弱々しい温室育ち」

「随分と酷い事を言うね」


「……だけど、根っこがある」ダイアンは小さく微笑んだ。「踏みつけられたら、押し返す力は持っていない。それでも次の春になれば、また小さな花をつける。それが出来るだけのものは持っている」

「ふむ、なるほど」


「将来的な事を考えるなら、ツバつけときたいんだけどなあ」

「そういう計画は、他人の前では言わん事だ」


 呆れるヘリオスにウインクしてみせると、ダイアンは一つ伸びをした。


「さあて、とりあえずホテルで一休みしましょ。夜までは何もないだろうし」

「まあ、ナイトウォーカーが動くなら夜だからね」


「そういう事」


 エレベーターホールに到着した。メイドが一礼して下がる。ここから地上まで、五分以上もエレベーターで下りなければならないのだ。ヘリオスは書籍端末を取り出した。



 グレート・オリンポスの地下は数万本の鉄骨柱で支えられている。これをすべて折る事が出来れば一番簡単なのだが、さすがに一晩でそれは無理だ。しかしこの建物は円錐形、上から見て中心部分に最も重量がかかる構造をしている。ならば理屈の上では、中心付近の数十本の柱を破壊すれば、全体は自重で内側方向に崩壊するはずである。


 グレートオリンポスの地下には地下街が広がっているが、そのさらに下にはメンテナンス用の空間がある。そこにジージョの壁抜け能力で入り込み、爆弾を仕掛ける。作戦としては極めて単純と言える。それ故に準備の時間はそれほど要らない。ただし、覚悟は求められるが。


「特攻になるかも知れない。抜けたいなら抜けてもいい。責めはしない」


 プロミスの言葉に、だが立ち去る者は誰も居なかった。小さくうなずく。


「決行は午前零時。それまでは自由行動だ。飲み過ぎるなよ」


 プロミスは自分の部屋に戻った。まだここに移って一ヶ月ほどしか経っていない。だが暖かさすら覚えるまでに、自分の居場所になりつつあった。なのに、もうここへは帰って来られないかも知れない。


 二羽の鷲、クラトスとビアーに餌用のソーセージを与えながら、プロミスは自分が泣いている事に気付いた。


「おまえたちの新しい飼い主を、探してあげたかった」


 嗚咽が止まらない。プロミスはむせび泣いた。死にたくない。ここに戻って来たい。でも。


「仕方ないよね。仕方ないんだよね」


 そう、仕方ない。これは宿命なのだから。



 そして時計は零時を指した。グレート・オリンポスの地下空間の暗闇に、『壁抜け』ジージョがヌルリと姿を現した。中央部の鉄骨柱まで最短距離。



 その瞬間、セキュリティセンターに警報が響く。地下メンテナンス空間に侵入の形跡あり。センター長代理のトライデントに連絡を入れると同時に、ドローンに出動指示が出る。すべては自動反応。



 一方ジージョはヘルメットのライトを点けて、準備完了。


「さあて、一仕事始めるか」


 生意気な口調で壁の中に手を突っ込み、引っ張り出す。最初に出たのはアシュラ。次いでナイトウォーカー、ミミ、プロミス、ハーキイ、そして他のメンバーたちが続々。皆、手に手に二液混合式爆弾『バルカン』の詰まったリュックを持っている。



 トライデントがセキュリティセンターに到着した頃、ドローンはすでに地下空間の入り口に到達していた。しかし、ここに構造上の欠陥。地下空間に下りる通路は一本、しかもドローンは一体ずつしか通れない狭い幅。その真ん中に立っていたのは、アシュラ。六本の腕に戦斧を携えて待ち構える。



 一台目のドローンが斬り伏せられた直後、トライデントは指示を出した。


「戦闘班を地下に向かわせろ」


 しかしそう言い終わると同時に、三台目のドローンが破壊された。


「使えるドローン部隊を注ぎ込め!」



 ジュピトル・ジュピトリスのナイトガウンには、小さなネクタイピンが取り付けられていた。それが振動すると、ジュピトルは即座に目を覚ます。


「ネットワークブースター接続」


 ジュピトルの視界に、青い髪のアキレスが現われた。


「異常ありだ、あるじ

「何が起きている」


「ミュルミドネスの総意によれば、グレート・オリンポスを崩壊させんとする企みが地下で進行中」


 一瞬の黙考。ジュピトルは決断した。


「戦闘衛星、起動」

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