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案山子の帝王  作者: 柚緒駆
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序章

 昔々のお話をしようか。


「どれくらい昔のお話なの?」


 そうね、あの神魔大戦の前だから、百年くらい前かな。ここにはギリシャという国があったの。


「国って何?」


 いまで言えば、『エリア』みたいなもの。でももうちょっと広くて大きかったらしいけど。そのギリシャには、オリンポスという大きな山があって。


「オリンポスって、あのオリンポス?」


 ううん。あのオリンポスは財閥の名前。オリンポス山から名前を借りたの。そのオリンポス山には、十二人の神様が住んでいたんだって。


「神様って何?」


 えっとね、どう言えばいいんだろう。とにかく人間よりも、もっと凄い存在なの。


「Dの民よりも凄い?」


 それはそうよ。だってDの民は所詮人間だもの。神様はもっともっと凄くて偉大で怖い存在。


「デルファイの四魔人くらい?」


 魔人かあ。どうだろう、同じくらいかも知れないね。


「うわあ、神様ってそんなに凄いんだ。ねえ、神様も神魔大戦で戦ったの?」


 うーん、そのときは神様は戦ってくれなかったみたい。


「どうして?」


 どうしてだろう。もしかしたら、人間が神様を怒らせちゃったのかも知れないね。


「そうなんだ。いまも神様、怒ってるかな」


 どうかな。人間はいっぱい罰を受けたから、もう許してくれてるかも知れないよ。


「怒ってないといいな。だって怒るのは悲しいもんね」


 プロムは賢いなあ。そんな難しい事わかるんだね。



 それは一瞬の記憶のゆらめき。


「プロミス」


 隣を飛ぶハーキイの声に、プロミスは目をやる。街の明かりで下から照らされる、全身を覆う黒いボディスーツ姿は、ゴーグル越しに肉体の輪郭をクッキリと浮かび上がらせて、同性から見ても艶めかしい。いまどき胸の大きさや腰のくびれに劣等感を覚えるような時代ではないけれど、正直まったく何も感じないと言えば嘘になる。髪の色も、自分のような栗色より、ハーキイみたいなブロンドが良かったな。そんな事をふと思った。


「どうした、ボーッとして。ビビったんなら出直すかい?」


 からかうようなハーキイの言葉は、しかし半分本心だという事は理解している。ハーキイはプロミスが無茶をする事を好まない。ボディガードとして面倒臭いというのもあるのだろうが、実のところ素で心配しているのだ。


「ねえハーキイ」


 上昇するビル風を受けて、二つのハングライダーは音もなく夜の空を駆けている。地球の裏側のエリアにまで、弾道旅客機なら四十五分で行ける時代に、ハングライダーである。そりゃハーキイでなくても心配するよな、とプロミスは思う。


「ハーキイは神様って信じる?」

「何さ急に。ここで歴史の授業でもする気?」


 電磁波吸収塗料で真っ黒に塗られた二つのハングライダーの横には、並んで二羽の鷲が飛んでいる。クラトスとビアーだ。


「昔、オリンポスには十二人の神様がいるって言われてたんだって」

「よくある神話だね。似たような話は世界中にあるんじゃない」


 へえ、そうなんだ。自分から話を振っておいて、プロミスは感心した。神と人の間に立つ英雄の名を持つ女、ハーキイ・ハーキュリーズが言うのなら間違いはないだろう。


「それで。神様がどうかしたの」


 心配性なハーキイに笑顔を見せて、プロミスは前を向いた。


「うん、いまさらだけど、思ったの」

「何を」


 夜を背景に林立する高層ビル群を抜けた向こう側、先端の尖った巨大な三角形のシルエットが見える。あれが二人の目指す先。このエリアの、いや、いまや人類世界の中心地と言っても過言ではないだろう、それがオリンポス財閥(コンツェルン)総合本社ビル、通称グレート・オリンポス。


「ジュピトル・ジュピトリスって、名前負けしてるよね」


 プロミスのそれは決別の言葉。ハーキイは声を上げて笑った。クラトスとビアーも状況を理解しているのか、鳴き声を響かせた。


 想定通り。すべて上手く運んでいる。今日こそ決着をつけるのだ。背中のリュックに勝利の重みを感じながら、プロミスは夜の空を飛んだ。


 その闇の中で、想定外の事態が進んでいるとも知らずに。

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