第一話 覇王、始動
不定期更新です。気長に待ってね☆
翌朝。
いつも通りに起床して朝食を摂り、馬車の手配をするために村にあるギルドへと向かおうと家を出た。
ちなみに、ギルドとは互助会のようなものであり、国が認めた組合のようなものだ。
腕の立つ国所属の騎士たちが、周囲の魔獣を掃討するときなどに活躍するわけだ。
イメージとしては一般的なファンタジー世界の冒険者ギルドが公務員で構成されているものといったほうが正しいか。
さてさて、ルーミアもそのギルドで馬車の手配をするだろうし、その時に王都まで一緒に行こうかと誘ってみよう。一人旅より二人旅のほうがおもしろいだろうし。
断られたら諦めて一人で行こうかな。
そう考えながら扉を開けると、道を歩いていた村人たちが一瞬俺のほうを見て、気の毒そうな顔をしていた。
田舎の村なので、どうやら既に村中に俺がFランクだという事実は広まってしまっているらしい。
ほら、今目の前に立ちはだかる幼馴染の女性だって、俺の無様を笑いに――
「セツナっ!」
俺を呼んだのはルーミアだった。
なぜ彼女が俺の家の前にいるんだ?
ギルドで驚かせようと思っていたのだが予定が狂ったな。
「おはようルーミア。どうしたんだ? 学院に向かうためにギルドに行って手続きをしないといけないんじゃ……」
いつも通りに接する俺に一瞬呆けるルーミアだったが、何を思ったのか俺に平手打ちをかましてきた。
――パァン、と小気味よい音が響く。
「馬鹿セツナっ! どうしたじゃないわよっ! なんでそうやってすぐに諦めて、奴隷になんてなろうとするの!? 私が憧れたあなたは、そんなことで膝を屈する人間じゃなかったはずよっ!!」
「~~~~!? いってぇよこの馬鹿女!」
いきなり説教をしてきたルーミアだったが、言いたいことは胸に響いた。
確かに、昨日現実を突きつけられたすぐ後の俺だったら、今の言葉はすごく胸に刺さっただろう。
死んでも奴隷になるものか、と情熱を燃やして戦姫を使役するために奔走しただろう。
だが、今の心境は全く違うといってもいい。
むしろこの世界すべてを制覇しようと計画を立てていたところだ。
「馬鹿女とはなによっ! どうせあなたを置いて私が一人で遠くに行くなんて勘違いをしていたみたいだけど――」
「マテっつってんだろこの早とちりがっ!」
「へ……?」
再び俺の性根を叩き直そうと(おそらく本人は善意なのだろう)振り上げた手を俺はあたる直前のところで受け止めた。
その行動と俺の言葉にようやくルーミアは視野狭窄という状態異常から抜け出したようだ。
あぶないあぶない。
朝っぱらから美人の幼馴染にたたかれるとかハードモードすぎるし、俺にそっちの趣味はない。
どちらかというとベッドの上で女の子を泣かせたいタイプだ。
「いてて……。いいか、ルーミア。俺はこれっぽっちも奴隷になるつもりなんてない。むしろ今から戦姫学院に行くために全財産をはたいて王都への馬車を手配するところだったんだよ」
俺は涙目になりながらルーミアに抗議する。
昔からルーミアはこういうところがあるのだ。感情を優先して、自分がこうだと決めたらてこでも動かないような固い意志を持っている。
「王都へ……? セツナが……?」
小声で反芻するルーミア。
どうやら意思疎通は図れたらしい。
「そうだ。できればルーミアと一緒がいいな、なんて思ってもいたんだが……。どうやら君の中じゃ俺はFランク程度の障害で夢をあきらめる男だと思われていたようだし、用なしみたいだな?」
意地の悪い笑みを浮かべながら俺がルーミア言い放つ。
当然、悪戯のつもりだったわけだが。
「~~~っ。セツナぁぁぁぁあああっ! よかったよぉぉぉぉぉっっ」
号泣しながら抱き着いてきた。
おっとこいつは予想外の反応だぞ。
それだけ俺のことを信じてくれていたのか……。その事実に胸が締め付けられた。
なんて優しいんだ。彼女は。
俺の幼馴染にしておくにはもったいない女性だよ。本当に。
「ほらほら、往来でAランク騎士様がFランクに抱き着くものじゃないぞ。悪いうわさが立つかもしれないし、学院に入ったらいじめられるかもしれないぞ」
「そんなの関係ない! 私はセツナと一緒にいるって決めてるんだからっ!」
「そのためなら俺のサポートも買って出るって? それはありがたいが、まぁ見ていろ。学院に入ったらランクの違いでどうしてもクラスは離れるだろうしな」
「でもそれじゃあセツナが……!」
やんわりとサポートはいらないと返しているつもりなのだが、優しい彼女はやはり譲らない。
学院に行ってからの俺のやろうとしていることは、あまり人に見せたくないものなので今助力をされても正直経験値的においしくない。
おそらくAランクと呼ばれる実力者は入学時に二体の使役を完了させるはずだ。
これはランクという概念のなかったVRゲームの知識ではなく、セツナ・キサラギとしての記憶だ。
それと照らし合わせると、こっちは例の戦姫一体にルーミアは戦姫二体だ。
経験値が分散されてしまうので両方の成長が阻害されるのだ。
だが、それを直接言うほど俺は馬鹿じゃない。
本音も交えて、俺はルーミアに言う。
「女の子に良いところを見せたいと思う男心をわかってくれ。それに何か? 俺はルーミアの手助けがなけりゃ、大成しない男だとでも思っているのかな?」
「そ、それは思ってないけど……」
「なら決まりだ。王都までの道のりは一緒に行こう。んで、入学式で会おうぜ? 俺が使役する戦姫をその時に見せてやるよ」
正直、例の戦姫を呼び出せるかは賭けのようなものだが、それがだめでもほかに方法なんていくらでもある。
サポートがなければ戦姫を使役できないと、この時代のヴァナクロの住民たちは思っているようだが、実はそんなことあるわけない。
じゃあ最初に戦姫と友好を結び、契約して使役関係となったのはどういう人物なんだという話だ。
「……うん。わかった。セツナがそういう眼をするってことは、本当に諦めてないんだって分かるから。じゃあ一緒に馬車の手続きしに行くわよっ」
言いつつ、ルーミアは俺の腕に抱き着きながら歩きだした。
「はいはい。……あんまりくっつくと歩きにくいんだが……」
「美少女に腕を組まれて何を贅沢なこと言ってんのよ」
こういうときにおっぱい当ててんのよ的な展開がないのがルーミアがルーミアたる所以だろう。
スレンダー体系。だが、それもいい。
「そうだな。でもなんだろうなあたるべき胸がな――」
言った瞬間、背中に怖気が走った。
「しぬ?」
「ごめんなさい」
速攻で謝罪した。
腕がめきめきと変な音を立てていたが、俺はなんとか我慢する。
ふっ、体の一部について文句を言うなんて最低だからな。これくらいの罰は甘んじて――。
「やっぱり俺は巨乳のほうが――いててててっ」
がっちりと腕をホールドされながら、俺たちは二人で馬車の手配をしにギルドへと向かったのだった。
――――――――――
「ようこそ、ギルドへ。こちらでは王都行きの馬車をご案内しておりますが、お二人でよろしいでしょうか? 身分証をご提示ください」
事務的な対応で受付嬢が話している。
この辺では初めて見る顔だ。おそらく赴任してきたばかりなのだろう。
顔見知りだとランクを聞かれてやりにくいからな。
教会から発行された身分証を出したときに少し顔が曇ったのは、やはり俺がFランクだからだろう。
「ああ。俺と彼女の二人分でお願いします」
「かしこまりました。出立は本日の正午になりますので、それまでに村の正面門の【人馬族】の騎士のもとにお集まりくださいね。遅れたら払い戻しはできませんので、お気を付けください。担当騎士はジェイス・ジョナサンです。赤い装具をつけた【人馬族】を連れているのですぐわかると思いますよ」
俺とルーミアはそれぞれ金を払い、チケットを手にする。
【人馬族】とはその名の通り、上半身が女性で下半身が馬の戦姫のことだ。
その力は俺の知っている馬とは比較にならないほど強い。
荷車が壊れない限り牽けないものはない位に力のある種族なのだ。
村から移動するときは彼女たちを使役する騎士が責任をもって送り届けるわけだ。
集団での移動。しかも【人馬族】を操れるほどの騎士であれば道中の魔物には負けないだろう。
狭いダンジョンならいざ知らず、【人馬族】はフィールドでならかなりの強さを誇る種族でもある。
彼女たちは槍を扱えたり、知能の高いものだと魔術も使いこなせる。
「そういえばルーミア、おじさんとおばさんとは話をしたのか?」
ふと俺は気になったのでルーミアに尋ねる。
ルーミアの家庭はごく普通とはいえ、Aランク騎士を輩出したのだ。昨日はお祭り騒ぎだったに違いない。
村総出で見送りに来てもいいと思うのだが、なぜかそのような気配もない。
「あー……うん。一応話はしたのよ? そうしたらパパとママったら大泣きしちゃって」
「大泣き? そりゃまた……どうしてだ?」
高いランクの騎士が戦姫士官学院に行くのは当然だろうに。
「……家業を継いでほしかったみたい。私には【服飾】関係のスキルは発現しなくて、戦姫魔術系統のスキルの戦闘関連だったから。危ないことはしてほしくなかったみたいね」
それだけ言ってルーミアは黙ってしまった。
なるほど。
ルーミアの家業は服を作る仕事をしていたと記憶しているが、親御さんも一人娘がまさかAランクの戦闘騎士になるとは思ってもいなかったのだろう。
スキルとはそういう面もある。
親から引き継ぐことがほとんどなのだが、時たまルーミアのように全く違うランク、違うスキルを持つ子供が生まれてくることもあるのだ。
この辺りは解明されていないが、ゲームシステム的に言えば【神託】イベントでも起こったのだろう。
プレイヤー同士の結婚で授かる子供に起きる、神の祝福。
親とは全く関係のないランダムスキルが得られるという博打的なイベントだ。
起こる条件は結婚後三日以内に56時間以上そのプレイヤー同士の距離が一定以上離れないでいること。
そもそもPC同士で結婚をするといっても、いつの間にか連れて歩けるNPCキャラに子供が追加されるだけだったのだが。
いいものが出たりでなかったりと確定的ではない為、プレイヤーたちからはエンドコンテンツとされ、敬遠されていた記憶がある。
それはともかくとしてルーミアは十中八九両親と碌に話もせずに一方的に学院に行く旨を伝えて、家を出てきたに違いない。
「あっちでまとまった休みがあったら、一度村に帰ってくるなり手紙を送るなりしたほうがいいぞ」
「そうね……」
どうやらルーミアは相当な言い争いをしたらしい。
本来なら祝福されるべきAランク騎士なのに――人生とはままならないものだ。
「その時は俺も一緒に手紙の文章を考えよう。なんならおじさんとおばさんに一緒にあってもいいぞ」
「ほんと?」
茶化すつもりだったのだが、まじめに返された。
それもそうか。唯一の親元を離れるのだ。
彼女は強そうに見えるが、年頃の少女。
寂しくないわけがない。
「ああ。また一緒に笑いあえる日がくるさ。だってルーミアのお父さんとお母さんだろ? あの二人だっていつまでもかわいい娘と仲違いしたくないだろ。だからほら、そのない胸を張れって」
「ひとこと余計よ、ばか」
げし、と蹴られるも幾分か涙を流して気分が軽くなったのだろう。
村の正面門に着く頃にはすっかり元気になっていた。
――――――――――
門のあたりを見回すと、特徴的なシルエットの戦姫が多数存在していた。
【人馬族】の群れだ。
いや、正確には群れというより、【人馬族】を使役する騎士たちがここに戦姫を待たせているだけなのだが。
「いつ見ても【人馬族】は綺麗よね~。私も、あんな気高い戦姫を使役したいわ」
「ルーミアはお目が高いな。なかなか森でも出会うことが難しい種族なうえに、気位も相当高い。噂だと、自分以上に高貴な人間でないと使役させてくれないらしいぞ? だがそれ故に、外での白兵戦なら最強と言って差し支えないだろう」
「そうね。一度使役している騎士がミスをしたのを見たことがあるけれど、あれは酷かったわね。彼女たち、自分の意志で契約破棄までしちゃうんだもの」
そう。
知能が高い戦姫は騎士と馬が合わないと契約を破棄することができるんだ。
もちろん、これはゲームシステムでもそうだった。
信頼度というパラメータがあり、あまりにも戦姫に対してひどい態度をとったり、彼女たちの琴線に触れるようなことが頻繁にあると、徐々に減っていき、最終的にゼロになると契約破棄。
その戦姫とは二度と契約できなくなるとか。
滅多にそのようなことはゲームでは起きなかったのだが、現実になった今ではザラにあることだ。
もちろん、これはゲームではなく現実だからであるから起きることだ。
ある一定のフラグさえ回避できればいいというものではない。
各々の戦姫にも個性や性格がある。
「さて……今回乗る騎士の【人馬族】は……あれか」
「挨拶しなくちゃね」
ギルドで聞いた通りの風貌だ。
赤い装具をつけた【人馬族】。
その横に立つ禿げ頭の男性。
俺はゆっくりとその男性へと近づき、深々とお辞儀をした。
ルーミアも俺に倣って慌ててお辞儀する。
礼節を重んじる【人馬族】相手に、先に騎士に挨拶をするのは当然の礼儀だ。
主を軽んじる客人を乗せる義理はないということだ。
「こんにちは。俺はセツナ。こっちはルーミアだ。今回の王都への行程であなたの班に割り振られた。よろしく頼む」
「よ、よろしくお願いしますっ」
ルーミアが緊張しながら声を上げる。
すると、ギロリ、と禿げ頭の男性は俺のほうを睨みつける。
その眼光に俺は怯むことなく視線を返す。
「他人行儀な挨拶はよせ、セツナ。久しぶりだな。学院に行くのか? お嬢ちゃんと一緒たあ中々お前さんも隅に置けないな」
どうやら相手は俺のことを知っているらしい――というより、俺もこの人のことを良く知っている。
乳母と仲が良かったジェイスさんだ。
昔はよく遊び相手をしてもらっていたが、乳母が亡くなってからめっきり姿を見なくなってしまったと思っていたら、こんなところでこんな商売をしていたとは。
拠点間を移動する旅の多い職業なので、村にいても会えなかったのは納得だ。
「はは……ジェイスさんはまたそんな冗談を。ルーミアとは一緒に学院まで行くだけです。そこからはクラスが違いますから、別行動ですよ」
「お前さんは昔から朴念仁だよなぁ……嬢ちゃんも大変だろう?」
「な、慣れてますから大丈夫です。セツナは昔からこうですからね」
「がっはっはっは! 言われてるぞセツナ!」
「笑いすぎだ……俺はそんなに朴念仁か?」
疑問に思いルーミアに視線を向けると、小さく頷かれた。
自覚はないが朴念仁らしい。なんてこった。
「それで、お前さんたちは騎士のランクはなんだったんだ? 密かに楽しみにしてたんだよ。教えてくれないか?」
俺は少し考えた。
この人にならば教えても大丈夫だろう。変な先入観は持ってなさそうだし。
「ルーミア、君から教えてあげな」
「えっ……あ、うん。私はAランクと判定されました。今回の旅ではお世話になります」
身分証を提示しながらジェイスさんに微笑むルーミア。
自信満々なその姿はどこか誇らしげだ。
「おっ、すげぇじゃねぇか! Aランクとはなぁ! バレルのやつ泣いてただろ? あいつ、娘は絶対に戦争になんか行かせないって話してたしなぁ」
バレルとはルーミアの父親の名だ。
どうやらジェイスさんは面識があるらしい。
「そう、ですね。ちょっと揉めましたけど、最後には理解してくれるって信じてます。私は私の目標がありますから」
「親の元を離れて夢に向かって突き進むってか。泣かせるねぇ。……それでセツナ。お前のランクなんだったんだ? お前がAなんてこたぁねぇことはわかってる。恥ずかしがらずに教えてみろ」
ジェイスさんがおちゃらけた雰囲気で聞いてきた。
別に恥ずかしがることは何もない。
俺にとってはこの【Fランク】という枠組みはよくわからないのだ。
一体何がFだというのか。
なぜ奴隷にまで格下げされるようなランクなのかがわからない。
ゲームでの常識では、一体しか使役できないキャラが最強だとまで言われていたのに。
「Fランクだ。ほら」
「なっ――馬鹿。さっさと隠せ」
俺の身分証を見た瞬間、ジェイスさんの顔色が変わった。
まさかFだとは思いもしなかったのだろう。
他に見た人間がいないか周囲を確認する目が本気だった。
この村でFランクは俺が初めてだったのもあり、外でのFランクの扱いを垣間見た気がする。
いい機会だ。ジェイスさんにFランクの外でどんな目にあう可能性があるか聞いておこう。
「なぜ隠さないといけないんだ?」
「なぜってお前……あまりのショックで馬鹿になっちまったのか? そりゃ、お前さんならそのランクでも学院に行くとは思っていたが……王都の往来でそんなことをしてたらあっという間に人狩りに襲われて奴隷にされちまう。軽々しく出すもんじゃねぇ」
どうやら本気で心配してくれているようだ。
なるほど……王都は村より物騒ならしい。人狩りはおそらく奴隷商人の手先かなにかだろう。
「注意してくれてありがとうジェイスさん。王都って危ないところなんだな」
「お、おう……なぁセツナ。お前さん、本当に王都で騎士になるつもりなのか」
ふと、ジェイスさんがまじめな顔をして俺に問いかける。
その目はこうも言っている。
Fランクじゃあ悲惨な目にあうことはわかりきっている。無理をするな。いい奴隷商人を知っているから、そこに紹介してやることもできるぞ、と。
だが俺は、そんなことは真っ平ごめんだ。
「当り前じゃないか。こんなに良い能力をもらえたんだ。諦める理由がどこにある? ……さぁ、時間だよジェイスさん」
俺はそう答え、ジェイスさんを見ずに馬車の扉に手をかける。
先にルーミアを乗せながら、ジェイスさんの独り言が聞こえた。
「……本気なんだな。俺はもうなにも言わねぇ。さってと、行くぞクロニア。俺の大切な友人だからな。暴れるんじゃねぇぞ」
御者台に乗りながら、戦姫に声をかけている。
『分かっている。マスター。そこの男と女は私も好みなのでな、優しくしてやろう』
「へ?」
はっきりと、戦姫の声が聞こえた。
思わず間抜けな声が出てしまったが、声のしたほうを見る。
「どうしたの?」
ルーミアが不思議そうに声を上げるも、俺はそれどころではなかった。
ばっちり目が合ってしまったのだ。相手も驚いている。
『なんだ人間……もしや、私の言葉が分かるのか?』
再度、声が聞こえた。
今度は確かにあのクロニアという【人馬族】の言葉が理解できた。
馬車の中からだが、周囲にはガラスは張られてないので向こうの声もこちらの声も丸聞こえだ。
それにしても、これはゲームにはなかった仕様だ。戦姫と言葉を交わせたことなど一度としてない。
だからこれは――俺のテンションを上げる燃料としては十分すぎた。
「分かるとも! 念願の夢が叶った気分だっ!」
「あわわ……セツナがおかしくなっちゃったわ!? 何の言語よそれっ」
慌てふためくルーミアの反応からすると、どうやら俺は無意識に違う言語を話しているようだ。
『驚いたな。貴殿は我々の言語を会得しているのか……?』
「何を言って……ああ――そうか。いや、色々縁があってな。知り合いの戦姫に教えてもらってね」
もちろんこれは嘘だ。
ゲームにはなかったスキル『精霊言語理解』が機能しているのだろう。
『ははは! 私でもそれは嘘だとわかるぞ。私のマスターとそこの女に披露してもいいのか? 我々の言語を話せる者など、今まで見たことも聞いたこともない。さぞかし稀有な能力なのだろう?」』
セツナ・キサラギとして生きてきた経験でも、精霊言語を話せる人間などいない。
この能力は人前であまり披露しないほうがいいのか……?
「ジェイスさんとルーミアは良い人だからな。大丈夫だろ。それにいいのか? 君のマスターが不審な目で俺たちを見ているが……」
上機嫌に話すクロニアと俺を見て、ジェイスさんが信じられないようなものを見るような目で見ている。
『おっと。マスターは寂しがりだからな。……そんな目で見るなよマスター。聞こえてないながらも、何が起こっているかは見てわかるだろう?』
「し、信じられねぇ……。セツナ、お前はまさか……」
ジェイスさんは瞬時にクロニアの考えていることを理解したのだろう。
ルーミアに至っては唖然とするばかりだ。
「本当に……? 本当にセツナはその【人馬族】と話をしているのっ!?」
俺はジェイスさんとルーミアに意識を向ける。
すると、口から放たれたのは人語だった。
どうやら戦姫に意識を向けるとその言語に翻訳されるようだ。
「落ち着いてくれ、ルーミア、ジェイスさん。あまり知られたくない。話は王都への道中にするよ」
未だ俺たちに気づいている御者たちはいないが、気取られて無用な騒ぎを起こしたくない気持ちが強い。
「あ、ああ……すまん。ちっとばかり興奮しちまった。出発だクロニア。頼むぞ」
『ああ、マスター』
郊外に出るまでルーミアは俺から視線を外すことはなかった。
その視線の色は疑いよりも尊敬の念が含まれているようだったが、俺は気恥ずかしさから向き合うことを避けたのだった。