プロローグ Fランク騎士は諦めない
『判定――Fランク 取得スキル:【絶倫】』
水鏡に浮かんだ無慈悲な宣告。
15歳の少年はその瞬間、絶望に打ちひしがれた。
セツナ・キサラギ。
彼は誰よりも戦姫と共に戦うことに憧れを抱き、騎士としての生活を夢見ていた。
だが、その思いは悉く『神の水鏡』に表示された文字によって打ち砕かれたのだ。
「そんな……嘘だ……嘘に決まってる」
教会に響く声が自分の声と思えないほどに情けなく聞こえた。
なにせ事実上の奴隷宣告と同義であることを少年自身が理解していたことが、彼にとっての不幸が加速する要因でもあった。
「残念ながら、事実のようです……セツナ君。君にはできるだけ良い貴族の奴隷となれるように働きかけてあげますから――」
神の水鏡を管理している教会の神父が地面に蹲る少年にやさしく声をかける。
だが少年の耳には入らない。
それもそのはず。
物心つく前から乳母にずっと読み聞かせられてきた冒険譚。
気心の知れた仲間と美しい複数の戦姫たちと挑む、胸躍るような冒険。
物語の主人公のようにSSランクとまではいかないものの、彼は自分がCランク以上であると信じて疑っていなかったのだ。
騎士のランクとして最低のFランク。
前述したとおり、人としての最低限の扱いしか許されぬ最悪のランク。
道を歩けば後ろ指をさされ、出来損ないと揶揄される。
どうしてこんなことになったのか、彼は失意の底でグラグラと揺れる頭を無理やり働かせて思考する。
―――――
俺はレインハルトという貴族家の八男として生を受けた。
長男のグラッグがSSランクの騎士と判明していて跡継ぎには全く問題がないレインハルト家にとって、妾の子であった自分は当然ながら父親の愛情など注がれるはずもない。
母も自分を生んですぐに亡くなってしまっており、俺の居場所は屋敷の中に全く存在しなかった。
それでも自分を引き取ってくれて子供同然に育ててくれた乳母と、俺は幸せに暮らしていた。
だがその幸せも長くは続かなかった。
俺が12歳の時にその乳母が亡くなってしまったのだ。
当然、乳母が使役していた戦姫も去ってしまい、自分の身一つで生きていかねばならなくなった。
15歳の成人の儀式で判明する『騎士』としてのランクとスキルを得るまでは。
Eランク以上の騎士となれば戦姫士官学院に出世払いで入学できたり、戦姫さえ使役できるようになればダンジョンで日銭を稼ぐこともできるからだ。
そも、戦姫精霊――略して『戦姫』――と呼ばれるその存在は、魔術や身体能力において人間を遥かに超える力を持つ特別な存在だ。どれもが美しい女性の姿をしており、レベルによって能力が変化していく。
彼女たちは戦争だけに留まらず、世界に存在する邪悪な存在である『魔物』や『魔獣』といったものの討伐にも役立つし、生産者の手伝いもできる高度な知的生命体だ。今や人々の日常生活は彼女たちがいなければ話にならないといっても過言ではない。
そしてそんな『戦姫』を戦いの道具として『騎士』を養成する専門の学院というものが『戦姫士官学院』というわけだ。
他にも生産者になったりだとか色々道はあったのだが――今はすべてがかなわぬ夢だ。
なぜかというと、俺のランクがFランクであるということが最大の要因だ。
どうしてもこの事実が邪魔をする。
騎士としてのランクというのは使役できる戦姫の数だけではなく、身体能力や魔術的能力を高める『スキル』にも影響しているのだ。
当然、ランクが高ければ高いほど能力値は飛躍的に上がり、低ければ低いほど弱くなっていく。
今の俺は『F』という文字通りの最弱だ。
取得できたのは精力を上げるだけの『絶倫』スキル。身体能力はなにも上がらない。
何かを作り出せる生産系のスキルもない。生きる糧になるものがなにもないのだ。
戦姫を使役するには、戦姫と戦い、勝利して相手に自分の実力を認めてもらわなければならない。
Fランクでなんのスキルの恩恵も受けていない俺には、到底できない。
戦姫士官学院でさえEランク以上の新入生の最初の戦姫は、教官がついて初めて使役対象とするというのにだ。スキルの恩恵を受けている騎士でさえ他者の力を借りねば、戦姫と契約できないというわけだ。Fランクの俺にできるわけがない。
しかも、入学しようとすればFランクだから当然支援は受けられず、学費も自分で稼がなければならない。
授業を受けることはできるが、よくない眼でみられるのは間違いないだろう。
どんなに思考しても、何度教会からの通知書類を見ても――Fランクという文字は変わらない。
奴隷落ちが妥当だとされているFランクにはどう考えても詰む未来しかないわけで。
「明日までに奴隷として働ける貴族家を探しておきますから、今日のところは家に帰ってゆっくり休んだほうがいいですよ……」
飛んでいた思考を現実へと引き戻す。
神父さんが俺のほうを見て慈愛の表情を浮かべていた。
「……どうしても奴隷にならなきゃいけないんですか」
奴隷というのは辛いものだ。
主人の言うことには絶対服従。抵抗しようものなら一瞬で殺されてしまうという。
見目麗しい女性の奴隷もいるにはいるが、大抵が欲望のはけ口として利用されている。
性別としての権利も、人としての権利も何も存在しないのがFランクなのだ。
そういうことは理解している。
だがそれでも――望みは捨てきれない。
「君も知っての通り、戦姫士官学院であれば辛い道のりでしょうが奴隷にならないことはできます……。ですが、お金もない今の現状では借金をして士官学院に入るしかありません。……当然、借金を返せずに劣悪な環境での奴隷になってしまう可能性の方が高いですね……」
神父さんの口から語られるのは俺も知っている現実だった。
俺はその言葉に再度うつむき、神父さんの言う通り今日のところは家に帰ることにした。
「どうするかは明日決めます……」
「ええ……ゆっくり、休んでください」
おぼつかない足取りで教会を出ると、幼馴染のルーミアがいた。
輝くような金髪と、スレンダーな体系ながらも女の美しさを兼ね備えた女性だ。
「どうしたのセツナ!? 顔色が悪いよっ」
ルーミアが駆け寄ってきて俺を心配そうに見つめてきた。
密かに恋心を抱いていたのだが、今の俺にはその想いを持ち続けることは許されない。
先にルーミアは教会で判定を受けていたはず、ということが頭を過る。
こうして俺を心配する余裕があるということは、おそらくルーミアはFランクではなかったのだろう。
「……ルーミア。君、ランクは何だった?」
「う、うん。私はAランクだったけど……」
その瞬間俺の血が沸騰しそうになるような感覚を覚える。
吐き気がするし腹痛もする。
だが努めて俺は平静を装い、祝福の言葉を口にする。
「おめでとう。Aランクなんてこの村の誇りだろう……」
俺の反応を見てルーミアはさらに心配そうな表情へと変わる。
やめろ。そんな目で見るな。
「まさか……セツナ……ランクが……」
ああ。
ガラガラと音を立てて俺のなけなしのプライドが崩れ去る。
憧れの女の子の前で強がることすらできはしない。
すごい、と憧れの視線を受けていた昔にはもう戻れないのだ。
今や彼女は優秀なAランク騎士。俺は出来損ないのFランクなのだから。
「……ご明察。Fランクだったよ。今後俺に関わらない方がいい」
「嘘、そんなの、嘘だよ……だって、セツナあんなに頑張ってたのにっ」
彼女の瞳に侮蔑の念は一切なく、ただただ大粒の涙を流すばかりだ。
ルーミアも俺のことを想ってくれていたことをそこで初めて確信した。
だが――すでに彼女と俺の間には大きな隔たりがある。
「これが神の下した結論だ。……一緒に優秀な騎士になるって約束、果たせなくてごめんな」
これ以上話ができる精神状態ではなかった。
声が震えて立っていられない。
俺は言い切ると同時に走り出す。
「待って、セツナっ! 私と一緒に学院にいけばきっと――」
なんて彼女は優しいんだろうか。
出来損ないのサポートを買って出てきてくれているわけだ。彼女は。
しかしそれは難しい。
Aランク騎士ともなればすぐさま即戦力としてパーティを組むことになるだろう。
そこにFランクが入り込む余地などない。学院側だって阻止するはずだ。
なんたってFランクは何もできない出来損ない。
俺は後ろから聞こえてくるルーミアの悲痛な叫びから耳をふさぎ、家へと駆けこんだ。
誰もいないのは変わらない。窓を閉めて鍵もかける。
もうおしまいだ。
俺の未来は真っ黒に染まってしまった。
ベッドに入り、頭を枕へ何度も打ち付ける。
「いやだ、いやだ。Fランク? 嘘だ。俺だってそう思いたかったさ。でもルーミア、それはもう無理なんだ。無理なんだよっ! うわああああああああああああ!」
感情は激しさを増し、どうしようもない怒りが腹の中を渦巻く。
マグマのように煮えくりかえり、こうしていなければ家中のものを壊してしまいそうだから。
―――――
そうして感情を吐露すること数時間。
慟哭の声を上げて、枕に狂うほどの怒りをぶつけた。
世の中の不条理を呪い、それでもどうもならない現実に悲観した。
高かった日はすでに落ちており、今や月が出ている。
美しい月が目に入り、ふと動きを止める。
今一度冷静になり考える。
「選択肢は二つ。奴隷になるか、もっとひどい目に合うかもしれない戦姫士官学校に行くか……」
そこで自らの心に問いかける。
何もせずに奴隷落ちになるか、やれることはすべてやったのちに死ぬか。
二つに一つ――答えは最初から決まっていたのだ。
奴隷になるのは嫌だ!
どうしようもない現実を覆すため、やれることはすべてやりたい。
胸の内に荒れ狂う熱量を原動力にし、俺は立ち上がる。
あきらめたくない。
何もできないままなんて嫌だ。
血を吐くほど努力して、死ぬまでこの運命に抗って生きてやる……!
「……うッッ!?」
決意した瞬間だった。俺は膝から崩れ落ちる。
頭の中に湧き上がってきた記憶の奔流……まるでそれを体感してきたような感覚。
【美しい女性の姿をした戦姫を使役し共に戦うダイブ型オンラインゲーム『ヴァナディアクロニクル』通称"ヴァナクロ"】
なんだ、これは。
まるでこの世界がゲームのように語られている……!?
【そのゲームで遊んでいた俺は急なサービス終了の告知にショックを受け、自殺】
記憶の中の鏡に映るのは、今よりも老けた顔をしている自分の顔のようだった。
画面に映るサービス終了の文字を見てわいてくる激しい感情。悲哀、激怒――そしてついには自殺に至ったらしい。
その男の最後に見た情景を皮切りに様々な記憶が蘇ってくる。
【頂点を極め、覇王とまで呼ばれたこともあった】
【学院にある戦姫精霊の森の最深部。そこにある台座の上である呪文を唱えれば『覇王』時代に運営から与えられた最高の戦姫が手に入る】
【ギルドホームは戦姫学院の地下三階。多数のアイテムと金が保管されている】
【何体も使役できるキャラ素質よりも、一体特化の素質の方が何倍も強い】
【大抵のスキルは後でも取得可能だが、【絶倫】スキルだけはキャラメイクの際にしか手に入らない最高のスキル】
【戦姫に触れることを躊躇ってはいけない。彼女たちは使役している騎士からの身体的接触が多ければ多いほど育つ。その過激なゲーム設定のせいでサービス終了に追い込まれたのだから】
頭の中を蹂躙されるような感覚はほんの一瞬だけだった。
あとはすんなりと結果を受け入れる。
そう。
この世界はかつての日本でVRMMORPGと呼ばれるジャンルのゲームと酷似している。
いや、そのものと言っても過言ではない。
俺はどうやら――前世を持っていたようだ。それも、最強の前世を。
まぎれもない現実感に口の端がゆがむ。
そしてVRゲームの特色である、念じるだけでステータス画面が出てくるシステム。
それを確認するため、強く念じる。
これが確認できればもうこの世界を制したも同然だ。
セツナ・キサラギとして生きてきた経験からすると、そんなことは見たことも聞いたこともない。
試した人間がいないこともまた事実だということだ。
すると――唐突にその画面は開かれた。
メニュー画面と代打たれた半透明のウィンドウが表示されたのだ。
MAP、ステータス確認、インベントリ、メモ帳、錬金術レシピ。
ゲームと違うのはシステム設定とログアウトメニューがないことだけ。
MAPを開くと、俺が今まで行ったことのある場所が表示されており、検索フィルターも機能していた。
これは採取などにも使える。
ステータスを確認すると、当然ながら次のような画面が表示された。
――――――――――
名前:セツナ・キサラギ
種族:人族
称号:覇王
レベル:1
体 力 100
魔 力 50
物理攻撃 10
物理耐性 10
魔法攻撃 10
魔法耐性 10
器 用 10
敏 捷 10
パッシブスキル
【絶倫(極)】:戦姫との友好・親愛・真愛コミュニケーション時、体力と気力、コミュニケーションゲージが減らなくなり、好感度・π乙エネルギー上昇時にプラス補正(極)。
【精霊言語理解】
アクティブスキル
なし
武器熟練度
片手剣(盾なし):C
使役戦姫(上限1):なし
控え戦姫(上限5):なし
――――――――――
全くヴァナクロと一緒のその画面に思わず顔が緩む。
レベルが1なのは当然だ。セツナ・キサラギは今まで一度だって魔獣や魔物を倒していないのだから。
ふと窓の外を見ると、町の門を守る衛兵が戦姫らしき美しい女性を連れている。
見慣れたその光景を反芻する。VRMMO、セツナ・キサラギとして生きてきた今までの人生をも思い返す。
そこにはやはり、戦姫たちがいた。
間違いなく、この世界は現実なのだ。
ゲームのような現実だったわけだ。
「くく……はははははは!!」
先ほどまでの俺では考えられないような高笑いを放つ。
当然だろう。
今までの俺は俺ではあるが、前世の記憶が蘇ったことで人生経験やらなにやらまですべて引き継いだのだから。
別人といっても過言ではない。
明日戦姫学院行きの馬車に乗り、学院地下のギルドホームに続く秘密通路が外部にあったはずなので、そちらに行く。
そうしてホームで金とアイテムを取って、戦姫精霊の森であの戦姫を呼び出せばいい。
Fランクだと思って絶望していたのはつい先ほどまで。
いまや自分は欲しかったものすべてが手に入ったも同然だから、笑いが止まらない。
こうして、俺――前世の『柊木セツナ』改め、セツナ・キサラギの二度目の人生が幕を開けた。
「何がFランクだ。最高のランクじゃねぇか……!!」