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ジムノペディ

作者: 吉藤源

内容に起伏が無いので読み辛いかもしれません。

なるだけミニマムにまとめたつもりです…

お付き合い頂ければ幸いです^ ^

妻が昼食から帰って来るまでには3時間程時間があるので、暇つぶしに部屋の掃除でもしようと思い立った。

家では掃除は妻の仕事だが、たまには僕がやっても文句は言われないと思うし、むしろ褒められるのでは無いかと思った。それに妻が毎日同じ様に行う掃除の、一体何が面白いのかを知りたかった。


僕は掃除が好きでは無い。小さい頃食感が苦手だったトマトや、気が強い女性は段々と好きになって行ったが、歳を重ねてもそこだけは変わらなかった。

学生時代一人暮らしをしていたが、机の上は常にニューヨークの様に所狭しとビルが並び、ソファにはヘッドホンやらCDやらがあぐらをかいていた。


あまり必要性を感じ無いのだ。掃除をすれば物が何処にあるか一目で分かる、と妻に言われたが、自分の物位何処にあるか解るし、そもそも見失う程物を持っていない。時計と財布、携帯電話、ライター、タバコ、僕の物と言えばこの位しか無い。又、妻は気持ちいい気分になるとも言っていた、清々しい気分になると。それならば窓を開ければ、新鮮な空気は流れるし、散歩に出れば良い。前に数回、冬の散歩に妻を誘った事があるが、面倒だと言う理由で全て断られた。僕にしてみれば毎日掃除する方が随分と面倒に感じてしまう。ともかく妻は掃除好きで僕と同じ様に面倒くさがりなのだ。


一週間前、妻が以前勤めていた職場の同僚から昼食の誘いが来た。ハンドメイドの雑貨を売る小さいな店だ。僕も何度か話をした事がある女性で、僕らよりも10歳上だが良く話が合った。

常に嫌味の無い笑顔を浮かべていて、誰でも好かれる様な、からっとした女性だった。僕も一緒にどうかと言う事だったが、たまにしか無い休みの日だし、女性同士の方が盛り上がるだろうと思い断り、妻だけが行く事になった。

最初は面倒くさがっていた妻だったが、日が近づくにつれて何を着ようとか、何を食べる予定だ、とかを嬉しそうに僕に話す頻度が多くなって行った。それはそうだろう、妻が仕事を辞めて1年、毎日掃除ばかりしているのだから。

元々妻は僕と違ってジムやテーマパークや買い物が好きで、家にいる時間の方が少ないアクティブな女性だった。美人とは言えないが、愛らしく、ユーモラスで懐が深い、正しく海の様な女性だ。控えめに言っても正直な所良く僕なんかと一緒に居てくれてると思う。


妻は1週間悩み抜いて結論を出した、黒いパンツと緑のセーター、僕が去年のクリスマスで贈ったベージュのコートを着て予定よりも少し早く出かけた。

玄関まで見送った時、太陽は掛け布団の様な雲に隠れていて昼間なのに薄暗く、街灯が必要な程だった。

「傘、持って行かなくていいの?」

グレーの水玉模様の傘を指差して僕は言った。妻のお気に入りの傘だった。

「大丈夫、今日は晴れるって天気予報でも言ってたし。雨が降ったらタクシーで帰ってくるわよ」

妻はそう言うと、トントンとパンプスの爪先を2回打ち鳴らし玄関を出た。ステップを踏む様に軽やかに。





僕はベランダへ行き、イギリスの国旗がプリントされている白い陶器の灰皿を持ってリビングへ戻った。灰皿の縁には「ようこそ、イギリスへ!」と英語で書かれていた。

何時もはリビングでタバコを吸うと妻に怒られてしまうので、わざわざ2階のベランダへ出て行き立ちながらタバコを吸っていたが、僕は妻が居ない時、こっそりとリビングにあるブルーのソファでタバコを吸っているのだ。

吸い終わった後で消臭剤を振り撒けばばれやしない。そもそもこのソファだって僕が買った物だ。


タバコを2本吸って僕はさて、何処から掃除しようかと考えた。やるからにはそれなりに感謝されたいので、やはり妻が普段しない様な所がいいだろう。

僕だって掃除位できる、と言う所を妻に見せたい。僕はソファから立ち上がり、フラフラと家の目ぼしい所を見て回った。テレビの裏、カーテンレール、ソファの下、ベッドの下、トイレ、キッチン…

僕の思いつきそうな所は全て綺麗になっていた。

全てが鏡の様に、僕の大きく見開いた両目を映し出していた。がっかりしたのと同時に妻が誇らしく思えた。

まさかここまで徹底しているなんて思いもしなかった。所詮、普段掃除しない男の気まぐれにしか過ぎなかったのだ、僕は直ぐに掃除を諦めてリビングに戻り、タバコをふかした。


しばらくぼうっと、TVと僕が吹き出すカーテンにの様なタバコの煙を交互に眺めていた、すでにイギリスの国旗は隠れてしまっていた。

いつのまにかウォールナットのテーブルには、2本の缶チューハイとチョコレートの銀紙が誰かを祝う様に散らばっていて、一息吹くと、落ちている灰と共に吹き飛んでいくだろう。

TVでは美しいピンクの脚を見せつけている女子アナウンサーが、この世の終わりみたいな顔をして著名人の訃報を伝えていた。

見ているこちらが心配になる位の表情だった。タバコの煙はリビングの天井へ上がり、壁を這ってゆっくり広がる。煙の先端はくるっと丸く円を描いていた。


煙を目で追っていくうちに壁の角に茶色い汚れがついているのを見つけた。

近づいて見てみるとサビの様な汚れである事が解った。爪で擦ってみたが中々落ちない。キッチン用の洗剤を布につけて擦っても同じだった。

何としてもこの汚れを僕は落としたかった。

この汚れを落とせば、僕は得意げに妻に言えるのだ「壁の所、汚れてたから落としておいたよ」と、それはかなり大変な作業だったと含みを持たせて。

とは言え中々に頑固な汚れだったので頭を悩ませた。もう一度、布で壁が熱っぽくなる位に擦ったがやはり何も変化は無い。

やはりこの家の汚れは、この家の汚れを全て落としてきた妻にしか落とせないのかもしれない、と思った。

ただ妻が行なって来たのはあくまで「ステレオタイプの掃除」だ。

洗剤やら粘着テープやら婦人誌に載っている様な便利掃除グッズなんかで、ちまちま「掃除」していたに過ぎない。

僕は工具箱から紙やすりをもって来て、汚れごと壁を削ってみた。

ガリガリと思った以上に壁は大きい音を立て、泣いていたが構わずに削った。 少しずつ汚れが薄くなって行く。

削った壁から完全に茶色い色素は無くなったが、ざらついてしまい、触れば異変に気がつくけれど離れて見れば何の変哲も無い、何時もの白い壁だ。

成る程、掃除と言うのもいいものだな。すっかり綺麗になった壁を見て僕はそう思った。

妻の言う掃除の良さを少しだけ理解出来た気がした。TVのアナウンサーはパンダの赤ちゃんが生まれた事を伝えていた。先程の訃報からすっかり立ち直れた様で、美しい笑顔を見せていた。やはり女性には笑顔が似合う。

リビングの窓を開けると小雨が降っていた。冷たい空気が入って来た、もうすぐ冬になる。

「ただいま、雨降って来ちゃったよ」

玄関から妻の声がする。

僕はもう一度汚れを落とした壁を見た、素晴らしい白だ。妻のリアクションを想像すると思わずにやけてしまう。

パタパタとスリッパの音を立て妻がリビングに入って来た。

「ねぇ、タバコ吸った?」

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