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ナナイロノミチ  作者: 涼音 星夜
どっちが好き?
9/29

好きな人

 次の日の午前中、照人は待ち合わせの公園へと向かった。犬の散歩やランニングしている人、家族連れなどが自然の中で思い思いに過ごしている。水遊びしている子どもたちの(はしゃ)ぐ声が遠くから聞こえてきて、森林の緑豊かな木々も気持ち良さそうに揺らいでいた。


 照人は公園の入口付近に自転車を停め、木陰のあるベンチを探して腰を下ろした。連日続く暑さで外に出るのも億劫だったが、緑を眺めて涼やかな木陰で風を感じると、やっぱり気持ちがいいものだなと感じた。

「照人君、お待たせー。急に誘ってごめんね」

「おっ、久しぶりだな翔太。ちょうど俺も会いたかったからさ。元気だったか?」

「う、うん……。この暑さだから塾行ったりするくらいで、あんまり外に出てないけどね」

「そっか。じゃあ、ぶらっと歩こうか」

「うん!」


 二人は木陰になっているところを探しながら歩いて行く。陽射しの下に出ると、暑さが倍のように感じるからだ。

「いやーホント、外歩くだけで死にそうになるなー」

「ホントだよねー。あっ、照人君、アレ乗ってみない?」

翔太は大きな池に浮かぶ小船を指差し、反対の手で照人を引っ張った。

「ん? ボートか。いいよ」

「やったー! じゃあ、行こう!」

翔太は暑さを物ともせずに走り出す。

「お、おい! 待てって!」


 船着場に辿り着き、二人は小さな手漕ぎボートに乗った。

「よーし、出発ー!」

「照人君、大丈夫? 辛くなったら交代しよ」

「大丈夫だって! いつもプールに行って、泳いで鍛えてるからさー」

二人の船はゆっくりと池の中央に進んで行く。周りはカップルや家族連ればかりだった。

「いやー、ボートなんて久しぶりだなー」

「僕は初めてだよ。こうやって乗るの」

「そっかー。なんか周りはカップルばっかりでデートみたいだな」

「そ、そうだね……」

翔太は顔を赤らめて(うつむ)いた。ゆっくりと周りにぶつからないように気をつけて進みながら、照人は人が少ない奥の方へと進んで休憩した。

「ふう、この辺ならいいだろう」

天気も見晴らしも良く、鳥たちが水面で水浴びしているのも見えた。

「はあ、いい天気だなー」

照人は体制を倒して空を見上げた。

「そうだねー。照人君は夏、好きなの?」

「好きだよ。学校休みだし、花火やプール、海にバーベキュー、楽しいことだらけじゃん」

「そうだね。僕は冬生まれだし、暑いのちょっと苦手で……」

「そっか。大丈夫か?」

照人は汗をかいた翔太の額に手を当てた。心配そうに覗き込む照人の顔が近づく。翔太の顔が赤くなり、体温が上昇しているように見えた。

「暑そうだな。それじゃあ、戻って涼しいところにでも行こうか」

「うん……」

照人はゆっくりと旋回し、船着場へと戻った。


 木陰のあるベンチで休憩することにし、照人は飲み物を買いに行った。

「お待たせ翔太! ほいっ」

照人は翔太に飲み物を放って渡した。

「あ、ありがと」

照人は翔太の隣に座り、ゴクゴクと喉を鳴らしてスポーツドリンクを飲んでいる。翔太も受け取ったお茶を飲み始めた。

「あー、生き返ったなー」

「喉カラカラだったもんねー」

「なあ翔太。翔太ってさ、好きな子とかいたりするのか?」

翔太は飲み物を吹き出しそうになった。

「えっ! 好きな子?! ……いるといえば、いる、けど……」

「へー、どんな奴? 翔太が好きになる子ってなんかさ、姉御っぽいイメージだよな」

「姉御?」

「うん。なんか強気なお姉さんタイプに引っ張ってもらうみたいなさ」

「うーん、どうだろう……」

「翔太ってさ、母性本能をくすぐる弟タイプみたいだしさ。……あのさ俺、最近気になる奴がいてさ。だけど俺、恋愛とかしたことないし、なんかよくわからなくってさー」

「気になる奴?」

翔太は照人の方に向き直り、詳しく聞こうとした。

「うん。夏休み前に急に呼び出されてさ。俺のこと気になるみたいなこと言われたんだよねー。そいつ、見た目は男みたいなんだけど、たまに女の子っぽいとこもあったりしてさ。最初は意識してなかったのに、最近俺も気になり始めたっていうか……翔太はそういうの経験ない?」

翔太は少し考え込んだ。

「僕はまだ経験ないから、よくわからないや」

「そっかー」

翔太は僅かな痛みを感じながら嘘をついた。

「なあ翔太、ちょっと横になってもいいかな」

「えっ? うん……」

照人は翔太の膝の上に頭を乗せて、仰向けに寝転がった。

「なんだか翔太って、居心地いいよなー」

照人は気持ち良さそうに目を(つぶ)る。

「照人君……」

翔太は照人を膝枕しながら、照人の髪を撫でる。サラサラした黒い髪、日に焼けた顔、長いまつ毛が僕の手の中にある……。

「ヤバい、寝そう……」

「いいよ。三十分経ったら起こすよ」

「そうか。サンキュー……」

照人はスウッとすぐに寝息を立て始めた。穏やかな時間。好きな人が側にいる。なんて幸せなんだろう。ずっとこのままでいられたらいいのにと思いながら、翔太は照人の寝顔を見て、嬉しさと複雑な思いが込み上げていた。


 白い光に包まれている。それはぼんやりと人影になる。誰だろう。

「……玉紀? もしかして、玉紀か?」

照人は玉紀に向かって手を伸ばす。玉紀も手を伸ばすが届かない。

「玉紀ー! こっちだ!」

手を伸ばしてもどんどん離れて行く。触れたい。抱きしめたい。

「玉紀! 待ってろ!」

照人は空中を泳ぐように()いて、光に包まれた玉紀の手を掴み、抱きしめようとした。

「玉紀!」

照人が抱きしめると、玉紀は光り輝き、小さな光の粒となって弾けた。

「玉紀……」

なぜだか自然と涙が溢れていた。優しくて温かい空気、それだけが照人の側に残っていた。


「……照人君? 照人君!」

照人はぼんやりと(まぶた)を開けた。

心配そうな表情の翔太が、照人の顔を覗き込んでいる。

「照人君どうしたの? 怖い夢でも見た?」

「夢……だったのか……」

「大丈夫? これ使って」

翔太はハンカチを照人の頬に当てた。

「俺……泣いてたのか」

「蒸し暑くて怖い夢でも見ちゃったんだね。今日はそろそろ帰ろうか」

「あ……俺、いつの間にか寝ちゃってたんだな。ごめんな、重かったろ」

「大丈夫だよ、僕は」

翔太は笑顔で返す。照人は体を起こした。

「ごめん。僕がワガママ言ってボート乗ったせいで疲れさせちゃったね」

「いや、翔太の膝枕が気持ち良くてさ」

「じゃあ、少し歩いてから解散しようか」

「おう。そうだな」

二人はベンチから離れて歩き出し、涼しげな木陰の中をたわい無い会話を楽しみながら、ゆっくりと歩いて行った。

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