幼馴染
猛暑が続く夏休み。部活動に入っていない翔太は、家と塾の往復の生活を送っていた。
「んー、今日も良い天気だなー。たまには外に出てみようかな」
翔太は支度して街中のカフェへと向かった。人が多いところが苦手な翔太は、のんびりと寛げる自分だけの空間が好きだった。その中でもよく訪れるのがここのカフェで、豊富な種類の茶葉を産地ごとに取り揃えているので、紅茶好きの翔太にとっては、いつもワクワクするお気に入りの場所だった。
「いらっしゃいませー」
「こんにちは」
翔太はいつも利用する奥の席が空いていたので、その席に荷物を下ろして座った。メニューを開いてザッと見る。お店のカウンターにはサンプル用の瓶に茶葉が置いてあり、茶葉の香りを嗅いでどんな風味になるか想像して決めるのが翔太の楽しみだった。
「んー、どうしようかな。今日はさっぱりでフルーティーなやつがいいかな」
翔太は何かに集中したい時はダージリンにしてみたり、気分転換したい時は、ちょっと変わったフレーバーティーを楽しんでみたりして、店員さんのおすすめを聞きながら紅茶の奥深さや楽しみを覚えていった。
「お待たせ致しましたー。二、三分蒸らしてからごゆっくりお楽しみください」
厚手のミトンに包まれたお茶ポットと温めたティーカップ、お茶菓子の手作りクッキーが運ばれてきた。ここの紅茶に一度ハマると、どんなに暑くても温かい紅茶が飲みたくなる。また、クッキーやスコーンも人気があり、テイクアウトしてお土産に持ち帰る人も多い。旬なフルーツを使ったタルトケーキなども女性客やスイーツ男子に評判が良かった。いつか好きな人ができたら一緒に連れてきたいと翔太は思っていた。
ゆっくりポットの蓋を開ける。ベルガモットの華やかな香りに包まれた。カップに注ぐと、オレンジがかったガーネットの宝石のような雫が溜まっている。口に含むと、上質な茶葉の風味と爽やかな酸味がバランス良く交わり、舌を楽しませた。
「はあ、良い香り。癒されるなー」
小さなピッチャーに入っていたミルクを少し注いでみる。乳白色のミルクの渦をかき混ぜ、一口飲んでみると、滑らかなミルクでコーティングされた紅茶は、茶葉の風味を残したまま、マイルドな優しい口当たりとなり、一段と美味しく感じられた。茶請けのクッキーとも相性が良く、贅沢なひと時を味わった。
リラックスした心地良さに包まれていると、照人の顔がふと目に浮かぶ。翔太がいつも困った時に突然現れて、しかしどこか不器用な一面もある可愛いお兄ちゃんみたいな人だ。花火の時には思いきって手を繋いでみたが、拒否はされなかった。あの時、そのままの流れで自分の思いも打ち明けそうになった。今までの恋はずっと胸に秘めてきたが、彼ならもしかしたら分かってくれるんじゃないかと、淡い期待を抱いてしまう。翔太がいつも好きになるのは、身近にいて仲良くなるそんな同性の友人ばかりだった。
こんなこと誰にも言えない。僕がこんな人間なんだともし周りに知られたら、僕自身だけじゃなく家族にまで迷惑をかけてしまうだろう。僕は何故、同性しか好きになれないんだろうか。こんな僕はやっぱりおかしいんじゃないか。いつもこの思考のループにハマって考えるが、答えは出てこなかった。
「いらっしゃいませー」
店のドアが開き、見慣れた顔の女子高生が入ってきた。
「オッス、翔太! そこ一緒にいい?」
「あ、望ちゃん! うん、どうぞ」
翔太は自分の前に置いた荷物を避け、席を作った。
「久しぶりー、翔太。外からアンタの姿が見えたからさ。元気してた?」
「うん、まあね」
「あ、すいませーん! アールグレイ、アイスで」
手を挙げて店員に注文する女子高生、水野望は、翔太と同い年の幼馴染で、近くの女子校に通っていた。
「どうしたの? またなんか悩み事? さてはまた恋だろ、乙メン君」
「まあ、ね……」
昔から活発な望と内気な翔太。翔太がイジメられていると、望がいつも助けてくれた。望は明るく男女問わず人気者で、友だちは多かったが、恋愛方面の話はなぜかいつもはぐらかされた。
「望ちゃん、あんなにモテるのに、なんで付き合わないの?」
「いやー、なんて言うかさ、興味ないんだよね、男子にはさー」
「えっ? もしかして、じゃあ……女の子が好きなの?」
「まあ、そうかもねー。翔太はさ、好きな子とかいないの?」
「僕も実は……その……」
二人は異性ではあるが恋愛に向かうベクトルが真逆だと発覚し、それ以来、共通の悩みを話せる唯一の存在だった。
「望ちゃんは彼女できたの?」
「フッフッフ。聞いちゃう? 実はさ、同じクラスの子でね、翔太みたいに大人しくて清楚系の美少女がいてね、これからデートなんだー」
「そっかー、よかったね」
「でさ、翔太。その子が喜びそうなデートスポットとか、知ってたら教えてよー」
「なんで男の僕に聞くのさ」
「なんか翔太と趣味合いそうだなと思って。美味しい紅茶とか、可愛いスイーツとか好きそうだなって」
「んー、そうだな……僕なら雑貨屋さんとかお花屋さんとかもブラブラ見るの好きだけど」
「そっかー。さすが翔太先生! あざース! あ、それで、翔太の方はどうなの?」
「んー、なんて言うか……男から好きだって言われたらキモいって引かれるんじゃないかって思ったら、うまく伝えられなくてさ……」
翔太はそう言って俯いた。
「んー、まあ、男って女より苦手意識強そうだもんねー。けど、手握っても拒否られなかったんでしょ? 可能性あるんじゃない?」
アイスティーのストローを弄びながら、望はそう答えた。
「そうかなあー」
「そうだよ! 相手の反応や気持ちだってそりゃ気になるけどさ、自分の気持ち素直に伝えてみたら? 翔太が好きになった人なら、きっと良い人なんでしょ?」
「うん」
「そんな人ならきっと、ちゃんと受け止めて考えて、答えを出してくれるはずだよ。翔太が好きになった人、信じてやんなよ」
「うん、分かった。今度話してみるよ」
「よし! じゃあ、そろそろ行くから、告ったら報告してね」
「うん。ありがと、望ちゃん」
「じゃあまたね、翔太!」
望は飲み物代を置いて店を出ていった。そうだ。悩んでても仕方ない。僕の気持ちを伝えたい。そして、照人君の気持ちを知りたい。翔太は携帯を手に取り、少し考えてから照人へメールを送信した。
玉紀とファーストキスをした日から、照人の心は落ち着かなくてフワフワしていた。照人は寝転がりながら漫画を開き、現実世界から離れようとしていた。
モテない冴えない小学生の男子が主人公の物語。不器用で鈍感などっか自分と似ている少年だった。
ある日、女の子だけど心が男の子と、男の子だけど心が女の子な二人に告白されるというラブコメディだ。心が男であれば、主人公の少年に恋愛感情を抱くのは変じゃないかと思っていたが『だって好きなんだもん、しょうがないじゃん!』というセリフには共感を覚えた。好きになるのに理由はいらない。ただ心が惹かれる。なぜなんだろうと考えても答えが出ない。男が女を好きに、女が男を好きになる人は、その理由を答えられるだろうか。自分の場合は今のところは、男だから女だからよりも、その人だからというか性別に拘らずに、その人という存在が好きなような気がする。前世の繋がりなのか、それとも遺伝子の仕業なのか……。自分でコントロールするのが難しい、その人にだけ反応する特別な感情。これがいわゆる恋、というものなのだろうか。そんなことを考えていると照人の携帯が鳴った。メールを受信したようで開いてみると、送信者は翔太だった。
『明日、時間空いてる? どっか遊びに行かない?』