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ナナイロノミチ  作者: 涼音 星夜
どっちが好き?
7/29

ファーストキス

 真夏日が続く七月下旬。まだ午前中なのに外は三十度を超え、今日は猛暑日になりそうな日差しだった。照人は水分補給をしながら、市民プールの入口の日陰で待っていると、靴の(かかと)を踏ん付けたままの玉紀が、急いで出てきた。

「ごめん、お待たせー」

「うん、大丈夫だよ。玉紀の家は近いの?」

「自転車で十分くらいかな。歩いてきた?」

「いや、チャリだよ。じゃあ、行こうか」

「うん!」

二人は自転車で玉紀の家に向かって()ぎ出した。なるべく日陰になっている道を通り、途中コンビニでお菓子や飲み物などを買って、玉紀の家へと向かった。


 住宅街の中の『三浦』と表札の書かれた家の前で、二人は自転車を停めた。

「着いたよー! どうぞ、入って」

玉紀は玄関の鍵を開け、照人を招き入れる。

「おじゃましまーす」

玉紀の言ってた通り、住人は不在のようだった。玉紀は二階の部屋に照人を案内する。

「ここがうちの部屋。コップ持ってくるから座って(くつろ)いでてー」

「ああ、ありがと」

照人はバッグを下ろし、座卓テーブルの前に座った。部屋は六畳程の広さで、学習机とベッド、本棚には少年漫画が多く並べられ、壁にはバスケ選手のポスターなどが飾られてある。ベッドの脇には、今人気のゆるキャラの大きなぬいぐるみがあり、女の子らしい趣味もあるようだ。玉紀の男子っぽいところと、時々感じる女の子らしいところが混じり合った玉紀らしい部屋だった。妹以外の女子の部屋に入るのは、もちろんこれが初めてなのでなんだかソワソワする。


 高校生になったある日、母から手渡されたものがあったのを照人は思い出した。『女の子取扱い説明書』とタイトルがあるノートだ。ノートを開いてみると『好きな女の子ができたら……』とあり、おすすめのデートコースや女の子が喜びそうな物、お泊まりの心得など男には理解し(がた)い女性についての豆知識が詰まっていた。

「母さん、これは……」

「照人、もしあなたが誰かに恋したら読んでみてね。女の子はね、見た目は明るかったり強そうに見えるかもしれないけれど、実は弱さを見せないように隠していたり、体は男の子よりも繊細なの。だからいつも、思いやりと優しさを忘れないでね」

「うん、わかったよ」

「そして、これは必要になった時のために、練習しておきなさい」

渡された小さな箱には、ノートの参照ページが示され、最終章のページに『女の子に触れる前に』とあり、『女の子を守ってやれる男になりなさい』と避妊具が同封されていた。そして『避妊具を使うことは、お互いの体を守り、より深く愛していることを伝え合う為に必要』と、正しい付け方や外し方、自分にあったサイズを選ぶことなどのレクチャーと、保健の時間に聞いた男女の体の違いなどの他、女性の反応や様子を伺いながらゆっくり優しく丁寧に、などの注意書きが付け加えられてあった。また、『漫画やアダルトビデオなどは男性の欲を刺激するためのファンタジーなので参考にすべからず』『女性の感じるポイントは個人差があるので雑誌のマニュアルよりも相手にして欲しいこと、嫌なことを聞いて臨むのがベスト』などと独自目線の内容もあった。なんなんだよ、と思いながらも照人は、その教えに従い、念のため常に財布には例の物を忍ばせてあった。


「ねえ、なに考えてたの?」

玉紀がコップをテーブルに置く。

「えっ! い、いや、なんでもないよ。あ、これ玉紀も好きなんだー、可愛いよね」

ベッドにあったゆるキャラのぬいぐるみを、照人は話をはぐらかしながらブニブニと抱っこした。

「あーそれね。この前、ゲーセンで取ったんだー。可愛いでしょ?」

ジュースをコップに注ぎながら、玉紀は笑って答える。

(フー。危ない、危ない)

照人は冷や汗を一拭きし、ゴクゴクと喉を鳴らしながら、一気にジュースを飲み干した。玉紀は照人の横に座り、同じようにジュースを飲む。細く長い指、柔らかそうな唇、光る汗が首筋を通った。玉紀のその行動の全てが不思議と色っぽく見えた。

「ん? どうしたの?」

「え? いや、なんでもないよ」

玉紀にあんなこと言われてから、考えないようにしていても、頭の中で勝手なイメージが沸き上がってくる。普段は明るく男勝りな性格の玉紀だから特に意識もしなかったけど、たまに感じる女性らしい部分にドキッとした。

「あ、そうだ! ゲームしよっか」

「ゲーム? う、うん、そうだな」

玉紀はゴソゴソとテレビゲームをセッティングした。対戦型の格闘ゲームのようだ。

「やったことある?」

「うん、あるよ」

「じゃあ、勝ったら一つだけお願い聞くことね! じゃあ、スタート!」

「えっ! うわっ、おい、ちょっと!」

照人の心の準備が整わないまま、バトルが始まった。必殺技を繰り広げながら玉紀が攻撃を仕掛けてくる。照人は必死で応戦しているが、防ぐので精一杯だ。

「玉紀、めっちゃマジだね」

「当たり前でしょ! えい、どうだ!」

玉紀の飛び蹴りの必殺技が炸裂し、照人のキャラは宙を舞った。

「やられた! おい、三回勝負だぞ!」

「しょうがないなー。ま、それでも勝つけど」

「よーし、来い!」

今度は気合いを入れ直し、照人が勝利した。そしてラストの三戦目……。

「イエーイ!」

「うわー! 負けた……」

玉紀が照人のキャラをノックアウトし、照人は万歳した格好で寄りかかっていたベッドに伸びた。そして天を仰ぐ照人の顔を覗き込むように玉紀が話しかける。

「それじゃあ、お願い聞いてくれる?」

「な、なんだよ……」

玉紀の顔がだんだん近づいてくる。

「キスしよっか、照人」

「キ、キス??」

玉紀の顔が近づいて照人は目を瞑る。温かくて柔らかな感触が唇に伝わる。時間が止まったように長く感じた。ゆっくり目を開けると、目を瞑ったままの玉紀の火照った顔があって、玉紀も少しづつ目を開いた。

「玉紀……」

心臓が高鳴り、玉紀にもっと触れてみたくなった。照人が玉紀を抱きしめようとすると、玉紀は体制を戻してしまった。

「キスってこんな感じなんだね。ありがと、照人。そろそろお母さんたち帰ってくる時間だから、また今度ね」

「あ……そうか。……うん、じゃあ、またな」


 照人は荷物を持って玉紀の家を後にした。外は日が落ちてきているとはいえ気温はそれほど下がっていないようだった。照人はぼんやりとしたまま自転車を()ぐ。初めてのキス。イメージしていたよりもリアルな柔らかい感触。目に見えない世界で触れ合った優しい光。玉紀の心に少しだけ触れたような気がした。照人は、もっと玉紀のことが知りたくなっていた。

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