大切な人
目を開けた照人は、夕暮れに照らされた高台の公園のベンチに座り、大切な人を待っていた。ずっと考えて悩み、だけどやっぱり決めた。今日こそここで伝えよう。しかし改めて会うとなるとやっぱり緊張する。果たしてどんな顔で現れるだろうか。
すると、遠くから人影が見えた。大きく手を振り近寄ってくる。
「お待たせー!」
「……翔太か? 久しぶりだな!」
やってきたのは翔太だった。高校の時に別れて以来の再開だった。前に会った時よりかなり身長が伸びていたが、笑顔はあの時のまま変わっていなかった。
「おい、いつ帰ってきたんだよ!」
「ハロー、照人君。今朝、日本についたばかりなんだ」
「お前、だいぶ伸びたなー」
「そう? 向こうだとみんな僕より大きいよ」
二人はベンチに腰掛け、語り合った。
「ここは全然変わらないね」
「ああ、そうだな」
夕日に照らされる街並みを二人は懐かしそうに見つめている。
「よく二人でここへ来てたよな」
「うん、覚えてるよ」
「翔太はその……良い人に出会えたか?」
「うん。向こうで知り合ったカナダ人の彼氏がいるんだ。今、付き合って一年半かな」
「そっか、良かったな。海外だと同性でも結婚できたりするところもあるんだろ?」
「そうだね。いずれはそうなれたらいいかなって僕は思ってる」
「そっかー。結婚式には絶対呼んでくれよ」
「うん、わかったよ。照人君はどうなの?」
「俺は……分からん。フラれたら後で一杯付き合って」
「フフッ。大丈夫だよ、照人君なら。じゃあ、そろそろ行こうかな。僕はしばらく日本にいるから、期待しないで報告待ってるねー」
翔太は立ち上がって手を振り、その場を去って行った。
「んなこと言ったってなー。はあ……」
自信がない訳ではないが、断られる可能性もある。そしてこの結果により、俺の人生にアイツをずっと付き合わせることにもなるのだ。なんだかだんだんと自信バロメーターが低下していく気がした。
「よっ! 待ったー?」
「うわっ、た、玉紀! びっくりしたー」
照人が考え込んでいると、玉紀に後ろから肩を叩かれた。
「照人が呼び出したくせに。はー、でも綺麗な夕日ねー。懐かしいな」
玉紀が就職先を決める前に話したいことがあると、照人はこの場所へ呼び出していた。生まれ育った街全体が見渡せる高台の公園。夕暮れ時や夜空は特に綺麗で昔よく来ていた。
「それで、こんなとこに呼び出したりなんかしちゃって、どうしたの?」
「ん? ああ。なんかさ、昔のこと思い出したくなって」
「昔のこと?」
「うん。玉紀に出会う前、高校入り立ての時に俺、怪我しちゃってさ。陸上一筋でずっとやってきた俺は、生きる意味なんてないって思ってた」
「へー。初めて聞いた……」
「それから俺のことを慕ってくれる友だちが出来たり、玉紀に出会ったりして、自分一人だけの世界が少しずつ広がっていったんだ」
玉紀は隣に座り、照人の話を聞いている。
「あの時はびっくりしたよ。いきなりあんなこと言うんだもんなー」
「ああ、あれは……私もね、思春期で好奇心いっぱいで怖いもの知らずだったの」
「今でも怖い? 男の人……」
「最近はね、日常生活ですれ違うくらいなら平気だけど、近くにいるとちょっとね……」
「俺のことも?」
「照人はもう、なんだか兄貴みたいな感じだから大丈夫だけど……」
「夫婦にはなれない?」
「夫婦?」
照人は立ち上がった。そして玉紀の方に向かって跪き、小さな箱を開いた。
「照人……何これ……嘘でしょ?」
「三浦玉紀さん。僕と……結婚してください」
「照人……私、無理だよ……。できないかもしれないよ? 照人、子ども好きでしょ? 私じゃない人の方がいいよ、きっと……」
「いや、俺は玉紀じゃないと駄目なんだ。玉紀のいない人生なんて考えられないよ」
照人は真剣に玉紀を見つめる。玉紀は驚いたまま固まっている。
「できなくても……そんなこといいんだよ。俺は玉紀が側に居るだけで楽しいし嬉しいし、ずっと側にいて守ってやりたい。子どもなんていなくても玉紀が居ればそれでいいんだよ」
「だって……駄目だよ、照人」
「寂しかったらさ、犬や猫を飼ってもいいし、養子を迎えてもいいし。俺が玉紀を独占して、二人だけで過ごすのもいいしな」
「照人……本気なの?」
「ああ。俺は転勤もある仕事だけど、玉紀と離れたくない。付いて来て欲しい。側に居て守りたいんだ。だから、ずっと……。ワガママなのわかってるけど、俺の側に居てくれないかな?」
照人の目は真っ直ぐと玉紀を見つめていた。
玉紀は悩んでいるようだった。照人は玉紀の手を握り締める。
「ホントに、私でいいの? 後悔しない?」
「俺はこの手を離したほうが後悔すると思う。玉紀の夢、俺が叶えるよ」
「……もう、しょうがないわねー。頑固な照人について行けるなんて、私くらいなもんだしね。けど、守ってもらうだけじゃ嫌だからね! 私が照人を幸せにしてあげる!」
「それって……オッケーってこと?」
「うん!」
「マジで?! やったー!!」
「ちょっと、照人ってばー!」
照人は嬉しすぎて、玉紀を抱きしめてグルグル回った。




