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ナナイロノミチ  作者: 涼音 星夜
それぞれの道
25/29

不安

 引越しも無事終わり、いよいよ寮生活と警察学校の訓練、そして勉強の日々が始まった。拳銃の取り扱いや柔道または剣道を選択履修し、寮生活で集団行動しながら必要な知識を身に付ける。大卒だと六ヵ月、その他だと十ヵ月の初任科教養が必要だ。その後に卒業試験が行われ、終了後に卒業となり、各警察署などへと配置される。卒業後も職場実習、初任補習科、実戦実習などを経て、やっと教養課程が終わる。高卒だと二十一ヵ月かかる厳しい道のりだった。

 照人は同期のメンバーと共に過ごし、共に学び、自分の身や大切な人たちを守れるようにと厳しい訓練をこなしていった。休みの日には時々、玉紀に連絡して会いに出かけた。玉紀は新しい大学生活にも慣れてきたようで一安心だった。

「そっちはどう? あちこち傷だらけだけど」

「ああ、まあ、それなりに厳しいよ。誰かを守るには強くならないといけないからね」

絆創膏を貼った傷だらけの顔はあんまり見せたくなかったが、照人にとっては玉紀に会うのが毎週の楽しみだった。

「けど、あんまり無理しないでよ」

「ははっ、そうだな」

「あと、もし、気になる人ができたら……私のこと気にしないでいいからね」

「えっ? どういう意味??」

「照人も年頃だしさ、私はもしかしたらずっと男性を受け入れることができないかもしれないじゃない。だから……」

「玉紀……それはまあ、俺も辛いけどさ、俺よりもきっとお前の方が辛いだろ? 俺といるの嫌なのか?」

「ううん……けど……」

「先のことなんてわからないけど、俺は今は玉紀と過ごす時間を大切にしたいんだ」

「照人……」

照人は玉紀を抱きしめた。

「不安になったらいつでも連絡しろよな」

「うん」

玉紀はいつも、不安と戦ってるんだろうな。俺も今、頑張り時だ。君を守るために……。


 厳しい訓練を乗り越え、照人は教養課程を終了し、小さな交番へと配属された。玉紀の大学がある街だった。落し物や道案内、不審者がいないか見回りなど、住宅街や学校の近くをパトロールした。最近だと小さな子を狙う変質者なども多い。幼い子どもたちや猫や犬など、自分より弱い物を虐めて、楽しむような奴もいる。照人はそういう奴が許せなかったし、研修課程を経て警察官になる人は、自分と似たように正義感が強いタイプが多いように感じた。

「じゃあ、宜しくお願いします」

「おう、お疲れさん」

 交代の警察官に引き継ぎをし、帰宅した。寮を出てからは自立のためと、この街をよく知っておきたくて玉紀の寮の近くに小さなアパートを借りた。これで何かあっても駆けつけられるだろう。たまにご両親も様子を見に来ているらしいから心配はないだろうけど、自分自身が玉紀の側に居たかった。玉紀も授業やバイトがない時には、たまに照人の家に立ち寄った。

「仕事どう? 頑張ってる?」

「うん。まだ半人前だけどね」

「でもすごいなー照人は。着々と自分の夢、叶えてるもんね」

「いや、まだまだこれからさ」

「そっか。私の夢はなんだろうなー。照人は、どんな未来、思い描いてるの?」

「ん? まだ内緒」

「えー、ケチ! 教えてくれたっていいじゃない」

「玉紀の夢、教えてくれたらね」

「むー。それはもうちょっと時間ちょうだい」

「わかった。気長に待ってるよ。それで今日は、何作ってくれるの?」

「この前お母さんに教えてもらった炊き込みご飯と、焼き魚とお味噌汁」

「そっか。んー、いい匂いだなー」

「もうちょっと待ってて」

照人は台所に立つ玉紀の後ろから、軽く抱きつきながら夕飯ができるのを待っていた。玉紀は最近、母に料理を習ったり、ボランティア活動で子どもたちと遊んだりと忙しそうだった。

「できたよー」

「おっ、めっちゃ旨そうだな。いただきます」

「どうぞ、召し上がれっ」

玉紀と食卓テーブルを挟んで座り、夕食が始まった。

「んー! この炊き込みご飯、めっちゃ旨い」

「そうでしょ? お母さん直伝なんだから」

「いやー、これは毎日食べても飽きないな」

「あんまり食べ過ぎて、太っても知らないよ」

「ふーん。作ってくれる前提なんだ」

「もう、いいから食べて!」

玉紀は恥ずかしいのか、オカズを無理やり照人の口に押し付ける。

「ふぁい」

玉紀は照れながら黙々と食べていた。


 夕飯を終え、玉紀と一緒に後片付けをしながら照人は玉紀に話しかけた。

「明日は休みだろ。泊まってく?」

「うん……」


 シングルサイズのベッドに、照人は玉紀を包み込むように抱きしめる格好で寝た。玉紀の体温が伝わってくる。高校過ぎても身長が少し伸びたせいか玉紀が小さく感じた。

「良い抱き枕だな」

「そう? 照人と寝るとなんだか安心する」

「よかった……」

照人はそう言うとすぐに寝息を立てた。

玉紀は照人の髪を撫でながら見つめる。

「ありがと、照人……」

玉紀は照人の額に自分の額を当てて、目を閉じた。


 ある日の夕方、勤務も終わって仕事帰りに玉紀の顔を見に行こうと、玉紀の大学方面へと向かった。メールで連絡してみると、もうすぐ学校を出るということだった。最近、就職活動で忙しかった玉紀は、久しぶりに早く仕事が終わったという照人からの連絡を受けて、急いで準備して学校から出た。

 

 日が落ちてきてなんとなく心細く感じる時間だが、これから照人に会えると思うと玉紀は心が弾んだ。大学卒業後は社会人として働こうかと就職活動を始めていたが、どの会社も同じように見えて迷っていた。何年か社会人を経験してから数年後とかに結婚してと、そんな普通の家庭に憧れてはいるけれど……。

「結婚なんて私には無理かもだしなー……」

玉紀は、そんなことを考えながら歩いていた。


 薄暗くなった細道、人影も少ない。そうして歩いていると、後ろから近づく足音に玉紀は気付いた。ゆっくりと後ろを振り返って見てみると、少し離れたところに二、三十代くらいの男性がいた。黒いフードを被り、俯いている。気のせいかと思い、玉紀はまた歩き始めた。しかし歩き始めてからもその男性は同じ道を歩いて付いて来る。こちらが少し早歩きになると、向こうも早歩きで付いてきた。

(もしかして最近、うちの女子大生を狙ってるという変質者かも……)

玉紀は怖くなり、急いで照人との待ち合わせ場所へと向かった。足音がだんだん近づいてくる。玉紀はもう走り出していたが、男性の方が速かった。そして、追いかけてきた男性に玉紀は手を掴まれた。

「おい、ちょっと来い!」

「イヤだー! 離してよ!」

「いいから来いよ!」

男性は玉紀を暗がりへ連れて行こうとする。

「助けてー! 照人!!」

玉紀が叫んだその時、玉紀の腕を掴んでた男性の手が離れ、次の瞬間、その男性は宙に舞っていた。

ドスンッ!

見覚えのある人影が、その男性を背負い投げして取り押さえた。

「おい、大丈夫か?」

「照人!!」

「お前だな、最近この辺ウロついてる変質者って奴は」

「ウウッ……」

体を強く打ち、抑えつけられている男性は、呻くことしかできなかった。

「言い訳があるなら後でみっちり聞いてやる。さあ、立て!」

「照人……」

玉紀が泣きそうな顔をしている。

「ごめん、遅れて悪かったな。こいつ、署に連れて行くから、先に俺の家で待ってて」

「うん……」

照人はそのまま犯人を連行していった。その後ろ姿は、いつもより大きく見えた。


 玉紀が不安げなまま照人の家で待っていると、しばらくしてから制服姿の照人が帰ってきた。

「ただいまー」

「おかえりなさい。さっきは、ありがとね」

「いやー、こっちこそごめんな。パトロール強化していたんだけど、なかなか尻尾を掴めなくてな」

玉紀は照人の胸に飛びついた。

「照人……」

「怖かったろ。ごめんな……」

照人は玉紀をしっかりと抱き締めた。玉紀の肩は震えていた。

「びっくりして腹も減ったろ。飯にしようか」

「うん」


 二人はいつものように一緒に夕飯を食べて、並んで座り、テレビを見ていた。

 大家族でワイワイしながらも、楽しく生活するドキュメンタリー番組。成人を過ぎた照人は、恋人や家族、これからのことなど、テレビを見ながらぼんやりと考えていた。

「玉紀は就職活動、頑張ってるのか?」

「うん。だけどイマイチかなー」

「玉紀は、何目指してるの?」

「私はねー……お嫁さん! とか言っちゃったりして。……けどまー、夢のまた夢かもしれないしね」

「なんで?」

「だって私……できないじゃん」

「……」

「抱けない恋人なんてさ、嫌でしょ? 子どもだってそうなると無理だし……」

「玉紀……」

「私、お風呂入ってくるね」

「ん、ああ……」

照人はどう答えていいかわからなかった。玉紀は脱衣所の扉を閉めて、しばらく立ったまま俯いていた。


 玉紀の後に風呂に入った照人は、湯船に浸かりながら玉紀の言葉を思い出していた。恋人として触れ合いたいと思っても、玉紀の心の奥底にある恐怖心が俺を撥ね付ける。それは玉紀だけの問題じゃなく、恋人である俺にとっての試練でもあった。ずっとこのまま受け入れられないかもしれない玉紀と一緒にいるのか、それとも他の誰かを選ぶのか……。彼女が幸せになって欲しいと考えてはいるが、俺にとっての幸せとは……。


 風呂から上がった照人は、冷蔵庫から飲み物を取って喉を潤した。部屋の照明は暗く、玉紀は先にベッドで横になっていた。照人は玉紀の寝顔を見つめる。細くて小さな玉紀の手が、布団からはみ出している。照人はその指を手に取り、確かめるように撫でて手を重ねた。温かくて小さな手。ここに守りたいものがある。この寝顔をずっと見ていたい。そして共に毎日を過ごしていきたい。それだけでいい。それが俺の幸せなんだ。照人は玉紀の側に寄り添い、寝息に合わせてそのまま目を閉じた。

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