最後の願い
あれから季節が変わり、桜が咲き誇る高校生活最後の卒業式を迎えた。在校生と父兄たちが見送る中、卒業生が体育館を後にする。校舎や教室を背景に記念撮影する人、お別れの言葉を伝え合う人、ボタンやネクタイを渡して思いを伝え合う人など、みんなそれぞれ別れを惜しんでいた。
卒業式を終えた数日後、照人は玉紀の家を訪れていた。久しぶりの玉紀の部屋。段ボール箱に荷物が詰められていて、部屋の中はすっかり片付けられていた。
「玉紀も引越し、もうすぐだっけ?」
「うん、そう。明日には荷物送って、明後日には出る予定」
「良かったな。女子寮がある大学でさ」
「うん」
「照人も来週には出るんだよね?」
「ああ。けど俺は、荷物だってたいしてないから」
「でも、驚いたなー。照人が警察学校だなんてさ」
「そうか? 俺にピッタリだと思うんだけどなー」
「えー? こんなヒョロヒョロで?」
玉紀が照人の腕をモミモミした。
「バカ、これから鍛えるんだよー」
玉紀と照人がそんなやり取りをしていると、階段の下の方から玉紀の母の声がした。
「玉紀ー! ちょっとお母さん、出かけてくるからね。照人くん、ゆっくりしてって」
「うん、行ってらっしゃい」
「はい、ありがとうございます!」
そう言うと玉紀の母は出かけて行った。
家には照人と玉紀の二人だけとなり、一瞬、静まり返る。なんだか気まずい空気が流れた。
玉紀は照人に対しては普通に触れるようになってきた。しかし時々夜中に、夢でうなされることもあるようだった。玉紀とこうして会えるのも今日が最後だろう。お互いの学校は、近いとはいえ電車で二時間程は離れている。
「しばらくはこんなふうに会えなくなるな」
「そうだね……」
並んで座っていた玉紀は、照人にもたれ掛かって呟いた。
「ねえ、照人……」
「うん?」
「抱いてくれないかな」
「えっ? でも……」
「最後に、お願い……」
「玉紀……」
照人は玉紀の目を見つめた。真っ直ぐに見つめ返してくる玉紀の目が、本気だと言っていた。照人は玉紀の目が閉じるのと同時に唇へと優しくキスをした。
「怖くない? 俺のこと」
「うん。大丈夫」
「もし嫌になったらすぐ言って。俺は玉紀を傷つけたくないから」
「うん……」
玉紀と一緒に照人は、同じベッドの中で抱き合った。お互いの体温を感じながら、時々見つめ合い、確認するように。白くて滑らかな玉紀の肌が自分の肌越しに伝わり、照人の鼓動が早くなった。
「玉紀、平気? 目を瞑ったら駄目だよ。俺のこと、ずっと見てて」
「うん……」
玉紀の指に、照人が指を重ねる。お互いの体温で熱くなり、溶け合うように感じた。
「玉紀……」
照人の手が玉紀の太股から足の付け根に触れた時、玉紀が一瞬ビクッとなり、目を見開いて叫んだ。
「……イヤー!! やめてー!!」
「玉紀?!」
照人はすぐに身を起こして玉紀から離れた。玉紀は毛布に包まり、震えている。
「玉紀? 大丈夫か? おい!」
「怖い……怖いよ……」
玉紀は震えながら泣き出した。照人は触れて大丈夫か様子を確かめてから、玉紀の体を毛布ごと摩った。
「玉紀……もうしないから。大丈夫だから」
「照人……ごめん」
玉紀が抱きついてきた。
「玉紀……大丈夫だよ。一緒に乗り越えよう。俺はずっと玉紀の味方だから」
「照人……」
照人は玉紀を抱きしめ、泣き止むまでずっと側にいた。




