一歩
真っ黄色なイチョウ並木が続く道。落ち葉の絨毯の上を歩いている玉紀は、転校した女子校の生活にも慣れ、友だちになった女子生徒たちと登下校するようになった。
「だいぶ元気になったみたいですね」
「そうね。学校の行き帰りは友だちが送ってくれるようになって、私たちも安心したところなのよ」
玉紀の家に久しぶりに立ち寄り、玉紀の母と照人は話していた。翔太に自分の思いを伝えて傷つけてしまったことをしばらく後悔していた照人だったが、自分の気持ちをはっきりと玉紀にも伝えようと訪ねたところだった。
「ただいまー」
「あ、おかえりなさい。玉紀ー、照人君が来ているわよー」
「おかえりー。お疲れさん」
玉紀が玄関から入ってくる姿が見え、照人は声をかけた。玉紀が通う女子校の制服は、栗色のブレザーと濃いワインレッドのリボンで、他の学校の生徒からも人気が高いようだった。下に履くのは、スカートとスラックスタイプと自由に選択できるらしく、玉紀はスカートが嫌なのかスラックスを履いていた。
「照人、来てたんだー」
「制服、似合ってるな」
「そうでしょ? 結構、気に入ってるんだ」
「今お茶用意するから、玉紀は着替えて来なさい」
「はーい」
玉紀の母がお湯を沸かしてお茶とお菓子の準備をしている。しばらくしてから着替えた玉紀が降りてきた。
「はい、これ持ってって。熱いから気をつけてね」
「あ、僕持ちます。玉紀、このお菓子持って」
「うん」
「ありがとね、照人君。階段のところ気をつけてね」
「はい」
玉紀の部屋に入り、照人はこたつテーブルにお盆を置いた。玉紀はお菓子と蜜柑を持ってきてテーブルに並べる。近頃は夕方になると冷えてくるようになって、温かい物が恋しい季節だった。こたつに足を入れた玉紀と照人は、向かい合わせになるように座る。
「ふう。温かいなー。学校は慣れたか?」
「うん。最初は女子校って雰囲気に慣れなかったけど、何人か友だちもできたんだー」
「そっか。よかったな」
照人はお茶をすすった。
「うわ、あっちー!」
「ちょっと大丈夫? ほら、蜜柑食べて」
火傷しそうになった照人に、玉紀は剥いた蜜柑を渡した。
「おう、サンキューな。……玉紀ってさ、意外と面倒見良いよなー」
「意外とって何よ? 失礼なんだけど」
「そうか? まあ、いい奥さんになれるよ」
「奥さんか……。奥さんなんて……結婚なんてできないよ、きっと……」
照人はそう言ってからしまったと思った。
「男なんて嫌い、なんだよな。……そうだよな。俺でもきっと無理なんだよな……」
なんだか気まずい空気が流れた。分かってはいたけど、やっぱり無理なのだろうか。
「照人はさ、私にとっては世話焼きなお兄ちゃんみたいで嫌いじゃないよ。だけどね私、これからもし誰かを好きになったとしても、受け入れられる自信がないんだよね……」
「まあ、そうだよな……」
あんなことがあれば、受け入れたくても受け入れることなんて簡単にできないだろう。もしお互いに好きになれたとしても、触れ合うことができない関係ならお互い辛いだけかもしれない。女を傷つけるような男はごく一部だと否定したいが、今の玉紀から見たら、男という生き物全てが悪者に見えるのだろう。
「玉紀、俺……同情とかじゃ全然なくてさ、玉紀のこと、好きなんだ」
「照人……嬉しいけど私、好きになってもらう資格ないよ。好きになってもらっても辛い思いさせるよ、きっと……」
「確かに、俺には玉紀の辛さを代わってはやれない。だけど俺、玉紀の側に居たいんだ。玉紀の痛みが癒えるまで、ずっと側で見守りたいんだよ!」
「ダメだよ、照人! 好きになっても手も握れないし、キスもその先もできないかもしれないんだよ?」
「そうしないと好きでいちゃダメか?」
「男だったら触れたいでしょ? いつかは子どもだって欲しいでしょ? 私じゃない子の方がいいよ!」
玉紀は感情が高ぶり、涙が溢れ出した。
「玉紀……。俺の手、触れてみて」
玉紀は驚いてこちらを見た。
「……無理だよ」
「俺は玉紀に許可なく触れたりしないから」
玉紀は恐る恐る照人の手の上に、自分の手を重ねた。温かい照人の温もりが伝わってくる。
「ほら、大丈夫だろ? 俺は玉紀の味方だよ。傷つけたりしないから。俺から玉紀には絶対触れないって誓うから。だから……怖がらないで」
「照人……」
玉紀の手に触れられた。たったこれだけだったが一歩前進したと照人は思った。二人のことが気になり部屋の外にいた玉紀の母は、その様子を聞いて目に涙を浮かべていた。
照人は玉紀と時間が合う時には会いに行き、他の日は家や図書館で勉強した。玉紀にはなんとか手を握ることはできたけど、慎重に時間をかけて受け入れてもらえるように待つしかない。俺が他の男とは違う、玉紀を傷付けない男だと認めてもらえるように。
「照人ー。ねえ、何考えてるの?」
「え? なんかいいなーてさ、こういうの」
「こういうの?」
「学校帰りにさ、手繋いで帰ったりするの」
「もう。そんなこと言うと繋がないから!」
玉紀は恥ずかしくなり手を振り解こうとした。
「ヤダねー、離さないよ」
「なんでよ!」
「やっと捕まえたし、側にいないと守れないだろ」
真っ赤に染まる夕日のせいか、玉紀の顔も赤くなって見えた。




