失恋
一雨ごとに気温が下がり、木々が色付き始めている。翔太は休み時間に一人で机に座っていた。最近学校が楽しくない。照人は翔太が話しかけてもなんだか上の空で、話を聞いていないようだった。玉紀という子が転校してから、照人は図書館に行って勉強しているようで忙しそうだった。詳しい話は聞かせてくれなかったが何か目標を見つけたようだ。
「今日も図書館で勉強?」
「ああ。俺、頭悪いから今からやっとかないとなー」
「そうなんだ。僕は今日は塾なんだ。わからないことがあれば僕も協力するから、遠慮なく言ってね」
「ありがとう。助かるよ」
「じゃあ、また明日ね」
「うん、じゃあな」
翔太と照人は廊下で分かれて、お互いに反対方向に進んで行った。翔太は校門を出て塾へと向かう。成績は学年でもトップクラスで、将来への選択肢は多かった。海外転勤している父からは、一度日本以外の国で学ぶことも進められていた。確かに憧れはあった。この狭苦しい日本にいたら、僕は愛する人と仲良く暮らして行くこともできないだろう。家族に自分がゲイであることは未だ話せずにいた。みんなは僕が女性と結婚して家庭を持つ未来しか信じていないだろう。
何故同性を好きになることがいけないんだろうか。人を好きになることに異性愛者と何が違うのか。周りと違う自分がいけないのか、合わせようとすればするほど、自分がいなくなりそうで苦しかった。こんな自分を周りに知られたら、もっと虐められたり仲間外れにされ、家族にも迷惑がかかると思うと打ち明けることができずにいた。
照人へ初めて自分の思いを告げた時、心の重りが少し軽くなったような気がした。しかし今は、同じクラスで見かける彼の姿、彼を応援したい気持ちとそれだけでいられない心の葛藤があって、翔太は彼への思いがまだ吹っ切れそうになかった。こうして彼と共に居られるのもあとどのくらいだろう。それぞれに進む道、刻々と進んでいくこの時間の中でどうしたらいいのかと、翔太は考え事をしながら、塾へと続く道を歩いていた。
学校と家の中間くらいにある市民図書館の窓際の席で、照人は参考書を開いて黙々と勉強していた。成績は中間か少し下くらいで、これから目標とするところにはあと少し学力が足りなかった。
「もうだいぶ秋らしくなって来たなー」
窓の外の木々は緑一色から、黄色や赤茶色などが増え季節の変わり目を感じる。夏休みの宿題は翔太に手伝ってもらったが、これからは自分で必要な知識を身につけていかなければならない。陸上を辞めてから目標を見失っていたが、翔太や玉紀と出会って新たな目標を見つけた。
最初は翔太という少年に惹かれ、彼も自分のことを好いてくれていることがわかって嬉しかった。そして、玉紀というボーイッシュな女子が現れ、気持ちが揺れた。カッコよさと可愛さと、二人とも魅力的な人だった。
それからあの事件があって、いてもたってもいられない自分がいた。玉紀のことが頭から離れなくなった。そんな時でもいつも側にいて笑ってくれる翔太。彼と穏やかに付き合えたらとも考えた。だけど今は……。
塾が終わった後、メールに気付いた翔太は近くの公園に向かった。すっかり暗くなり、電灯と月だけが闇を照らしている。小高い丘のベンチのところに照人が座って待っていた。
「照人君、遅くなってごめん」
「あ、翔太。こっちこそ、こんな時間に呼び出してごめんな」
翔太は照人の横に腰を掛けた。しばしの沈黙の後、照人が話し出した。
「なんか最近ゆっくり話せなくてごめんな。いろいろ考えててさ」
「うん……」
「俺さ、翔太に会う前から実は、翔太のこと知ってたんだ」
「えっ?」
「入学式の時に見かけてさ、綺麗な少年だなって思った」
「そうだったんだ」
「うん」
翔太は少し驚いているようだった。
「だけどその時はそれだけで、こんな風に翔太が俺のこと、好きになってくれるとは思わなかった」
「……」
「翔太はさ、俺のどこが好きになったの?」
「僕は……照人君が守ってくれて側にいると安心するなって感じてから、いつの間にか好きになってたよ」
「そっか……」
「初めてだったよ。俺を好きだって言ってくれた人は」
「僕も……好きになった人は前にもいたけど、初めて気持ちを伝えられたよ」
「翔太……あのさ」
「うん。わかってる。僕より好きな人がいるんでしょ?」
「……ああ」
「なんで? やっぱり女の子じゃなきゃダメなの??」
「そうじゃないよ。そうじゃないと思う……」
「僕、照人君のためなら、女の子の格好だってしてもいいよ」
「翔太……」
翔太は身を乗り出して照人にキスをした。
「僕じゃ、ダメ?」
翔太は瞳を潤ませながら、照人の顔を覗いた。
「ごめん、翔太……」
照人は気まずくなり、目を逸らした。
「……!」
翔太は照人の様子を見て悟ったように、走り去った。
「おい、翔太!」
照人は立ち上がって叫んだが、彼はそのまま振り返らず走って行った。
「ああ! くそっ!」
照人は頭を抱え、そのまましばらくベンチに蹲っていた。
翔太は家に帰り、部屋に閉じこもって泣いた。あんなこと言うつもりじゃなかったのに、なんであんなこと言っちゃったんだろう。彼を近くで見つめていると、彼への思いでいっぱいになってしまい、自分の意思ではない本能的な感覚に突き動かされてしまった。わかってたんだ。わかってたのに……。
彼はいつも僕の突発的な行動を受け止めてくれて、はぐらかさずに正直な気持ちを聞かせてくれた。女だからとか男だからとか、彼は気にせずに僕を一人の人間として興味を持ってくれた。今、彼の心には別の人がいる。わかっていたけど、やっぱり寂しかった。僕は女性より嫉妬深くて女々しい奴だなと思った。女の姿になれば彼の心を奪えるのかもと考えたが浅はかだった。きっと彼にとってその人は、誰にも代え難い特別な人なんだろう。
人生で初めて好きな人に好きだと伝え、振られた本気の恋だった。いつも伝えずに終わった恋よりなんだかすっきりしている。例え実らなかったとしても、勇気を出して伝えられたことで、一歩前に進めた気がする。
「頑張ったな、翔太!」
翔太は自分で自分を励ますようにそう言って泣きじゃくった。自分のことより相手の幸せを願えるようになりたい。そしていつか誰かに好きだと言われたい。照人よりも背が高くてカッコイイ、イケメンな彼氏をゲットしてやる! 翔太はそう心に決めたのだった。




