初恋
陽射しが強く、ジリジリとした暑さが続く七月。青と白のコントラストを描く空、夏の始まり。そして、夏と言えば海とプールだ。
ピー!!
「おい、そこー! 飛び込み禁止だぞ!」
キャッキャと水を掛け合ったり泳いだりと、はしゃぐ水着姿の学生たち。歓声と水しぶきの音、注意する先生の笛の音などが響き渡る。今年も猛暑が続くようで熱中症の危険性からプール授業を中止している学校も多いらしい。
「あー、もう! プールの授業なんてなくなればいいのに」
「ねえ、玉紀。玉紀ってもしかして泳げないの?」
「そういう訳じゃないんだけど……」
半袖とハーフパンツ姿でプールサイドに体育座りをして見学している女子学生らがいる。ショートカットでボーイッシュな三浦玉紀は、いつも適当な理由を付けてプール授業を休んでいた。女子生徒というだけで着る物が限定され、スカートでさえ苦痛なのに体のラインが出る水着なんて着れるはずがない。パンツ一枚だけで泳ぎ回れる男子が羨ましかった。
「あーあ、男子だったらよかったな……」
「えっ? なんか言った?」
「いや、なんでもないって」
「ねえ、玉紀ってさ、どういうタイプが好きなの?」
「どういうタイプ、ねー……」
プールではしゃぐ学生たちを見る。胸が大きな女子学生、それを見て噂する男子学生たち。
「私はねー、やっぱり運動が得意でイケメンな男子かなー。あっ、あの子とか格好良くない?」
目を輝かせながら男子学生に視線を送る女子。視線の先にはサッカー部で人気の男子学生。その隣には日に焼けた照人がいて、玉紀は照人の方を見つめていた。
照人はプールに浸かりながら翔太の方を見ていた。細身だがバランス取れた体つきで、競パン姿もよく似合っている。翔太は一人で泳ぎの練習をしていた。そして水面に目を瞑ったままの状態で照人の方まで泳いでくる。
「あっ、照人君! ごめん!」
照人のところまで懸命に泳いできてぶつかり、顔を上げた翔太が、濡れた子犬のようで照人は可愛く思えた。
「お前、目瞑ってたら普通ぶつかるだろ」
「だって、水が目に入るの怖いんだもん」
「ほら、ゴーグル付けたら少しはマシだろ」
「あ、ホントだ。ありがと、照人君。照人君って優しいね」
「い、いや、お前がいつも鈍臭いからだろ」
照人は翔太に褒められて顔を真っ赤にした。
それから照人は、翔太のことを考えていることが多くなった。翔太が笑っていると自分も嬉しくなり、翔太が不安そうな顔をしていると助けたくなる。他の人と翔太がいると、何故かイラつくし、翔太が自分に近づくと心臓がドキドキしてその場から逃げ出したくなる。今まで感じたことのない感情だった。
「それって、恋ってヤツじゃないかしらね、お兄ちゃん」
「うわっ! ノックしろよ、茜!」
いつの間にか部屋の入り口に、二つ下の妹の茜が立っていた。
「なんで分かるんだよ!」
「だって、さっきからニヤニヤ変な顔したり、世界のどん底みたいな暗い顔したりしてたじゃない。それにいくら呼んでも返事ないし」
「お前、恋したことあるのか?」
「あるよ。少女マンガからボーイズラブまで、胸ドキ、キュンキュン、何回も」
胸を張り、ドヤ顔をする茜。
「お前、それ、二次元だけだろ」
「お兄ちゃん、愛にはね、国も人種も、身分も、そして年齢や性別さえも関係ないのよ。その人が好き、ただそれだけ。私はどんな恋でも応援するわ、お兄ちゃん」
手を握り、茜は照人を真剣な表情で見つめた。
「と、とにかくだな、このことは父さんと母さんには内緒だぞ!」
「わかってるわ、お兄ちゃん。秘めた恋こそ素晴らしいものね」
「それより、何か用事あったのか?」
「あっ、そうだ。お母さんが買い物お願いしたいんだって」
夕飯の買い出しを頼まれた照人は、薄暗い帰り道を歩いていると、コンクリートの塀が動くように見えた。目を擦り良く見てみると、コンクリートに同化するようなグレーの猫だった。野良猫にしては流れるような綺麗な毛並みで、エメラルドグリーンの瞳が宝石のようだった。この辺ではあまり見かけないなと思いながら、通り過ぎる車と自転車に気をとられた時、その猫はどこかに消えてしまった。




