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ナナイロノミチ  作者: 涼音 星夜
男と女
19/29

古傷

 今日は塾が休みだったので、翔太はまっすぐに帰宅しようと思いながら学校帰りの道を歩いていた。いつもの帰り道、肩をポンと叩かれて振り向くと、近所に住む三十代くらいの奥さんの凛子がいた。

「あら翔太君、今帰り?」

「こんにちわ。はい、今日は塾が休みだったので」

「ちょっとお茶していかない? クッキー焼いてみたんだけど、誰かに試食してもらいたくて」

「……はい。僕でいいなら」

「やったー! それじゃあ、行こっか」


 家に招かれた翔太は、居間の食卓テーブルのところの椅子に座って待っていた。凛子は、翔太が小さい頃からよく遊んでくれた人で、お兄ちゃんの友だちである男性と付き合っていて数年前に結婚した。翔太はお兄ちゃんが友だちとゲームしている時、一緒にいた凛子と仲良くなった。お茶やお菓子に興味を持ったのも凛子の影響だった。

「さあ、お茶入ったわよ。どうぞ」

「あ、ありがとう」

花柄の高そうなティーカップに注がれた紅茶は、華やかな香りと心安らぐ柔らかな味わいで、心まで沁み渡った。

「どう? 翔太君の好きなハーブティーよ」

「はい。良い香りで落ち着きます」

「クッキーもよかったらどうぞ」

「はい、いただきます」

花柄の愛らしい手作りクッキーは、見た目も味もバランスが良く、翔太好みの食感だった。

「やっぱり、凛子さんのクッキーは美味しいなあ」

「ホント? 久しぶりに作ったんだけど、良かったー」

「隆さんは元気ですか?」

凛子の旦那の隆は、翔太の兄より三つ上で、確か二十代後半くらいだったと思う。仕事はゲーム会社の会社員だと聞いていた。

「んー、いつも残業ばかりでさ、ほとんど家にいないの。お休みの日もゴロゴロしてばかりだしねー」

「お仕事大変みたいですね」

「まあ、本人はゲーム好きだからいいんだろうけど、私に全然構ってくれないんだから」

凛子はちょっぴり顔を膨らませ、不満そうな様子だった。

「翔太君は学校どう? 楽しい?」

「そうですね……毎日学校と塾行っての繰り返しですよ」

「そっか。恋愛は? 翔太君は好きな子とかいないの?」

「いえ、特には……」

凛子には自分の事情は話していない。特に言う必要もないと思って翔太ははぐらかした。

「ふーん、そうなんだー」

凛子は紅茶に砂糖を入れてかき混ぜて、スプーンを舐めた。

「じゃあ女の子と付き合ったことないの?」

「まあ……」

こういう話は聞かれるのも話すのも苦手だ。誰にでも簡単に話せるものでもない。凛子は厚手のカーデガンに胸の開いたシャツで、前屈みになると胸の谷間が覗いた。翔太は目のやり場に困って目を逸らした。凛子はおもむろに立ち上がり、翔太の後ろに回って胸を押し付けるような格好で抱きしめてきた。

「翔太君、大っきくなったねー。ねえ、お姉さんがいいこと教えてあげようか?」

背中越しに胸の弾力を感じ、耳元で囁かれた。

翔太はドキドキしたが性的な欲求というより襲われる恐怖心の方が強かった。

「あの、大丈夫です。やめてください」

「翔太君、昔みたいにさ、お姉さんと遊ぼうよ」

凛子の手が翔太の太股を撫でた。翔太はザワッと毛が逆立ち、もうその場にいることが限界だった。

「す、すみません! 僕、帰ります!」

「翔太君、ちょっと!」

翔太は荷物を持って飛び出した。そのままダッシュで家に帰り、部屋に飛び込んだ。

「はあ、はあ、はあ……」

動悸が収まらない。怖い。結婚したからと油断したが、あの人はやっぱり変わっていなかった。


 昔、凛子と二人で遊んでいた時に、幼い翔太は凛子に体を触られたことがあった。何が起こっているのか分からずにいた翔太は、蛇に纏わりつかれたような気持ち悪い感じがした。その時の凛子の顔を思い出すと、今でも気分が悪くなる。ただ彼女の作った紅茶とお菓子だけはいつも美味しかったので、もう一度食べてみたいという思いと、結婚して旦那もいるから平気だろうと近づいたのが間違いだった。人は簡単には変わらないものだと翔太は改めて実感した。


 それ以来、翔太は女性と二人になることを避けてきた。女子から何度か告白されたこともあったが、翔太にとっては友だち以上には思えなかった。女性全員が悪い人じゃないと頭ではわかっているつもりなのだが、心が拒否してしまうのだ。女性にももちろん性欲があって男性に抱かれたい欲求はあると思うが、そういう関係を求められても困る。普段は明るい性格の子でも本人のいないところで悪口を言うような二面性のある女性や、感情の起伏が激しくワガママな女性をよく見てきたせいか、女性に対しての不信感がより強く残っていた。そんな時、照人のように裏表なく思いやりがあって頼れる男子が現れると、いつの間にか友だち以上に心が惹かれてしまっている自分がいることに気付いた。

 僕は何故、凛子さんと出会ってしまったのだろう。あの人がいなかったら僕は普通に、女の子を好きになれたかもしれないと何度もそう思った。しかし、過去は変えられず、あの人も変わらないままだ。これから先ずっと、異性愛者の男性に決して実らない恋をし続け、ずっと一人で人生を過ごすのかと思うと、翔太は孤独で寂しくなった。

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