家族
夕飯の支度が出来て、照人の父も帰ってきたところだった。父はいつも帰りが遅く、家族揃っての夕食は久しぶりだった。
「いただきまーす」
夕食が始まり、皆それぞれ好きな物に箸を伸ばし黙々と食べ始める。
「お父さん、今日は早かったんだねー」
茜が父に声をかける。
「やっと仕事がひと段落着いてな。たまには家族で飯を食いたいからさ、早めに切り上げてきたよ」
「お父さん、たまにはちゃんと休まないと。体、壊しちゃうわよ」
「そうだなー」
「そうよ。年なんだから無理しないでね」
「おいおい。年寄り扱いするなよ」
家族の笑い声が響く。
「どうしたんだ照人、お腹でも痛いのか?」
「いや、別に……。ねえ、父さんはなんで母さんと結婚したの?」
唐突な質問に父と母は食事を喉に詰まらせた。
「なんで、急にそんなこと聞くんだ?」
「えー、私も聞きたいー」
茜も面白そうに話しに乗っかってきた。
「そりゃー、こんな美人だったら誰も放っておく訳ないじゃない、ねー」
母は自慢気な態度で父の方を見た。父は照れ隠しなのか黙々と味噌汁を飲んでいる。
「じゃあ、お父さんから告白したの?」
「まあ、そういうことになるかしらねー」
「へー」
茜と母の女子バナトークが続く。
「けど、好きになったのは私が先かもね。お父さん、カッコ良かったんだから」
「お父さん、イケメンだったってこと?」
「んー、最初は大学のサークルの歓迎会で知り合って、顔はまあ普通かなって感じで特に意識してなかったんだけどね。お母さんが隣に座ってた男子に絡まれた時、お父さんが助けてくれてねー」
「へー、初めて聞いた」
「それから二人で話したり遊ぶようになって、仲良くなったって感じかしら」
「へー、それじゃ大学生の時に出会って結婚したの?」
「ううん、大学卒業した時に別れちゃったの。それから社会人になってお互い別々の人と付き合ったり結婚もそろそろと考えてたんだけど、なんか二人共同じタイミングで失恋しちゃって。一緒に飲んで忘れようって話してたら、いつの間にか見つめ合ってて……」
「えー、運命の再会ってやつ?」
「今思えばそうなのかもね。最終的にはやっぱりこの人とって思ったのかな」
「お父さんも? プロポーズはなんて言ったの?」
「お前ら! もういいだろ」
父は恥ずかしさが限界にきたようだ。
「えー、教えて、お父さん」
「いつもよく二人でデートしてた場所があるんだけど、そこでね、言われたのよ。『お前は俺がずっと守るから結婚してくれ』って」
「キャー! カッコイイ、お父さん」
「と、当然だろ!」
「でも、お父さんは、お母さんのどこが良かったの?」
家族みんなの視線が父に集まる。
「どこがって……なんとなくだ……」
「なんとなく? なにそれー」
みんな、ガッカリした表情になった。
「なんとなく気になって、側にいたら楽しくて、ずっと一緒にいたいと思っただけだ」
「やだーお父さん! お母さんのこと大好きなんじゃない」
さすがに母も照れている。
「ご馳走さま! 風呂、入るぞ!」
父は赤面して席を立ち、風呂場へ向かった。
「お父さん、照れてるー。 イイなー、私もそんな人と出会いたいなー」
初めて聞いた父と母との出会い。この広い世界の中で誰かと出会い、付き合い、結婚し、家族になって子どもを産み育てることは、本当は奇跡的なことかもしれないと思った。
照人は部屋に戻り、人との出会いについて考えていた。高校に入り、翔太や玉紀と出会った。それぞれに悩みがあり、恋人が欲しいと思う思春期の高校生。好きになる対象は違っても人を好きになる気持ちは変わらない。その思いを伝えるか伝えないか、また伝え方も人それぞれだ。最近ではメールなどで告白したり、ネットで知り合った人と付き合ったりすることもあるらしい。
母はよく『まずは自分のことを愛しなさい』と言う。自分が満たされていないのに相手を満たすことはできないと。俺は自分のことが好きかと言えば自信がない。自分に足りないところばかりに目がいってしまう。だからこんな俺を好きになる人なんていない、と卑屈に考えてしまうのだ。
しかし、翔太や玉紀はこんな俺を好きになってくれた。俺はそんなにカッコ良い奴じゃないけど、こんな俺を好きになってくれた人だけは守りたいと思う。力が欲しい。みんなを守れる力が。そして愛で自分を満たして、みんなが笑って暮らせるように幸せの連鎖ができればと思う。父さんや母さん、妹の茜、翔太や玉紀。俺はみんなに出会えて良かった。
「俺はもっともっと強くなる……」
父さんのように仕事して、母さんのように家族を守り、愛せるように。
人は誰しも完璧な人間なんていないから、できないことだってある。だからこそ支え合いが必要だし、一人じゃ生きていけないのだ。玉紀もきっと今頃、新しい学校で頑張っているんだろうな。トラウマを克服するのは簡単じゃない。自分の弱さと向き合い戦うことは、一人じゃ難しいだろう。だけど玉紀ならきっとできる。周りにたくさん支えてくれる人がいるし、玉紀なら乗り越えられると俺は信じている。そして俺は、弱い立場の人たちがこれ以上傷付かないように守ってやれる仕事がしたい。そのための強さと、知識や技術を身に付けなければ……。