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ナナイロノミチ  作者: 涼音 星夜
男と女
16/29

笑顔

それからも学校帰りに玉紀の家に行くのが照人の日課になった。ゲームや漫画、動物の話などなんでもないことを話したり、何も話さないままお互いに別のことをして過ごしてみたり、とにかく玉紀の気を紛らわせつつ、一人にしないようにした。


「照人君、いつもありがとね」

「いえ、僕が勝手に来たくて来ているだけなので……」

「まだ時間はかかると思うけど、よろしくね」

「はい」

照人にとって玉紀と過ごせる時間は楽しかった。会話を交わさなくても、笑わなくても、側に居られるだけで十分嬉しかった。本当に生きていてくれるだけでそれだけでよかった。


 初めは無表情だった玉紀が少しづつ、自分から話しかけてくれるようになった。

「ねえ、これ見て。超可愛くない?」

「どれ? お、ホントだ。可愛いなー」

玉紀は照人に動物の動画を見せてきた。動物か。動物園にでも行って動物たちと触れ合えたら少しは玉紀の気分も紛れるだろうか……。けど、まだ外出するのは難しいかもしれない。

照人は玉紀の母に相談してみた。

「動物園? そうねえー……。じゃあ今度、お父さんに相談してみるわ」

「はい。ありがとうございます!」

玉紀にはまだ人が多いところは無理かもしれない。平日の人が少ない時間なら、と思い、無理を承知で照人は頼んでみた。


 次の週の日中、玉紀の父の運転で、玉紀と玉紀の母、そして照人は、少し離れた動物園へと向かった。不安はあるが玉紀に外の空気を吸って欲しかったので聞いてみたところ、家族と一緒に付いてきてくれるならと了解してくれた。玉紀の父もレンタカーを借り、溜まっていた有給休暇を使って快く協力してくれた。

「よーし、もうすぐ着くぞ」

玉紀の父は久しぶりの家族旅行だと張り切っている。本当なら自分は遠慮したほうがいいのだが、玉紀に懇願されて同行することになった。こうなったら荷物持ちでも写真係でも、玉紀が笑ってくれるなら何でもしようと照人は考えていた。


 駐車場に車を停め、動物園の入り口へと向かう。入場券を買って中に入って行くと、家族連れやカップル、保育園の団体などが何組かいた。玉紀の様子をみると、今のところは落ち着いているようだった。動物園の地図がある。小動物のエリア、鳥小屋、大型動物のいるサファリパーク、海の生き物がいる水族館などがあった。

「ひとまずぐるっと、一周してみようか」

「そうね。疲れたらこの真ん中のピクニックエリアでご飯にしましょ」

玉紀の父の提案で、反時計周りのルートに進むことにした。


「ウキキッー!」 

 まずは子猿からボス猿までいろんな猿がいるエリアに来た。ボス猿が山の頂上を陣取り、吊り橋を渡る猿、池で食べ物を洗う猿、寝そべって寛いでいる猿、生まれたての子猿を抱いている母猿などがいる。暑さもひと段落したせいかそれぞれ好き勝手に動き回っている。

「あら、可愛いわねー。親子かしら。ほら、あっちにはお父さんみたいな格好のお猿さんもいるわよ」

「お、おい!」

玉紀の母が寝そべってぐうたらしている猿を指差し、玉紀の父は反論していた。

「ふふっ」

玉紀が少し笑った。

「ね、似てるわよね?」

「似てないだろ! よし、次行くぞ!」

玉紀の表情が少し明るくなって嬉しかったのか、からかわれたせいか玉紀の父は皆を急かしてズンズンと進んだ。


 小動物のエリアに到着すると、うさぎやモルモット、リスなどに分かれていて、餌やり体験などもできるようだった。

「餌やりかー。どう、やってみる?」

「……うん」

照人は玉紀を誘って一緒に体験してみることにした。

 飼育員に細い草を貰い、まずはうさぎ小屋に向かった。網の隙間に草を入れると、うさぎたちが近寄ってきて鼻をヒクヒクさせながら草を食べ始めた。

「可愛いー」

「おい、まだあるってば!」

照人が差し出した草にうさぎたちが群がった。その様子を見て玉紀がクスクス笑う。 


 次はリスの小屋に入ってドングリや胡桃、向日葵の種などを手に持って待機した。すると、巣箱の中から細長い橋を伝って出て来た。玉紀の手の平まで来たリスは、餌を頬張り人懐っこい表情を見せた。

「ねえ見て、照人! モグモグしてるー」

「うん。可愛いいね」

少しづつ玉紀の顔に笑顔が戻ってきた。その様子を照人は持っていたカメラに収めた。


 ちょうど半分くらい進んだところで青空が広がる場所に出た。保育園児たちや家族連れなどがレジャーシートを広げてお弁当を食べている。

「それじゃあ我々も、ちょっと休憩しようか」

「そうね」

玉紀の父はキョロキョロと周りを見て、人が少ない見晴らしの良いところでレジャーシートを準備した。

「ちょっとトイレに行ってくるよ」

玉紀の父は、そう言うと小走りで向かった。

玉紀の母はお弁当と水筒を準備している。

「さあ、いっぱい作ってきたから、残さずにたくさん食べてね」

「うわー、めっちゃ美味しそうだなー。いただきまーす」

「いただきます……」

照人と玉紀、玉紀の母はそれぞれ、好きなおかずやおにぎりに手を伸ばした。

「おっ、うめー! 玉紀、いっつもこんな美味しい料理食べてるんだー。羨ましいな」

「ホント? お口にあって良かったわ」

「そうだよ。お母さんの玉子焼き、めっちゃ美味しいから、食べてみて?」

玉紀は玉子焼きを箸で摘み、照人の口に放りこんだ。

「……うん、美味い!」

「でしょ?」

「……おい、俺にもくれよ」

玉紀と照人の仲良さそうなところを玉紀の母が微笑ましく見ていると、玉紀の父が戻ってきた。玉紀の父の登場に照人は一瞬凍りつき、玉子焼きを詰まらせた。

「ゲホッ、ゲホ」

「あら、大丈夫? これ飲んで」

玉紀の母から水筒に入っていた麦茶を貰い、玉紀は照人へと渡して背中を(さす)った。


 休憩後、キリンやライオン、カバなどがいるところで記念撮影し、イルカやアシカのショーを見てから水族館に行くことになった。


「水族館なんて久しぶりだなー」

「玉紀が小学生くらいの頃、連れてきて以来かもね」

玉紀の父と母が仲良く並んで歩き、照人と玉紀はその後をついて行く。

「俺も妹を中学の時に連れてきて以来だな。……玉紀? 大丈夫?」

玉紀が少し寒いのか震えているように見えた。

「……大丈夫」

 大きな水槽があちこちにあり、闇の中には色鮮やかな魚たちが光っている。玉紀の父と母は子どもたちそっちのけで、魚に夢中になっていた。照人は玉紀の様子を見ながらも回遊する魚に目を奪われていた。

「スゲー、綺麗だなー。南の綺麗な海に行ったら、もっといっぱい泳いでるんだろうな」

「そう……だね」

キラキラ光る見たことないカラフルな魚たち。照人はいつか広い海を玉紀と二人で泳いでみたいと思った。しばらく照人が魚に夢中になっていると、暗がりの中で体の大きな人が玉紀の横にやってきた。

「おい、あれ見てみろよ。スゲーな」

魚に夢中だった大柄の男性が、玉紀に気付かずにぶつかった。

「……痛い…イヤー!!……助けて」

玉紀が急にパニックになった。

「……玉紀! おい、しっかりしろ玉紀!」

(うずくま)った玉紀に呼びかける照人の声に振り返り、玉紀の父と母が駆けつけてきた。

「おい玉紀、大丈夫か? とりあえず、外に出よう」


 管内のスタッフに事情を説明し、震える玉紀を抱えながら非常口から外に出た。玉紀の母が支え、ベンチに腰を下ろして落ち着かせ、照人は飲み物を買いに走った。照人は玉紀の父に水を渡して、薬と一緒に玉紀へ飲ませた。

「もう落ち着いたか? ちょっと疲れちゃったんだよな。よし、そろそろ帰ろうか」

「そうね……」

玉紀の様子を見ながら車に戻り、自宅へと向かった。車の中で玉紀は眠り、皆沈黙したままのドライブになった。照人は玉紀を守ってやれなかった自分を悔んでいた。

「……僕がついていたのに。すみませんでした」

「いや、君のせいじゃないよ。僕らこそ離れてしまって悪かったね」

「そうよ、あなたのせいじゃないわ。あなたがここへ連れて来たいと言ってくれたおかげで玉紀が笑ってくれたんだし、私たちも久しぶりに家族みんなで過ごすことができて楽しかったもの」

玉紀の父と母はニッコリと笑った。

「しかし、暗い場所や男性は、まだ無理なんだろうな……」

「そうねー。お兄ちゃんでもいて付いていてくれたらまた違ったのかもしれないけどね。照人君、ご兄弟は?」

「はい。二個下に妹がいます」

「そうなの。照人君は面倒見が良さそうだものね。玉紀が照人君は平気なのも分かる気がするわ」

玉紀の母はそう言って後ろの席で眠っている玉紀を見た。

「あの子は昔から父である私にさえもどこか壁があるような感じだったからね。照人君、これに懲りずにまた遊んでやってくれな」

「はい。僕でよければいつでも。玉紀さんが笑ってくれるなら何でもします」

「照人君……」

玉紀の母は涙が溢れた。

「ありがとう」

玉紀の父も涙を滲ませながら、ハンドルを握って微笑んでいた。

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