翔太の告白
蝉の声から鈴虫の音に変わってきた夏の終わり、溜まった宿題もそろそろ片付けないとと追い込みをかけていた照人は、汗をかきながら宿題の山と格闘していた。
「んー、どうしてもここわかんねーなー。どうしたらいいんだー」
照人は頭を掻きむしってイライラしていたが、答えらしき物が全く浮かばなかった。
「もう、斯くなる上は……」
ピンポーン。
照人は『田口』と表札の書かれたマンションの一室のインターホンを鳴らした。
「はい、どうぞー」
インターホン越しに若い少年の声が聞こえ、しばらくしてからドアが開いた。
「おう、翔太。急にごめんなー」
「いらっしゃい、照人君。どうぞ、上がって」
「お邪魔しまーす」
翔太は照人を招き入れ、部屋へと案内した。
「ちょうど今日はみんな出掛けてていないんだ。僕も特に用事なかったし。ここ座って」
「おう、サンキュー」
「ちょっと待ってて、飲み物持ってくるから」
翔太はそう言うとキッチンの方へ向かった。
いつもは外でしか会ったことのない照人は、翔太の部屋は初めてだった。部屋を見回してみると、若手男性アイドルグループのポスターや犬のぬいぐるみが置いてある以外は自分の部屋と同じような感じだった。本棚には少年少女系の漫画や料理の本などが並んでいた。
「お待たせー。これ、昨日作ったクッキーだけど、もしよかったらどうぞ」
「えっ? 翔太が作ったのか、これ?」
星型や動物型やハートなど、いろんな形に型取られた手作りクッキー。一つ頂いてみると、程よい甘みとサクサク感で、お店に出してもおかしくない出来栄えだった。
「すげー! うめーな、これ」
「そう? よかったー。お菓子作るの好きなんだ。いっぱい作れたから、お母さんもご近所のお友だちにあげるって持ってちゃってさ」
「そっかー。あ、翔太は夏休みの宿題、もう終わったのか?」
「うん。だいたい昨日で片付いたとこだよ」
「あのさ、ちょっとここだけどうしてもわかんなくてさ、解き方教えてくんないかな?」
「うん、いいよ。えっと……あっ、ここね。僕も塾の先生に聞いたんだけどね……」
「ふんふん、なるほど……」
クラスでも成績が良く、塾に通っている翔太なら分かるかなと思って連絡して正解だった。分かりやすく丁寧に解説して教えてくれる。翔太は本当にいい奴だな。そう思って翔太の横顔を見ると、真剣な表情で、そして自分に向き合う時は笑顔で答えてくれた。弟みたいに頼りなく感じていたが、今は先生と生徒のような感じで翔太が少し頼もしく見えた。
「……で、こうすると、ね? って、聞いてた?」
「ああ、うん。あー、こうするのか! 翔太って教え方上手いんだな。先生とか向いてるんじゃね?」
「えっ? そうかなー。難しい勉強もね、解き方が分かるようになったら面白くなるんだよ。その楽しさを、みんなにも伝えたいって思うことはあるけどね」
「そうなんだー。翔太はさ、将来なりたいものとか夢とかあるのか?」
「夢かー。そうだなー……」
ティーカップに淹れた紅茶をゆっくりと飲みながら、翔太は少し考えて答えた。
「紅茶やお菓子作りが好きだからカフェを開くか、塾か学校の先生とかも興味あるかな」
「なるほどなー。どっちも翔太に向いてそうだから、きっとなれるよ」
「照人君は? なりたいものとかあるの?」
「俺は……前までは陸上選手になりたかったけど、今は……まだ分からないや」
「そっかー。まだ高校生になったばっかりだしね。見つかるといいね、やりたいこと」
「うん。そうだなー」
照人は体制を崩して上を見上げ、これからの未来に思いを馳せた。翔太は照人の隣に座り、照人を見つめる。一瞬、照人の指と翔太の指が触れた。照人は不思議と離さなかったので、翔太は照人の唇に吸い込まれるように近づいた。唇が触れた翔太と照人は、ゆっくりと見つめ合った。
「翔太……?」
「照人君……。僕は……僕は、照人君のことが、好きなんだ!」
思い切って翔太は告白してしまった。今までの思いが溢れ、言わずにはいられなくなった。
「翔太……」
照人は突然のことで困惑している。
「君が、好きな人がいるのはわかってるんだ。キモいよね、僕。だけど、いつも君のことばかり考えちゃって、どうにもならなくて……。どうしたらいいんだろ……」
翔太の目から涙が溢れた。
「翔太……」
泣きじゃくる翔太を照人はギュッと頭を撫でながら抱きしめた。
「ごめんな翔太。そんなに俺のこと考えてくれていたんだな。ありがとな」
「照人君……!」
翔太はさらに泣きじゃくる。
「俺、翔太のこと好きだよ。素直で笑顔が可愛くて、弟や子犬みたいに可愛いなって思うよ。だけど俺、まだ迷ってて。翔太ももう一人の子も同じくらい気になる存在でさ。男だから嫌とかではないよ。翔太だからかもしれないけどさ」
「照人君……」
翔太は照人の言葉に驚きながら聞いていた。
「お前がキモいなら、お前に好かれて嫌だと思わない俺もキモい奴なのかもな。周りがどう思おうが関係ないよ。もし俺が翔太を選ばなかったとしてもさ、翔太は翔太のままで、好きになってくれる人がきっといるから」
「照人君……ありがと」
翔太は、その優しさに嬉しくて泣き出した。
「おいおい、やめろよ。泣かれるのは苦手なんだって」
「うん……」
「今日は、いろいろありがとな。また今度、遊びに行こうぜ」
「うん!」
やっと翔太の顔に笑顔が戻った。