恋心
「ただいまー」
家のドアを開ける。まだ誰も帰って来ていないようだ。翔太は部屋に戻り、バッグを置いてベッドに寝転がる。そして今日の事を思い返した。
夏休みに入ってから久しぶりに会った照人。日焼けしてて体も締まっててカッコ良かった。思いきって誘って恥ずかしかったが、僕にとっては充実した最高のデートだった。
翔太は片手を頭上に挙げて見つめる。この手で触れた照人の髪。寝息を立てて気持ち良さそうだった寝顔。ずっとそのままでいたかった。だけど、あの涙。どんな夢を見ていたんだろうか。確か『タマキ』と呟いてた。気になる奴って言ってた人のことだろうか。
「どんな人だろう……」
日が落ちて薄暗くなった頃、部活の練習が終わり家に着いた玉紀は、荷物を下ろしてベッドに倒れ込んだ。
「はあー、しんど……」
部活の練習の厳しさとこの暑さ。それと先輩や先生、男子生徒たちとの人間関係など体力気力を消耗するのがここのところ激しかった。
そういえばこの前、初めてここでアイツに触れたんだっけ。周りからはきっとそうは見えないだろうけど、お父さん以外の異性に自分から触れるのは初めてだった。
男なんか嫌い。男なんて女を性欲を満たす道具としか考えてないじゃない。そんな自分が男と付き合うなんて想像できなかったが、気になる人が現れた。キスなんてセックスなんて平気、そう思っていたが、目の前になるとやっぱり怖くなってしまった。
「お兄ちゃんとかいたら、違ったのかな……」
兄弟姉妹ってどんな感じなんだろう。そういえば照人には妹がいるらしい。今度遊びに行ってみようかな。きっとこんな性格の私だからお兄ちゃんがいたら、突っかかって喧嘩ばかりしそうだけど。
照人に惹かれたのは、そんな頼れるお兄ちゃんみたいなところを感じたからかもしれない。また、実際に話してみると、恋愛には疎くて女の子慣れしていないような意外な一面も可愛く思えた。照人ともっと良い関係を築きたい。照人もそう思ってくれているだろうか。誰かのことをこんな風にいろいろ考えたことなんて今までなかった。そんな自分に正直驚いている。彼のいろんな一面を見てみたい。ガラじゃないが、女の子っぽい格好をしてみたら、ドキッとしてくれるかな。
「さーて、宿題でもやりますかー」
玉紀は起き上がり机に向かって勉強し始めた。
すっかり暗くなった夕食後、翔太は自分の部屋で学習机に座り夏休みの宿題をしていた。しばらく勉強に集中していたが、ノートの空白の部分に、いつの間にか照人の寝顔を描いていた。
「可愛かったなー、フフッ」
思わず顔がニヤけてしまい、気がつくと照人のことばかり考えている。いつも好きになるのは男子ばかりで、女子とは友だち以上に考えたことはなかった。そんな自分はおかしいと自分でも感じてはいた。
そんな自分の心は女なのかというとそうは思わず、ただ女子に近い趣味や感覚を持った男なんだろうと考えていた。女の体になりたいとか女装したいとかはなくて、好きな男子がどうしても女子しか好きになれないなら、その人の前では女子の格好をしてもいいかなとは思ったりはした。でも本当は、今のありのままの自分を受け入れてくれる人が現れて欲しいと願っていた。
高校に入ってから照人と出会い、今のままの自分に微笑みかけてくれた時、この人なら僕を認めてくれるんじゃないかなって思った。今は友だちとして一緒に居られるようになったけど、彼はきっとノンケだから女の子の方がいいんだろう。僕じゃやっぱり、友だち以上にはなれないのかな……。
会いたい。苦しい。君の笑顔はいつも眩しくて僕には勿体無いくらいだ。そんな君から恋愛相談を持ちかけられるのは凄く辛かった。僕が君の好きな人ならどんなに嬉しいか。全てをあげたっていい。君の為なら、君が喜ぶなら、乱暴に扱われても構わない。そうやって考えてるうちに、翔太の目から静かに涙が溢れ出した。
僕はいつまで報われない恋をするのだろう。いつになったら幸せを感じられるのだろう。好きになっても無駄で、伝えることもできないこの苦しさ。大丈夫じゃないけど大丈夫と、せめて自分で自分を元気付けることしかできないのだ。翔太はベッドに倒れこみ、涙が枯れて眠りにつくまで枕を濡らしていた。