真夜中の安心
真夜中に、何となく目が覚めた。
隣を見ると、女が寝ていた。
眉の薄い、少し不機嫌そうな女だ。
その女には、見覚えがある。俺の妻だ。
でも、俺はまるで偶然居合わせた他人でも見るように、常夜灯の橙色の薄明りを通して、その女の寝顔をまじまじと見た。
何年連れ添っても、俺は俺の隣に、妻が寝ているという事が、意外に思えてならない。
どうして、この女は、俺の妻として、ここで寝ているのだろう。
「どうしたん。トイレ?」
妻がそう言って、薄目を開けて、こっちを見た。
「いや、ちょっと目が覚めた。」
「なんであたしの顔、見てたん?」
「お前が横に寝てるのに、いつまでも慣れないなぁ、と思って。」
「寝室を別にしたいって事?」
「いや、俺の隣にお前が寝てるのが不思議で仕方ないんよ。」
「何年夫婦やってるん?」
「何年だっけ?」
「ええと、十……、六年よ。」
「凄いな。」
「すごいよ。」
妻は浅黒い腕を枕の上に伸ばして目覚まし時計を手に取ると、莱姆色のバックライトで眠たそうな顔だけを照らされながら、「まだ四時やん。」と言って、布団に座った俺を見て、「寝り。」と言った。
そこで俺はまた横になった。
夫婦というのは、何処もこんなものなのだろうか。
それとも、俺の妻に対する感覚が、あまりにも家族としての情愛に欠けるのだろうか。
そもそも、妻を他人だとしか思えない俺の性格が、いけないのだろうか。
俺は妻の横顔をまたこっそりと盗み見たが、妻は早くも目を瞑って規則的にゆるやかな寝息を立てていた。
そこで俺も天井を仰いで目を瞑った。
目蓋の裏の真っ暗な世界でも、俺は横で寝ている妻の体を、まるでそこに居る事がおかしい赤の他人のような存在として感じている。
しかしともかく、夫から他人だと思われても気に掛けない女が妻なのは、先々心強い。
俺はひと安心して眠りについた。
完