第八話 魔術とは
殺されそうになっていた相手からの問いかけに思考が固まる。
だが、すぐに子竜が魔術について知りたがっている事を理解するエマ。
ただでさえ手に負えない怪物が魔術を理解し、手に入れる。
そんなことになれば悪夢でしかない。
「あ、貴方に答える事はないわ」
怪物が更に力をつけることを認めないというエマの最後の抵抗だった。
これで殺されるとエマは思っていた。
しかし
「そうか。
なら、仕方がないか」
「きゃっ!」
子竜の左足が上がり、エマの右肩を踏み押し、寝かされる。
踏み潰されるかと内心震えていたエマであったが、肩を踏む足は地面から起き上がる事は出来なくなる程度であった。
子竜が右手を翳す。
すると影が槍の形を成し、子竜の手に納まる。
そして、槍の穂先がエマに向けられるが、振り下ろされる事は無く、槍の穂先が変化し始める。
一の穂先が二へ、二の穂先が四へ、四の穂先が八へ、細い杭の様に穂先を増やしていく。
エマは何が起きているのか理解が追いつかず増えていく穂先をただ見つめる。
「これから貴様を穿っていく。
先ほどの問いかけ、答えたくなったら言うと良い」
「え?」
あまりの言葉にエマの理解が追いつかない。
だが子竜はお構い無しに穂先の一つをゆっくりと伸ばしていく。
その穂先はゆっくりとエマの右目に伸びていく。
ここでようやくエマは状況を理解した。
「う、嘘ですよね?
そんな拷問みたいな真似」
子竜は何も答えない。
「い、いや!!
やだ! やめてっ!!!
誰か助けて!!」
手足を必死にばたつかせ、子竜の足を叩くがびくともしない。
その時
「やめろっ!! 化け物!!」
盾ごと吹き飛ばされた男が全身血に塗れ満身創痍の姿で立ち上がり叫んでいた。
槍の穂先の動きが止まり、子竜の視線が男に向けられる。
まだ希望が残っていたと歓喜の表情を浮かべるエマ。
だがそれは子竜が穂先を男に向けた瞬間に絶望に変わった。
穂先を向けた瞬間、先ほどの比ではない速度で伸びた無数の穂先が男の身体を貫いていた。
血を撒き散らし元の長さに戻る穂先。
あまりに多い穂先に貫かれ、人の形を保つ事が出来ずに崩れ落ちる肉片。
そして、改め向けられる子竜の視線。
瞬間、エマの心は限界を向かえた。
「っ!! 私の魔術は魔力運用魔術で、もう一人の魔術は精霊契約魔術です!」
子竜の問いかけに叫ぶように答えた。
もはや抵抗する気もなく従順するつもりであった。
それがどのような屈辱的なことでも全身をゆっくり貫かれ肉片になるなど耐えられなかった。
「それぞれの特徴は」
エマが抵抗を諦めて事を感じたのか、子竜の足がエマの身体から下ろされる。
「はい。
えっと……答える前に座ってもよろしいですか?」
「ああ、楽にしろ」
「……ありがとうございます」
もはや子竜に伺いをしなければ身体を動かす事すら満足に行う事が出来なくなったエマがゆっくりと身体を起こし、語り始めた。
エマが語った内容を子竜は聞きながら、不足している情報を確認し、自身の中の知識としていく。
魔力運用魔術、学術における正式名で魔術学校などで学ばないと聞く事はない名称であり、一般的に魔術や魔法と呼ばれるものは基本的にこちらの事をいう。
自身の体内に魔力を用いて、世界に自身のイメージや意思を具現化する技術であり、その強さは使用者の精神、イメージの強さと魔力量に比例する。
基本的にはイメージや意思を補強するために詠唱を行う為、詠唱が長ければイメージが強固になり、大規模な魔術も使える。
魔術師の中には無詠唱で行う事が出来る者もいるが、ごく一部であり、また使えても詠唱を用いない魔術は威力に欠けるのがセオリーであるがトップクラスになると一瞬で大魔術を行使するのも不可能ではないらしい。
契約魔術、自身の魔力を用い契約を行う、または一時的に力を借りる事で魔術を行使する技術。
エマの仲間が使った魔術や使い魔などの契約、召喚魔術もこれに当たり、エマの仲間は精霊と意思を交わし、その力を借り魔術の行使をしていた。
利点として本人の魔力量が魔術の威力に関係せず、人より精霊などが具現化する力のほうが純度が高く威力が高い。
魔力はあるに越した事はないが精霊しろ、召喚するにしろ意思を交わす能力があり、力を借りることが出来れば良い。
当然ながら、この事がそのまま難点として存在する。
特に召喚魔術でいえば交信し呼び出すが、契約を結ぶ事が叶わず殺されたりする事もある。
精霊魔術ならば命の危険はあまり無いが、その場にいる精霊に力を借りるため、場所により使用できる魔術が限定されたり、威力の上下がある。
水辺なら水魔法は威力が上がるが、火魔法の威力が下がるといった形になる。
さらに術者が殺害された場合、契約が喪失しその時点で魔術の効果はなくなる。
子竜に魔術師の女が殺された時に風の守りが霧散したのもこれが原因である。
これが魔力運用魔術であれば一度発動すれば魔術の効果時間は術者が死んでも魔術は維持される。
そして、共に本人の資質に依存する。
魔術は訓練により魔力量を増やせたりするが、基本的に生まれついた魔力量による。
契約魔術に至っては交信する能力の高さと属性による相性に完全に依存するので訓練ではほとんどどうにもならない為、使用者は限られる。
最後に先天魔術。
生まれつき何らかの魔術行使能力を宿している特異先天魔術、種族により生まれつき備えている種族先天魔術の二つがある。
例でいうと魔術師でもない一般人の両親に魔眼をもって生まれる子供などが特異先天魔術。
子竜のように邪竜の血で影を操る能力などが種族先天魔術になる。
もっとも種族で得意とする魔法が異なる素質との境界線は曖昧なので魔術なのか、素質なのかは専門家の中でも曖昧のようである。
「なるほどな」
学んだ事のない魔術のことを確認しながら、新たな力として、まだ制御が完全ではない力の為、学んでみるのも手かと思う。
「あ、あの」
「ん?」
「貴方の事を教えていただいても良いですか?
そ、その名前とか」
エマの意外な言葉
子竜から言えば予想外の問いかけだが、エマからすればもし生き残ったときに少しでも情報を持ち帰りたいという最後の足掻きでもあった。
「名か、残念ながら未だ継承しておらぬ身でな。
故に立場だけだ。
この森を統べる王、邪竜ファフニールの血を受け継ぎし、人の形をした竜。
それが私だ」
あまりの事実にエマが眼を見開き、事実に震える。
もともとエマ達はこの森に邪竜ファフニールが住まうという御伽噺の事実を確かめるという学術的な目的の依頼を受けた。
あくまで存在の確認だけで戦う事など考えてもいなかったが、この森を統べるということはこの森の魔族は邪竜の配下であるということである。
御伽噺以上に厄介な事実であり、そして、人の形をした竜を生んだなど予想がつくはずもない。
竜が人の姿をする事自体考えられる事ではないのだから。
「さて、聞きたい事は聞けた。
もう用はない。
いけ」
「え? いけって」
子竜の再びの予想外の言葉にエマが困惑するが
「なんだ?
戦いたいのか?」
「そ、そんなこと無いです!」
子竜の左手が腰の刀に伸びそうになるや慌てて立ち上がり荷物に向かって走り出す。
ギルドはエマ自身を残して全滅したが、邪竜ファフニールがこの森を支配しているという情報も手に入れた。
まして人に紛れる事が出来る人の姿をした竜の情報まである。
あの山を一人で乗り越えるのは苦労するだろうが、この死の具現に立ち向かう事に比べればなんでもない。
報酬を貰い田舎で隠居する。
そう心に決め、戦いの際に下ろした荷物を拾えるだけ拾い、希望を持って山に向かって一歩を踏み出した。
瞬間、首が舞った。
彼女自身はその事実を認識する事も無く、ただ生の喜びと希望を浮かべ、僅かに遅れ胴体も崩れ落ちた。
「最初に言った筈だ。
生きて返すつもりは無い、と。
だが問いかけに答えた慈悲だ。
希望を胸に抱いて逝くがいい」
子竜は静かに刀を鞘に納め、森向かって歩き出した。
この世界の魔術知識についての説明会です。