第五話 初陣
日々の鍛錬をこなしつつ、更に独自に鍛錬を試し、もう一つの邪竜の力を制御しようと模索しているある日。
自己鍛錬で刀を振るいながら放っていた使い魔の視線に予想外の者が写る。
それは山を越え、森に向かって下ってくる武器を纏った人間達の姿。
この邪竜が頂点とする森は人が容易にたどり着くことが出来ない。
森に周囲に住む獣や魔物が強いこともそうだが、一番の理由は人が住む街と森を隔てるようにある山脈である。
山脈を大きく迂回する方法もあるが、そうなると今度は切り立った崖になっており侵入を阻む。
また崖の方は獣たちばかりが住む未開の土地であり、迂回するにも足場が悪く徒歩で進む必要がある。
故に軍など大量の人数になると食料などや物資の多さから進軍は困難になる。
その為、必然的に人間達が来るとすれば少数精鋭となる。
また少数精鋭でも荷物の量と日数的なものから考えると山越えのルートがもっとも現実的なものとなる。
そして、子竜はその知識についてもオーガ達やガルム達から教えてもらっており知っている。
実力の程は見るだけではわからない。
警戒するべきなのか、それとも来れる筈も無いと無視を決め込むか、単身打って出るか、人との戦闘が無い故に子竜は僅かに思案する。
「経験不足だな。
判断が付かん」
自身の知恵では足りぬと近くのオーガの里を目指し、大地を蹴った。
子竜がたどり着いたオーガの里では既に甲冑と外套を纏った十人の男のオーガ達と防具を纏った十頭のガルム達が待ち受けていた。
「お待ちしておりました。
我らが主からの通達により全ての準備は整っております。
こちらへ」
子竜よりどれだけ早く親竜が人間達に気が付いていたのか、実力と経験の違いに内心驚愕しながらも自身を促すオーガの長に付いて行く。
着いたのはオーガの長の館。
そこで靴を脱ぎ、通されたのは館の最奥の部屋。
そこに並ぶのは刀、短刀、投擲刀、甲冑、外套に衣類。
「主の命により貴方様の初陣に備え用意させていただきました」
「親竜が?」
真新しい甲冑に刀に眼を奪われる。
と背後に僅かな気配を感じ振り返る子竜。
そこに居たのは一羽の鴉。
親竜の使い魔である鴉だが、普通の鴉とは違い真紅の瞳を宿している。
すなわち邪竜のこの森の長としての伝令用の鴉。
子竜は片膝を付き、礼をする。
子竜のその姿に遅れながら鴉の存在に気が付いたオーガも慌てて子竜と同じように片膝を付き礼をする。
「我が子よ。
此度、森に向かう人間共が初陣の相手となる。
奢る事無く、正面から一人残さず刈り取れ。
その武器や甲冑は人のカタチなれど邪竜の力を受け継ぎ、技術を磨いてきたそなたへの贈り物よ。
磨いてきた技術しかと我に見せてみよ」
「かしこまりました。
我が親竜の贈り物に恥じぬ技、お見せいたします」
子竜の言葉に満足したように鴉はその場を後にする。
「甲冑を着けるのは初めてだ。
誰か手伝いを頼みたい」
「承知しております。
既に用意させておりますので、お使いください」
子竜の立ち上がりながら発せられた言葉に淀みなく応えるオーガ。
その言葉を待っていたかのように二人のオーガが二人が居る部屋に入ってくる。
長い黒髪を後ろで結び、額の右側に一本角を持つ娘と額の左側に一本角を持つ娘。
鏡合わせの様な姿に子竜は見覚えがあった。
「確か双子の」
「はい、我が末娘でございます。
私は先の場にてお待ちしておりますので、準備が出来ましたらお越しください。
くれぐれも失礼の無いようにな」
一礼し、部屋を後にするオーガの長。
「「お手伝いさせていただきます」」
「ああ、頼む」
二人の手によって身に付けている衣服を脱がされ、真新しい衣服を身に付けていく。
衣服の脱ぎ着まで手伝われるのに内心首を傾げながら、初陣の身支度というのはこういうものなのだろうと成すがままになる子竜。
衣服を身に付け、その上から甲冑を着ていく。
胴と肩を守る鎧。
鎧といっても動きやすさを阻害しない軽甲冑の類である。
腕と手を守る籠手に脛当、武器を挿し腰を守るための腰当。
太ももに投擲刀を納める鞘とベルトが一体になったものを装着し完成となる。
身に付けた後、腕を回したり、太ももを上げたりと動きに阻害がないことを確認し、満足そうに頷く子竜。
「武器を」
「「はい」」
刀を腰に挿し、短刀を腰当に付けられている鞘に納め、投擲刀十振りを太ももの鞘に納める。
最後に外套を纏う。
その外套にはフードが付けられていた。
(いずれは人里に紛れるための心遣いか)
子竜はいずれ人里に降り、世界の知識をその身で学ぶときが来る。
その時、顔を隠しやすくするための気遣いに感謝し、館の出口に向かって歩き出す。
館の玄関口には子竜が履いていた靴は無く、真新しい靴が用意されていた。
「どうぞ、お掛けください」
言葉に従い腰を下ろし、二人に靴を履かされベルトが締められる。
「どうぞ、お立ちください」
靴を履き立ち上がる子竜。
靴底と足の甲に鉄を仕込んでいるようでいつもより僅かに重みを感じるがすぐに慣れるだろう。
戦装束を完全に身に付け玄関をくぐる。
「私共の役目はここまででございます」
「初陣がご武運、お祈りいたします」
恭しく頭を垂れる双子のオーガ
「ああ、戦装束の準備、感謝する」
二人に見送られ歩き出す子竜。
子竜が歩きオーガの長が居るであろう場所にたどりつく。
子竜を認めるやオーガ達は片膝をつき頭を垂れ、ガルム達も同じように頭を垂れた。
今までも礼節をもって接した事はあったが、親竜に向けるのと同じように頭を垂れることは無かった。
子竜自身の初陣であると同時に、子竜が親竜の後継者としての実力を示す場でもあることを改めて理解させれた。
「ご報告いたします。
此度の敵はまもなく下山が完了いたします」
「わかった。
森の入り口にて待ち、正面から打って出る。
一人残らず生きては返さん」
オーガの長の言葉に自身の実力を示すためにも正面から叩き潰す為に応える。
「既にご存知とは思いますが、此度の初陣、我らが手を貸すことはございません。
我らは万が一に備えての後備えになります」
「ああ、理解している。
無様に敗れる気はないが頼んだぞ」
頭を垂れるオーガ達とガルム達に見送られ歩き出す。
「器の姿こそ人に近いモノだが、この身に宿るはここの主の血だ。
そして、貴様達が強く鍛え上げた者だ。
不安などあるまい、刮目して目に焼き付けろ!」
「「「「「「「「「「はっ!!」」」」」」」」」」
歩きながら主の血を信じろと、戦い方と技術を教えて自身の教え子を信じろという宣言。
その場にいる者達はそれに応える。
その応えに満足するようにオーガ達とガルム達をもう一度見渡し、フードを被り跳躍した。
初陣の不安がないといえば嘘になる。
経験不足なのも理解している。
だがあの者達に脅威を感じていなかった。
武術を身に付け始めた時のオーガやガルム達から感じたような脅威を感じなかった。
そして、敬愛し唯一恐れる親竜が整えた初陣。
ここで敗れるようならば未来はないと覚悟は出来ていた。