第三話 竜の血筋
邪竜の力を溢れぬように抑えるのに精一杯だった子竜は時間をかけてゆっくりと身体を馴染ませていった。
地面に横たわるだけだったのが、這うようになり、立ち上がるようになり、歩けるようになり、走れる様になる。
そこにたどり着くまでに数年の時を要していた。
人であれば早いが、竜にしてはあまりに遅い。
とはいえ歩けるようになる頃には竜の力を自然と抑え込む事ができるようなり、それにあわせる様に親竜の指示で武を学び始める。
武を学び始めて更に数年の月日が過ぎた頃には荒さは目立てど、邪竜の力を抑えるのではなく、制御し使う事も覚えていた。
だが邪竜の力を制御し使えるようになり、体格も増し、自由に動かせるようになったが、まだ課題は多くある。
それを証明するかのように、甲高い金属音を響かせて剣が宙に舞い、地面に落ちた。
子竜に突きつけられる刃。
「勝負ありですな」
「だな。
やはりまだまだだな」
刃をひき鞘に納める二本の角を生やした男。
地に落ちた剣を拾い、軽く土を払い鞘にしまう子竜。
お互いに改めて向き合い一礼する。
角を生やした男は木陰に腰を下ろし、子竜は傍の川の水で顔を洗う。
それを見計らったように
「どうぞお使いください」
一本角を生やす女性から差し出される手拭い
「ああ、すまない」
手拭いを受け取り水を拭い、男の隣に腰を下ろす。
「やはりあのお方の後継者ですな。
どんどん強くなられる」
「まだまだ。
未だに身体の動かし方も無駄が多い」
「本格的に剣を使い始めてまだ浅いのです。
焦らずに参りましょう」
子竜の言葉に諌めながらも、角を持つ男は成長速度では内心では舌を巻いていた。
竜の中でも最上位の血を引くだけあって身体能力は桁違いであった。
力は強く、まともに受ければ防御ごと粉砕する。
恐ろしく速く、間合いの外からでも瞬きの間に間合いを詰めて、反応するより叩き伏せられる。
だがそれだけでもあった。
未熟な者が相手ならそれで十分の力ではる。
武術を修めたものならば、力は強くとも大振りの一撃はかわし首を刎ねるだけの隙になる。
いくら速い動きでも無駄な動きが多く、予備動作がわかりやすく、一直線にただ飛び込んでくるのであれば、刃を道筋に置いてやれば勝手に貫くだろう。
剣を鉄塊してではなく刃として、力ではなく技で振るい、予備動作無く最速で、緩やかに緩急をつけて翻弄する。
確かにまだ荒さはある。
それ故に角を持つ男のように刀ではなく、無骨な剣を持たせているが、じきに鍛錬用の刀を用意する必要が出てくるだろう。
しかし、武を知らぬ、体の動かした方すらわからない者がこの短期間でこれだけの技術を身に付ける。
今回は剣であるが子竜が学んでいる武術はそれだけではない。
弓術や槍術、徒手による格闘術などあらゆる技術を覚え、それを驚異的な身体能力にあわせて最適化し、応用し、他の技術と共に繰り出す。
この数年はゆっくりとした動きで身体の基本動作を覚え、子竜の速度でも自由に乱れないように動けることに努めており、武器の振り方は教え始めてまだ半年程。
(末恐ろしいものだ)
女性から差し出された果実を食べながらゆっくりと寛ぐ子竜を見ながら、改めて自身達が頭を垂れる最上位の竜の力に畏怖する。
この森は最上位の竜が支配する森。
そして、子竜に武術を教える角を生やす一族が鬼、オーガと呼ばれる魔族である。
さらに竜の住処の洞窟に控えていた漆黒の獣、ガルムと呼ばれる魔族。
オーガとガルム、この二種族が竜の直下としてこの森で力を持つ一族であり、大きく分けて人型の魔族をオーガが、獣型の魔族をガルムがまとめている。
子竜が生まれた当初、オーガとガルムの長は無理だと思っていた。
竜の血を引けど、人の姿をした竜など弱いと
そして、実際に親竜に
「失礼ながら、これに継承は無理なのでは?」
「私も同じ意見でございます」
この子では力を受け継ぐことは出来ないと意見を述べた事がある。
事実、生まれてまともに呼吸や食事すら出来ずのた打ち回り、動けるようになるまでに時間も掛かっているだからしょうがない。
だが親竜の意思は変わらなかった。
「この子は生まれてすぐの試練を、死地を乗り越えた。
そして、我が思いを理解し、この器を使いこなそうとしている。
確かに今は弱いだろう。
だが我が子は私など比べ物にならないほど強くなる」
否、揺らぐこと知らすらしなかった。
そして、武術を教えるとその言葉は真実味を帯びている。
荒さはあれどオーガ達よりも遥かに優れた身体能力により既に若者たちでは束になっても敵わない。
熟練のオーガ達ですら、一瞬の気の緩みで敗北するだろう。
ガルム達とも地を駆け、四足の獣との戦い方を学んでいるが、結果はオーガ達と変わりは無い。
すでにこの森にこの子竜を畏怖する者はおれど、侮る者など存在しない。
同時に自身が使えるであろう方に自身の技術や知恵を教える事など今までであればあり得ない事。
そのことにどこか不思議な高揚感も覚えるのであった。