第二話 産声
親竜に寄り添われ、赤子は親竜の魔力という名の羊水の中でゆっくりと成長していく。
親竜は子に寄り添いながらも時折、使い魔の鴉を飛ばして世界に大きな変化が無いか、世界の流れを見ていく。
そして、人の形をしていようともやはり竜ということか、一年経つころには既に赤子ではなく二、三歳の子供姿となっていた。
それでも竜から見れば遅い位である。
普通の竜ならば卵又は親の体内から出て、狩を覚え始め、自分で餌を食事を摂る頃。
上位の竜種であれば下位の大人の竜種よりも大きな肉体に、力を持っていることもある。
ちなみに単一の存在で子を成す竜というのは生態系の頂点にあり、個体種が少ない竜のみの特異技能である。
だが今回の子は通常とは訳が違う。
竜の子供が親と同じ竜であるなら通常である。
今回の竜の子は竜の血肉を持ちながら人の姿、器を持つ。
進化なのか、退化なのか、それは恐らくわかりはしない。
だが僅か一代でこれだけの変化
「恐らくは羊水から出たとき、この子は最初の試練を与えられるのであろう」
親竜の魔力という羊水に包まれているからこそ、何も起きてはいない。
しかし、世界に出たとき何らかの代償が子を襲うのを親竜は予感していた。
さらに一年が経ち、羊水の中の子は十歳頃の姿まで成長していた。
二年の月日を経て、親竜は我が子に羊水から出るのを促すように揺らす。
それに頷き、羊水の外膜を破り生み出された竜。
溢れ出した羊水は影を通して親竜に戻っていく。
初めて世界に触れた竜は羊水の中で伸びた長い漆黒の髪を身体に張り付かせながら、ゆっくりと立ち上がり、確かめるように大きく息を吸う。
無事に生まれた。
そう思ったのも束の間。
親竜の予感通り、人の姿をした子竜に最初の試練が出迎えた。
内臓が軋み、吐血した自身の血で溺れ、呼吸すらままならなくなる。
内臓だけではない。
皮膚が裂け、骨が折れ、砕け、全身から血を噴き出す。
崩れ落ち立つ事も叶わず、痛みから逃れるように転がりまわり、地面を掻き爪が割れ、指が砕ける。
それと同時に竜種の高い治癒力が傷を塞いでいく。
声にならない叫び声が子竜の産声となった。
激痛にのた打ち回る子竜であったが、体力も続かず、意識を失う。
だが激痛に呼び起こされ眼を覚ます。
それを幾度と繰り返したか、もはやまともに動くことすら叶わぬ状態で親竜に舌で傷を癒してもらう。
そして、いつの間に用意されたのか果実や肉などを飲み込むたびに内臓が破れそうな痛みに抗い飲み込んでいく。
なぜこのようなことになったのか親竜は理解していた。
理由は単純。
あまりにも器が小さすぎた事だ。
竜とは巨大な力に比例して肉体も大きくなっていく。
そして、ここにいるのは竜種の中でも最上位に冠する竜。
その力は強靭な鱗に覆われた巨大な竜の肉体だからこそ納めることが出来た代物である。
対して子竜は鱗も持たず、人間の子供と同じ大きさの肉体では力が収まりきらず肉体を突き破ろうとする。
ではなぜ羊水の中では大丈夫だったのか。
これも単純に生まれてきたばかりの子竜と産み落とした親竜では力の桁が違うためだ。
羊水は子竜を守ると共にその身を突き破る力を押さえつけていたのだ。
だが生まれると同時に子竜の力を押さえつけていた力が無くなる。
これが今の状況である。
ならば、子竜はこの状況をどうすれば打破できるのか。
それは
「乗り越えよ。
乗り越えよ、我が愛し子」
この荒れ狂い、突き破ろうとする力を自身の力だけで押さえつけることである。
これを乗り越えられるのか、それとも半ばでこの子が朽ち果てるのか。
そこに親竜の願いは掛かっているのだ。
狂気のような地獄が数年ほど続き、一体どれ程のた打ち回り、どれ程叫んできたのか。
いつしか親竜の傍の子竜は己の力を抑え込んでいた。
竜の治癒力でも追いつかなかったのだろう、いくつもの傷跡が残りはしたが生まれて最初の試練を乗り越えたのだ。
とはいえまだ最初の試練を超えただけ。
未だに抑え込むのが精一杯なのか、まだ自力で立ち、歩くことすらままならない。
ここから先、苦無く力を抑え込み、自在に使いこなすまでどれだけ掛かるのか、先は見えない。
だが親竜はそれでも嬉しそうに傍に眠る子竜を優しく舐め見つめていた。