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アカネの異世界冒険譚〜異世界転移の代償〜  作者: 龍坊
序章・奇妙なPsIn《サイン》話
4/7

004 暗黒龍・ヴェリタス

なぜペンギンのぬいぐるみだったのか? 何故ならそれは龍坊が好きだったからである。




 赤く燃える星が空の真上辺りに来る頃、朱は山脈の麓に来ていた。


 森の中には危険生物が確認できず、あっさり通り過ぎてしまった。いや、山脈に向かう事を優先したので、探したらいるとは思うが。


 少し、というか大分残念である。せめてゴブリンやオークなどの下級危険生物が現れて欲しかった。

 まあ、下級竜種ワイバーンを見れただけでも良しとしよう。アレは間違い無く上級危険生物だ。遭ったら死ぬ。


 朱は麓に幾つか点在する洞穴の数を数えながら、山脈沿いに探検していた。


「あの花は何だろう?タンポポの綿毛のようだけど、真っ赤な色をしてる。……あっちは紫か。何か原色を使った派手な生物って、毒が有りそうで怖いなぁ。よし、ドンポポと呼ぼう! あ、亀なのに首長っ! 背の高い木の葉っぱをもしゃもしゃ食べてる。……リクガメキリン! 」


 そんな植物や動物を観察しながら、口元を緩めて歩く朱だった。勢いに任せて勝手に命名してるのは気のせいだ。気のせいったら気のせいだ。


「また洞窟か。これで8個目。……うーん、日当たりが悪い。次。」

 朱は今、探索しつつ拠点となる洞窟を探していた。


 先客がいたら流石に諦めるが……そう言えば、この一個前の洞窟には、入り口に大きな何かが這った跡が有ったよねー。うん、その痕跡を信じるならば、凡そ電車くらいの太さの大蛇がいる事になるんだよねー。……そんなバナナ……馬鹿な。


今の所、遭遇していない。あくまでも先程のは推定で、この目で確かめてない。だから遭遇してません。ははは。……落ち着こう、私。


しかし先客が居なくても、まだ決まっていない。




 初めて洞窟を見つけた朱は、雨風を凌げるし道具もあるから丁度良いか、とばかりに優良物件になりそうな洞穴探しを始めたのだ。

 条件は広い、入り口が明るい、通路が曲がっていて風が入ってこない。まあ、最後のは空気が淀まない程度に。

 勿論全て朱の好み、気分の問題である。


「さてさて、次はどの様な?」

 本人は呑気に歩いているから気づいていないが、谷のかなり奥まで来ていた。朱は当分住むつもりなので、審査は少し厳しいのだ。……大蛇の痕を見て、考えが変わり始めているが。


「……ここにしよう。」

 見つけた入り口は少し暗いが中は広そうで、雨風も防ぐのに充分な構造をしている。何より朱センサーに何かが引っかかった。経験からして、こういう第六感は信じても良さそうだと判断する。

 ──面白い事がありそうだ。


 朱はペンライトを逆手で顔の近くに左手で持ち、サバイバルナイフを同じく逆手で右手に構え、薄暗い洞穴の中へと進む。右に曲がると開けた場所に出た。


「あ……。」

 少し声を出してみると音が反響して重なり、奥まで伸びて行く様な感じがした。

 暗闇の中、ペンライトでは全体がわかりにくいので、朱はランタンを出す。


 ランタンの穏やかな橙色の光は、全てをはっきり照らすことは叶わなかったが、薄っすらと近くの壁がわかる程度に満遍なく浮かび上がらせた。


「おー。」

 朱は変わった物体に注目していた。

 正面から見ると10トントラックのフロント部分八台分以上の大きさで、奥行きは電車二両以上の物体だ。これは正直、初めて体験するスケールの物だ。


「これ、龍の石像?」

 朱がポツリと呟く。

 そう、馬鹿でかい龍の石像だった。

 頭は鹿に似ており立派な牙と角があり、頭から尾にかけてたなびく様な立髪を持ち、長い首や体をたわめ、鳥の脚のようなフォルムの強靭そうな3対の脚でそれらを支えていた。

 東洋の龍を黒曜石の塊から削り出した様な、全身を鱗で覆われた荘厳な石像だった。


「……気に入った。」

 朱は満足気に頷くと、入り口とは反対側の壁に荷物を下ろし、拠点を作り始めた。拠点と言ってもレジャーシートを敷き、ランタンを側に置くだけなのだが。


 朱はシートに座ると、アタッシュケースが目に付いた。

「……わかってるけど確認するか。」

 アタッシュケースに手を伸ばしロックを外すと、パチンと開く音を立てて蓋が上がった。

 中に入っていたのは、9mmの自動拳銃と弾薬と予備の弾倉三つ。そしてクリーニング用具一式にサプレッサーとホルスター。……四つ全ての弾倉に装填済み。


 ──自動拳銃の名前は忘れた。でも、名前が無いと面倒。

「……呼び名を付けるか。」

 朱はまじまじと自動拳銃を見た。装弾数は十五の良くあると言うより、朱には見分けがつかない拳銃だ。


 ──ランタンの橙色の光に照らされて、黒光りするフォルムは凶悪極まりないが、スライドストップや安全装置が付いた、耐久性の高い代物だと聞いている。

 正直、そんなに使う気はなかったのだ、下級竜種を見るまでは。あれは、出逢ったらすかさず銃で目を狙うしか無いだろう。

 この世界の人は……魔法で対抗するのだろうか? ドラゴンがいるなら魔法もあるだろう。というかあって欲しいし使いたい。竜に丸腰で出逢っても死なない様にしたい。


「よし、"竜殺し"で。」

 物騒な呼び名を適当に付けたが名前負けである。まあ、竜(の目)殺しかもしれないが。


 ──街とかは、ここら辺の調査が終わってからかな。一応、街の場所とかの確認も早めにしとこう。

 まさか知的生命体がいない、何てことは無いはず。ドラゴンも上位の存在ならば話せるかもしれないし。

 まあ、小説のファンタジーを参考にするならの話だけど。


 朱は赤のシェルウェアを脱ぎ、灰緑のフリース系の長袖長ズボンの動きやすい格好になった。そして左側にショルダーホルスターを付ける。

 弾の入った弾倉を拳銃のグリップの中に叩き込み直し、安全装置を確認したそれをホルスターに仕舞った。


──あとは……使えなくなったARnavi.は、丁寧に大きな方のバッグに入れておく。何かに使えるかも知れないし。


 朱はウェストポーチにサバイバルナイフとペンライト、方位磁針や双眼鏡と発煙筒や発炎筒を入れ直し、ランタンを消して洞穴を出た。

 方位磁針を見ながら朱は考える。


 ──山は森の北にあるのか。だいたい場所も覚えてるから帰ってこられるな。よし、まずは川だ。


 荷物に水はあるが、それだけでは不便なので水源を確保しよう思い、朱は川を探し始める。


洞窟の入り口に石を積み、目印を作ってから森の中へと入る。そして大きな木の根が至る所に張り巡った起伏がある森の中を、関節を柔軟に使い素早く移動していった。


 ──こちらに来てから汗をかかないし、疲れてない。そこそこ歩いたと思うんだけど。


 普段それほど運動をしない朱は、体に違和感を感じていた。原因はわからないが、先ほどから体の調子がすこぶる良いのだ。


 朱はふと、10m程の高さの木に果実を見つけた。オレンジ色の林檎ぽい果実。


 ──うん、食べられるかどうかさっぱりだ。どうしよう、異世界の百科事典が欲しくなる。


 そんなふざけた事を考えた朱は、少し観察するためにその場を離れ、遠くから双眼鏡で見る。

 何となく、嫌な感じがしたのだ。


 しばらくすると、一羽の鳥が果実の近くに止まった。体長が2m程ある虹色の、頭が蛇の様な不思議な鳥だ。

 怪鳥は少しずつ果実に近づき、首を伸ばす。


「食べちゃった。」

 双眼鏡の向こうでは──果実が鳥を食べていた。

 丸い形に縦の筋が入ったかと思うと、ガバァッと口を開け針山の様な牙を鳥に突き立てたのだ。

 ピチャピチャと音を立てながら、口から鳥の(はらわた)をはみ出させながらもペロリと平らげる果実。

 血塗れの姿を見るに、元々は黄色の果実だったのかもしれない。


「キラーフルーツ」

 ──食獣……いや、人も食べそうだから食肉植物か? あれは流石に遠慮しよう。それに肉食はだいたい不味いと決まってる。


 朱は少しずれた事を考えて、凄惨な果実の食事風景から目を反らすと、何事も無く川探しに戻った。


 果実も何事も無かった様に、元に戻った。

 果実の口から血が零れ、真下に血溜まりが出来ていた事以外は、穏やかな森に溶け込んでいた。


 ※


 川の音、そして猛獣の音。


 グルルルルッ

  モ゛ォ゛ォ゛ォ゛ッ


 朱は風下の離れた茂みから、一匹の虎と一頭の牛を見ていた。

 虎は虎でも二又の、脚が4対ある白い剣歯虎サーベルタイガー。体長が3m程の、化物である。


 川の対岸にはブルドーザーの様な巨体を持つ牛。鋭い角が特徴で暗褐色の長く垂れ下がる体毛に覆われたバイソンがいた。こちらもただのバイソンではなく、目が7つもある異様な頭部を持っていた。


 ──川の周りを生活圏にしてるのは、普通の動物と変わらないんだけど……果実といいこの二体といい、魔境ですか。大蛇がいてもおかしくないとか洒落にならん。人外魔境ぅ。


 そんな思考逃避をしつつ、二体を観察する。

 虎と牛は縄張り争いをしている様だ。二体は睨み合い、威嚇している。


 朱は見つからない様に位置取りをして、息を潜めているが、見つかると両方が襲ってくる可能性があるのでちょっと冷や冷やしている。


 空気が張り詰める中、戦闘が開始された。

 虎が巨体をバネのようにしならせて一気に飛び掛かり、同時に牙が発火して相手に突き立てんと迫る。


 対する牛は一つの目が光ったかと思うと、川の水が巻き上がり水のドームを形成して相手の牙を防ぐ。


 ドウッ‼︎


 熱せられた水が水蒸気へと変わり、小規模な水蒸気爆発を起こす。

 今度は攻勢に出るつもりの牛がまた別の目を光らせると、虎に異常な現象が現れた。


 ギャウッ⁈


 虎の体が凄まじいスピードで石化し始めたのだ。あと少しで虎の彫刻が完成する。


 しかし直前になって、虎の全身が輝き出した。すると石化していた物が剥がれ落ち、綺麗な白い体毛が現れる。


 虎は帯電していた。空気を切り裂く様な音と光が辺りを駆け抜け、直撃を受けた木々は炭化して次々と枯れていった。


 幸い、朱の所まで届いていないが、なかなかに肝が冷える光景である。朱は、え? こんなのが徘徊してるとかこの森どうなの? と愚痴を溢したい心境だ。魔境と言うのはあながち間違いでは無いなと思い直す。


 虎は雷の化身と化した姿で牛を襲った。牛は本能的に危機を感じたのか全ての目を光らせて、炎の槍、氷の針球、風刃、石化、極光、闇の穴らしき正体不明の6つの属性攻撃が発動した。幾重にも色が重なり、幻想的な光景を生み出しつつ絶大な威力を発揮する。


 ドバァァァァァァ‼︎


 朱は咄嗟に伏せ、腕で頭をガードした。

 凄まじい衝撃波が一帯の森を激しく揺さぶる。

幸い、大きめの枝なんかは自分の所に飛んで来なかった。しかし自分の隣には、大木が薙ぎ倒されていて冷や汗を滝のようにかいている朱であった。──ちょ、直撃したらシヌゥ。


 全てが過ぎた時、二体のいた場所にはクレーターが出来ていた。

 数日もするとここに水が溜まり、深い池が出来るだろう。

 そして虎と牛、勝ったのは──


 起き上がった朱が川に視線を向けると、クレーターの中央で佇む虎の姿があった。

 体から煙を出し、満身創痍ではあるがしっかりと地面を踏み締めていた。致命傷を負っている様子もない。

 それとは対照的に、牛の姿は影も形も無かった。

予測ではあるが、飛び道具を使う牛と近接攻撃する虎とでは耐久力に差があったのだろう。つまりファンタジーで言うと魔法使いと戦士だ。


色々推測できるが、結果は一目瞭然。虎が勝ったのだ。







 ここまでは。


 不意に虎がバランスを崩し、ズシンと倒れ込んだ。

 致命傷は無い。疲労でもない。しかし虎は何時まで経っても目を開けなかった。


 相打ちとなったのは牛の能力である。


 今迄の闘いを見るに、牛は一つの目に一つの魔法を有している。そして牛は全ての目を使って迎撃した。


 はて、牛の目と観測できた属性魔法はそれぞれいくつだっただろうか?


 目は7つ、観測できた属性は火炎系統、水氷系統、風系統、土系統、光系統、闇系統の6つである。そう、一つだけ属性不明の目があったのだ。それによって虎は事切れてしまった。


 その属性は、無。

 この牛の最も警戒すべき能力。それは遅延発動する無属性魔法による呪殺だったのだ。


 そんな魔法の事など、素人の朱はさっぱりわからないが、兵器以上に厄介で強力極まりない物があると感じた。


 ──川の場所は分かったし、一旦帰るか。

 ちょっとこの森を通るのに、拳銃一つじゃ心許ない。帰ったら何か考えよう。


 触れたら何が起こるかわからない虎は放置し、朱は静かに洞穴へと帰った。今の所、怪物の生態調査と水源確保しか出来ていない。


 ──えーと、思ったより魔境だったから、一旦街を探そうかな? と言うか、丘からここまで良く生きてたな。


 ネガティヴになりつつある朱だが、勘の良さは、 異世界でも発揮されるようだ。

 考え事をしつつ、洞窟の通路を歩く。


「む? ……」

 朱は動きを止めた。そして曲がり角からそっと奥を覗く。するとランタンに明かりが点いていた。そして何かがこちらを背にして座っている。その影はランタンの揺らめきと共に変化し続けていた。


 ──いる。何かいる。小型の生物、ゴブリンか? でも消したはずのランタンが点いてる……そんな知性がある生き物?


 朱は警戒しつつ右手に竜殺し、左手にはサバイバルナイフを逆手に構える。

 自動拳銃の上の部分である遊底スライドを引いてあるし安全装置も外したが、竜殺しは使わない。洞窟内では跳弾の危険があるので、あくまで最悪の備えである。


 朱は姿勢を低くし、ターゲットに向かって静かに素早く駆け出した。


 絶好調の朱は反対側の壁の側にすぐさま辿り着き、勢い良く踏み込んで体重を掛けてサバイバルナイフを右上から左下に振りかぶる! 寸止め出来るか怪しい勢いだ!


「甘いわ‼︎ 」

 正体不明の物体はそれをサッと避けて、少し離れた所まで移動する。

「……。」──喋った⁇

 朱は振り上げたまま硬直し、ジッとその物体を見つめている。若干、口元が緩んでいる。


「む? どうした小娘。我の顔に何か付いておるのか? 」

「……。」

「おーい? どうしたのだ? 聞こえとるか?」

 物体は朱に手を軽く左右に振っている。なかなかに人間臭い動作である。


 状況を何とか整理した朱は腕をゆっくり下ろし、しゃがみ込んでマジマジとそれを見る。変な生き物? ではあるが、どうやら危険では無さそうだ。こちらが攻撃したのに、相手はそんな事を歯牙にも掛けていないのは気になるが。


「おお、小娘、なかなかに良い顔立ちをしとるではないか。」

 朱がナイフと竜殺しを地面に置くと、ソレが近づいてきたので──


 モフッ


 朱は両手で物体の頭を挟む。ソレの頭が縦長に変形した。怪しい見た目に反して、なかなかの触り心地。


「おい? 」

ソレは状況が飲み込めていないらしい。


 モフモフ


「何だ? 」


 モフモフモフ


「こら、止めんか。」


ソレは朱の手を振り払おうとするも、自身の手が短くて届かない。パタパタと虚しい音がするだけである。朱は今が好機とモフりまくる攻めまくる。


 モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ──


「止めいっ‼︎ 」


 頭部を連続して変形されたぬいぐるみは、朱の手から体を捻って離脱し距離を置く。


 そう、ぬいぐるみ。拠点にいたのはぬいぐるみだった。

 大きさは二頭身ほどで羽根の生えた抽象的な、かどが取れた体の黒蜥蜴くろとかげが、短い手足で二足歩行した様なぬいぐるみ。棘みたいな物が頭から二本、口から二本出ていた。小さな尻尾もフリフリ動く。

 勿論、黒蜥蜴なので全身真っ黒である。


「何で動いてるの? 」

 流石の朱も聞かずには居られなかった。アレだけ触って今更だとは思うものの、ぬいぐるみが動くのは誰がどう見てもおかしい、。


「おお、そうかそうか。動いているのが珍しいのか。」

 黒蜥蜴は何処となく誇らしげだ。ちょっと孝みたいに面倒くさそうな気配がする。こっちにしてみれば珍しいどころの騒ぎでは無い。心霊現象の検証番組に突き出したくなる。


「……何を隠そう! 我はこの洞窟の妖精である‼︎ 」

 黒蜥蜴は右膝を軽く曲げ重心を傾け、短い両腕を左に向ける。所謂、変身ポーズモドキをとった。──こんな人間臭い妖精がいて良いのか。反応に困る。


「へぇ。」

「……リアクションが薄いぞ小娘‼︎ 薄い、薄過ぎる‼︎ そこは、えっ⁈ 貴方様が? とか言う場面であろう‼︎ 小娘は本当に処ぎょあああああああ⁈ 」


 薄いリアクションにケチを付けていた蜥蜴は、朱の強烈なアイアンクローを受けた。朱はニコニコ笑いながら、更に力を入れて蜥蜴の頭を締め上げる。──雰囲気どころかデリカシーが無いのも父と……いや、父以上にデリカシーが無さそうだ。


「関係無いよね? で、その妖精さんが何の用? 」

「ぐぅ……じ、実は小娘に頼みがあるのだ。」

 頭を開放された蜥蜴は地面に蹲りながら話す。痛みで? 頭を抑えようとしているが、またしても手が届いていない。朱は無視して話を進める。


「頼みって? 」

「そ、それがそのう……。」

 途端に歯切れが悪くなる蜥蜴。そして荷物の方をチラチラと見る。詳しく言うとリュックのスリングの……。


 朱は何かに気がつき、笑顔で蜥蜴に話す。とても明るい口調で、目の奥に鋭い光を灯しつつ。

「もしかして、もしかするんだけどさ? 」

「な、何だ? 」

 蜥蜴は何故か汗をダラダラかいている。本当に人間臭い。──ぬいぐるみは汗をかかないので、妖精の心情が反映されているらしいね。

 朱はずっとニコニコしている。


「その体って、リュックに付けてたペンギンのストラップじゃあないよね? 」

「あーそれは、その通りなのだが。『カチャ』あ! でも早まるでないぞ⁈ 我が憑依を解けば元に戻るのでな⁈ 」

 肯定した瞬間、ナイフと竜殺しがこちらに向いて焦った蜥蜴は、早口で補足した。

 口調からして蜥蜴の方が年上の様なのだが、やり取りがなかなかに情けない。


「で、頼みは? 」声が腹に響くように低い。キーが三つぐらいは下がっている。何処からその声を出したのか……。

「お、おお。それはだな。しばらくこの憑代よりしろを貸して貰いたいのだ。」

 ナイフと竜殺しは下がっていない中、はっきりと言った。情けなくはあるが、度胸はあるのだろう。──それとも|こんな物(銃)では死なない生き物なのか。……借りたいと言っているモノに傷が付くのを恐れていそうではあるが。


「私は手放したく無いんだけど? 」

「べ、別に貸してくれれば良い。外に出たいだけなのだ。」

「外? 普段は洞窟から出られないんだ? 」

「そうなのだ! も、もし小娘が外に出るのならついて行ってやらんでも『グリグリ』ついて行かせて下さい。」


 銃口を押し付けると態度が変わる。それを不思議に思った朱は聞いてみる事にした。不思議に思ったのは、蜥蜴トカゲは朱の“ぬいぐるみを傷つけたくない”という心情を盾にしなかったのも一つではあるが。──デリカシーが無いのでは無く、人外だから、人の心がわからない? そもそもおかしいのは。


「ねぇ、(コレ)が何か知ってるの? 」

 蜥蜴はビクッと体を震わせ、明らかに動揺した。朱は勢いで竜殺しを使い脅してはいたが、初見では何かわからない筈なのだ。


「うむ、なんというかその……我はこう見えて博識なのだ。だから異世界の武器や廻廊の存在も知ってぐえっ! 」

「その話、詳しく。」

 蜥蜴の言った言葉に朱は反応し、掴み掛かった。いきなり凄い情報が出てきた。銃について知っているのもそうだが、廻廊?


「わ、わかった! 話すから下ろせい‼︎ ……ふう。」

 どうやら朱は手を離したようだ。


「我はこの世の理に近しい存在である。故に、小娘の事情も何となく察しがついておる。」

 蜥蜴は先ほどとは打って変わって、落ち着いた様子で話し始めた。急に何千年も何万年も生きた様な、生物の存在感を放つ──ぬいぐるみとなった。容姿で台無しである。


「それは銃と言うのであろう? 金属の塊を火薬とやらで加速し、超音速で飛翔させ目標に当てることで殺傷を試みる、人間が作り出した武器。」


 蜥蜴は手を合わせながら(腕を組みたいが長さが足りない)淡々と話す。もっと詳しく言うと、撃鉄と雷管で発火させた火薬の燃焼により発生したガスの噴流で、弾丸が飛んでいく……といった具合だが、異世界でここまでの説明は流石に聞かない。


「貴方の話、もっと聞かせて? それが条件。」

「そんな事をならばドンドン聞くが良い! 出来れば銃をしまってくれい! 」

妖精の嘆願が洞窟に木霊した。



朱と妖精はレジャーシートの上で、座って向かい合っていた。


「廻廊について聞きたい。」

朱の言葉に妖精は頷き答える。

「うむ、よかろう。廻廊とは、小娘の世界とこちら側がシンクロする事でできる繋がりのことである。」


「シンクロ? 」

 朱は首を傾げた。いきなりフワッとした説明から入ったので、イマイチわからない。


「そう。実は、こちら側の世界はイメージに引きずられやすいのだ。顕著な例えは魔法であるな。あれは内に眠る魔力を用い、イメージを形ある物として顕現させる事で成り立っておる。」


「……もしかして、あちら側のイメージに引き寄せられた、とか? 」


その考え方でいくならそんな風になるが……どうしても元の世界の情報に引きずられて忌避感がある。──魔法が使える様になったら多少は緩和されそうだけれど。


「そうなのだ。どうやらあちら側で開発された機械が、こちら側のイメージに近い物を鮮明に具現化したようでな。」


 ──ああ、だからVRやALに熱中する人達が行方不明になったのか。そう言えば、行方不明者が共通して閲覧しているwebサイトの中に、ファンタジーMMORPGの類いがあったな。美鈴達も昔からしてたっけ。……って納得出来たら早いんだけど、廻廊ってワームホールにファンタジー要素をプラスした様な、変な感じだなぁ。


 朱は蜥蜴の話に耳を傾けながら、そんな事を考えつつ少なく無い時間うつむいていた朱は、蜥蜴を目線を戻した。


「廻廊って人がどうにかできる物なの? 」

「……はて? 我の知る限りではそんな力を持つ人間は居らぬな。だが、その機械を広めた人物の中に、廻廊の構築を狙った者がいる可能性はあるの。それ以上は考えつかぬ。」


──なんだか、とてもキナ臭い話になって来たね?


「じゃあ、次は貴方自身の話が聞きたい。」

「む? この洞窟の妖精じゃ。」

「それは最初に聞いた。それ以外で。」

「ぬー。」

話が進まないと判断したので、朱は洞窟のについて聞く事にした。


「貴方はあの石像とどう言う関係? 」

そう、あの威圧感のある荘厳な龍の石像について、何か知ってる筈だ、と。返ってきた答えは意外な物だった。


「……仕えておったのだよ。あの龍に。」


「へぇ。」──仕えていた。過去形ね。


「……実は。」

「死んだの? 」

「ちゃんと生きとるわい! 動けんだけである! 」

「随分とはっきり断言するんだね。」

「あ、あー。それはだなぁ……」

「あ、もしかしてあの石像は誰かが作ったんじゃ無くて、魔法で固められたとか? 」──あの河原で戦っていた虎が、そうなりかけた様に。この際、魔法が存在するかどうかの確認も忘れない。


妖精キョトンとした雰囲気の後、ニヤッと笑った。

「勘が良いな小娘。その通り、あれは暗黒龍ヴェリタスの封印された物である。して、何故わかった? 」

「偶々だよ。それよりそのヴェリタスという龍について、もっと詳しく。」──見た感じ、どうもそんじょそこら化け物とは一線を画した様な龍。ワクワクするね。魔法という言葉も否定しなかったし。


 暗黒龍ヴェリタス。蜥蜴曰く、この世に存在する闇属性最強の龍種。ソッと火を吹けば幾多もの山が消え、睨まれれば相手が絶命するその力は、存在するだけで多大なる影響を及ぼす。人々からは邪龍として恐れられていた。


「邪龍……うん、それは封印されるね。と言うかよく封印できたね? 何で? 」──近づくだけでも難しいでしょうよ。


「……勇者一行の魔法使いによって封印されたのだが、恥ずかしい事に寝ていたのだ。己の発する圧倒的な力に慢心して、な。」


「相手が予想以上に強かったんだ。」


 蜥蜴は過去を懐かしむような声だった。一方、適当に返事をした朱はというと──ゆ・う・しゃ、勇者来たー! うんうん、王道だね。

見事に浮かれていた。異世界に来てからずっとだと思う。


「良くわかりました。ありがとうございます。」

「おおう⁈ ど、どうしたのだ⁇ 」

 朱が急に頭を下げたので吃驚した蜥蜴。普段はそこまで気をつかわない朱だが、礼を言う時はしっかりする。


「名前を伺って宜しいでしょうか? 」

「お、名前……名前か、そうだな……好きに呼んで良いぞ? 」

 何処と無く照れた様子の蜥蜴がウザい。見た目は可愛いが。


「では"クロスケ"で。」

「く⁈ くろすけ⁇ ……。」

「駄目でしょうか? 」

 変わった名前を提示されて、蜥蜴は肩を震わせる。


「ワッハッハ‼︎ 我がクロスケか!そうか、気に入ったぞ小娘!」

 蜥蜴はそんなことを言って高笑いしていた。何か思う所があったのだろうか? 単に朱は、ツ゛ブリの『となりのトロロ』に出てくる、マックロクロスケから持って来ただけなのだが。


「朱です。峰倉 朱。」

「そうか、よろしくアカネ! 」

「はい、こちらこそ、これからも色々教えて下さい。」

「うむ! 」

 朱は傍に置いていた竜殺しに安全装置を掛けて仕舞い、ナイフもポーチに入れてから、蜥蜴改めクロスケの差し出した手を握る。


 朱がぬいぐるみに入る許可をした理由の一つがこれである。こちら側の知識が豊富な蜥蜴から情報が欲しかったのだ。

 まあ、蜥蜴の外見が気に入ったというのもあるが。


「早速、魔法などの基本的な概念が知りたいのですが、宜しいでしょうか? 」

「……アカネ、敬語は無くても良いぞ? 我はそんな細かいことは気にせん。と言うか、違和感が凄まじいぞ。」

「わかった。」

まあ、初めから散々タメ口をきいていたので、今更は変だと朱も思っていた。思っていたけど、相手に敬意を伝えるなら敬語だと考えた結果だった。


「では、天職の概念から話そうか。」

「天職? 」

「天職とは──。」


 天職。

 当たり前の事ではあるが、この世界に生まれし生物、訪れた命はそれぞれ能力に差異が生じる。

 そして、能力の特徴を職種に当てはめる事で、その者の適性を表すのが天職である。そのまんまである。


 例えば、強大な魔力を保有する者は魔法使い。剣技に秀でた者は剣士。魔法と剣技が優れる者は魔法剣士。手先が器用ならば鍛冶士、魔工技士等々。変わり種は盗賊あたりだろうか。


 この様に道が示される。しかしこの通りに進まなくても、努力次第で新たな天職への道が開けることもある。


 ここで一つ注意すべきは、天職は一つしか持てない、という所である。

 まあ考えてみれば、例えば遺伝子研究でノーベル賞を取りつつ、水泳でオリンピックに出て優勝しろと言われても、土台無理な話である。つまり、極められるのは普通は一つ。だからステータスプレートにも一つしか表示されない。例外はあるが。


「ステータスプレート? 」

「そうだ、少し待っておれ。」

 クロスケはそう言い残して、洞窟の奥に消えた。朱はシートに座ってのんびりと待った。もし、そのまま洞窟の外に逃げたら、この石像を壊してやるという物騒な事を考えながら。──勿体無いから出来ればしたく無いけどね。


 しばらくすると、一枚の黒い板を持ってくる。

 朱は手渡されたそれは、幾何学模様が彫られた不思議な薄くて軽い石板だった。少し大きめのスマートフォンぐらいの大きさで、取り扱い安い。


「これがステータスプレート? 」

「そうだ。それは冒険者のギルドで身分証代わりに使われとるやつらしいな。」

「何でここに……。」

「ここでヴェリタスに倒され、果てた冒険者の物だ。所有者が居なくなったからリセットされとる。」


 朱は言いかけて、何となく察しがついたので口を噤んだが、クロスケはズケズケと言い放った。

 朱は、遺品を使うってどうよ? と思ったが、誰のかわからないので放置するのも……使ってしまおうと考える。


「えー使い方は、血液を垂らすだけで良いぞ。」

「……。」

 DNA鑑定をしたくなったが、そんなものあるはず無いし持ち主の家族を捜すのも現実的で無い、と割り切った。

 朱はサバイバルナイフで、手に薄っすらと傷をつけてステータスプレートに触れた。

 ステータスプレートはほんのり輝きを帯びて、文字が表示される。


「ヒール。」

 クロスケが唱えると朱の手の傷を淡い光が包み、消えた。朱はアニメや漫画の知識からソレが何かアタリをつける。


「ありがとう。回復魔法? 」

「そうだ。魔法が使える天職だと良いな。見てみろ。」

 朱は期待しつつプレートを見て、文字が──読めた。

「こっちに来たら言葉とかって……。」

「次元超えをしておるから、言語理解と能力上昇に補正が掛かってるのだろう。詳しくは知らんが、次元超えによる負荷が関係しているらしい。」


 朱は言語理解とか親切だと思いつつ読み始めた。クロスケでも知らない事があるという所はあまり気にしていない。



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 名前 : 峰倉 朱

 年齢 : 17歳

 性別 : 女

 天職 : 武器使い(ウェポンマスター)・Lv.1、魔工技士・Lv.1、召喚士・Lv.1

 筋力 : 100

 体力 : 150

 魔力 : 200

 敏捷 : 150

 耐性 : 70

 器用 : 170

 幸運 : 1000

 能力 : 【言語理解】【狙撃 I 】【小太刀 I 】【魔道具開発 I 】【意思疎通 I 】【感知 I 】


 =============================================================



「……。」

 朱は黙り込む。いきなり話が違うではないかと。いや、確かに、何にしても例外はつきものだ。だが、これは流石に無い。


「どうした? 」

「いや、能力の数値って村人とか商人でどれ位? 」

 朱は後回しにした! 別に急ぐ事ではないからだ。ちょっと理解が追いつかない。だから違う所から理解していく。


「ふむ、成人した村人男性でオール100が一般的かの? 」

「へぇ〜。」

 朱は反応が薄い。表示に呆れ返った様な顔をしている。話を逸らしても、やはり気になる。──天職三つって何? ごめん、意味がわからない。


「?」

 朱の様子を不思議に思い、クロスケが側にトコトコと歩いて来て覗き込む。


「「……。」」

 二人揃って固まる。4分33秒ほど洞窟に水滴が滴る音が響き、ボォ〜と言う風でなる音が聞こえた。他には何も聞こえない。ランタンの揺らぎだけが動いている。演奏会でプログラムが一つ終わってしまったでは無いか。


「き、気にするでない。ダブルスと言って二つの天職を持つ超人も居るし、今更一つ増えてもどうってこと無いぞ? ただ、我は見たのが初めてなだけでの?」


 クロスケは心情を詳しくは読めないが、なんだか放っておくと不味そうだと朱のフォローに入ろうとする。ただ、ダブルスで超人ならトリプルスは化け物か? と問い詰めたくなる朱。自分を宥めつつ、別の事を言う。


「ちなみに聞くけど、クロスケって何歳?」

「……詳しくは覚えて無いが、ゼロを九つほど並べた位で数えるのを止めたような?」


「「……。」」

 ──そんだけ生きて、初めてってどうよ?


 結局、朱が落ち込んだまま、再び4分33秒の静寂が始まる。



何かしらのマスコットキャラクターを入れたかったので、クロスケには旅のお供として頑張って欲しいですね。


現金すぎるよアカネさん!

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