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アカネの異世界冒険譚〜異世界転移の代償〜  作者: 龍坊
序章・奇妙なPsIn《サイン》話
1/7

001 とある日常 1

どうも龍坊です。

始めに申し上げておきますと、主人公が変です。拗らせ系女子高生です。

ド素人なので心理描写も曖昧であり、テンポも微妙で尚且つ不自然な所がある

以上の事をご了承下さい。(_ _)気軽に読んでいただけたら幸いです。)


それではどうぞ。

 暗い。




 真っ暗だ。地面も無いし、空も無い。壁も無いし、道も無い。不安だけがそこにある。




 不意に光が私を照らす。




 私は水色のジャージを着てスツールに座り、スポットライトを浴びていた。黄色のライトだ。


 急に重力が発生したような錯覚に囚われる。しかし、浮遊感は消えない。

 椅子もお尻と接しているだけ。周りには──


「君の体験を話してくれるかな? 」


 音が聞こえる。だが、人はいない。目の前にマスクと聴診器とビニールの帽子、そして眼鏡が宙に縦一列で浮いていた。

 上から帽子、マスク、眼鏡、聴診器の順だ。

 音は低かった。低く、柔らかい。年寄りの男の発する音だ。おそらく眼鏡は老眼鏡なのだろう。


 ──話したく無い。


 音にある、話す、というのは、「怖かったね」「そうだね」「もう大丈夫だよ」と返事が返ってくるものだろう。私はわかって欲しくないし、同情して欲しくも無い。


 そんな私の機微を老練な観察眼が汲み取ったらしい。


「そうか、じゃあ無理に話してくれなくてもいい。君が何か声に出したくなったら、君の話を独白すると良い。こちらは質問だけをする、答えるのは自由だ。」

 マスクから音がする。何処か思いやりのある、温かみのある音だった。


 独白、ようは独り言。同情するのでは無く、質問するだけというのは少し好感が持てるか? ……少しからかってみよう。


 ──あなたに、聞いて欲しく無いと言ったら?


「そうか……では他の人を呼んでこよう。」

 変わらぬ調子の音。


 ──そう、そしてあなたは録画するね。


「ハハッ、ばれてしまったか。実の所、別室で君の表情などをモニターする。ただ、それはあまり使いたく無い。それに、そこから君の状態を判断できるほど私は有能ではないよ。……気分を害してしまったかな? 」

 何処からともなく現れた手袋が、帽子を掻く。


 ──いいえ、予想できたことだから、何とも思わない。……質問して良いかな?


「なんだい? 」


──先ほど貴方は“有能ではない”と言ったけれど、そう思えることが寧ろ自信の表れ? それとも強大な自尊心を鎮めるための言葉? 戒めの言葉……?


 帽子が後ろに下がり、マスクが前に来た。そして手袋の人差し指と親指がマスクの下に当てられる。

「……そうだな、私は若い頃、ついつい調子に乗って失敗するタイプの人間だった。学校の先生にも、それが無ければもっと上手くいくのに、と苦笑いされたな。」


 ──褒められると嬉しくなるタイプ?


「そうだな……大概の人は褒められて嬉しいものだと思うのだけれど、私の場合はウキウキしたね。こう、体に活気が出ると言うか。そしてミスをする。……君は褒められた事があるかい? 」

 手袋が下がり、マスクと帽子の位置が戻る。


 ──ある。褒められるのは嬉しいけれど、的はずれな賞賛は嫌。


「例えば? 」


 ──価値観の相違からくるものなのかな?例えば、ある成果を"それ"と呼称する。私にとって、"それ"が出来るのは些細なことで、出来て当たり前だと思っている。

 しかし、"それ"が出来たことを褒められると、褒めた人にとって、私が"それ"を成すことが意外だと思われているようで、下に見られているようで──


「うーん、その人とはもっとコミュニケーションが必要だね。それに、その人には"それ"が出来ないから、尊敬の念を込めて言っているのではないかい? 」


 ──コミュニケーションか。まあ、積極的に関わりを持ちたいと人とそうで無い人がいるしね……尊敬……いや、何処となく見下すようなニュアンスが含まれていたような……それに、"それ"は客観的に見ても大した事ではなかった。お世辞? 嫌味? よくわからない。


「そんなにネガティヴな受け取り方をしなくてもいいだろうに……話を変えよう。知って欲しいのは彼氏かい? 」

 後半はからかうような音だった。少しイラッとしたが、不思議と不快ではない。


 ──彼氏なんかいないよ。まあ、家族かな、知っておいて欲しいのは。でも、幼い頃、うちの親はあんまり関心がなかったみたいだからね。

 ちゃんと会話してくれるし、食事も一緒にとるし、小さい頃は遊びに付き合ってくれた。それでも、何処か違和感があった。

 子供の観察眼や第六感に引っかかったと言うべきか。他人にはわからない。家族の不透明な所。


「それは、誰かが父親や母親の中に潜んでいるような? 」


 ──そうだね。私は一度、母親に聞いてみたんだ。"お母さんの中にいるのは誰? "ってね。

 幼稚園の頃だったから、そんなに考えずに聞いたし、別に大した返事も期待してなかった。


「でも、お母さんは答えたんだね? 」


 ──うん、私には居なくて良かったねって。

 最初に聞いた時は、話に合わせてくれただけだと思っていたのだけれど、大人になるにつれて不思議な感覚がしたんだ。


「どのような? 」

 音は変わらない。しかし帽子とマスクの間が鋭く光ったように見えた。


 ──初めて私が違和感を覚えたのは、中学生の頃かな? みんなと遊ぶ私と、それを冷静に見る私がいるような感覚があった。なんと言うか、喜劇を見ている様なそんな感じ。


 相手がどう思い、どのような反応を見せるか予想を立てて、自分の行動を起こしてみる。そしてその通りになれば良し。ならなくても深刻なことにならない様にしていたから問題無い。ようは、心理学紛いの遊び? 厨二病の一種だろうか?

 これもよくわからない。

 相手が傷つかない、不利益にならない程度に。そして、自分や友達に不都合な事があれば、それを上手く回避しようとする。


「……だが、そこで終わらなかった? 」

 少し重たい音になった。気遣う様な、何かを察した様な、そんな音。


 ──そう、変なのが現れた。

 そいつの雰囲気は両親の中にいた奴と雰囲気が似ていた。

 成長していた私にはハッキリとわかった。危険だ、と。何とも言い難い漠然とした感覚だったけれど、それに身を委ねると全て崩れてしまうような不安があったんだ。

 それで、両親に相談した。


「御両親はなんと? 」


 ──困ったな、私に現れたのか。俺たちは生まれた時からそいつと付き合ってきたから、対処の仕方がわかるが、私は途中からなので大変かもしれない。と。


「ふむ。君はどうしたのかい? 」


 ──両親の助言が一つあって、それは端的に言うと"飼い慣らせ"だった。本当はこんなに突き放す様に言わなかったのだけれど。私はそれに従った。


「具体的には、どのような? 」


 ──始めは不可解な物に主導権を与えないように注意した。一挙手一投足、全て自分が指示を出し、無意識に出来る限り頼らない。例えば走る時。何処に足を運び、踏み込むか。手はどう振り、指先までどうするか。あとは視界のピントを自分で外してみたり、まあ、色々。


「……。」


 ──無意識に対する不信感、と言えばいいのかな? 咄嗟の行動や勘というものや、本能と言うのを信じなかった。

 体に覚えこませる類いに忌避感があった。だから、この動きをするには、どう踏み込み、何処の筋肉を意識するか、どのような力加減で。

 そんな風に、ほとんどマニュアルだった。手放すと、何か取り返しのつかない事をするんじゃないかってオドオドしていた。


「なるほど、では寝る時は? 」


 ──寝る時は……夢の中でストレスを発散させていたかな。効果はわからないけど、特に事を起こさなかったのだから、まあまあ、あったと思う。

 何かあっても、両親が対処してくれたのかも知れないけれど。


「夢の内容は? 」


 ──言いたく無い。


「そうかストレスは夢の中に、か。それからはどうしたんだい? 」


 ──勿論、そんなことは長くは続かないし、する気も無かったし、そこまで忌避する必要も無かったと思い至った。だから徐々に暴れ出さない程度に、無意識を使い始める方向へ切り替えていったんだ。

 そして、今では結構頼ってる。初めに現れた頃と比べると、落ち着いたと思う。

 行動を阻害する癖のようなものを無くし、無意識の動作と意識した動作を一つの統一したイメージのもとに行う。まあ、こんなに大層な言葉で表すほどの事では無いかもしれないけど。


 正直、自分は途轍もなく不器用なんじゃないかと考えている。



「よくわかった。ありがとう。今日はここまでにしようか。」


 ──あ、最後に一つ。


「何かな?」

 宙に浮いた道具の列が傾いた。


 ──今迄の中に嘘があります。さて、どれでしょう?


 マスクから少し苦笑いしたような音を発し、世界が暗転した。


  ※


「この中に嘘がある、と言うのが嘘。」

 私こと、峰倉 あかねは水色のジャージ上下の姿で、ベッドの上で横になっているまま答えを呟く。

「ふう。」

 私は"VRnavi."を頭から外して、湿った溜息を吐いた。

 今は午後6時。もうすぐ夕食の時間だ。

 エアコンは適温に設定しており、静かに外界の冷気を払っていた。


「このソフト、相手は良かったけど設定が全然駄目。」


 そう、先程の空間はVR、仮想現実と呼ばれるもの。外部の情報を遮断させた人間の脳に仮初めの情報を与え、無いものをあるように錯覚させることで存在する世界。

 そして、その世界を実現しているのが手元にある機械、VRnavi.。それは紺色で表面が何故かマット調の、フルフェイスのヘルメットを弄ってスマートに軽量化したような、頭を覆うような形をしていた。


「お父さんが新しくソフトを開発したから見てくれって頼まれたけど……」


 はっきり言って、ツッコミ所が多過ぎる。

 まず何?あの不安を煽るような演出。メンタルケアの類いだって聞いたけど、聞き間違えたかな?それに出てくる人が完全な人では駄目なの?対人恐怖症への対策のつもりか?

 医者に相談してるっていうていで対話する形式のは否定しないけど、それで売れるか?

 医者よりもっとハードルの低い、そうだな…田舎の優しそうな聞き上手なおじいちゃん辺りで良くない?


 うーん、診療所を訪ねる人になりきってみたが、機械相手でも恥ずかしくなって、意地悪してしまったし、要改良。比較的図太い私でこれだから、繊細な人は羞恥心でまず無理。

 そんなことを悶々としていると、ご飯の声がかかった。


 私はのそりとベッドから起き上がり、自分の部屋を出て階段をトントントンと降りていく。

 向かうはリビングだ。


 私は父と母の3人家族。

 峰倉家の大黒柱、峰倉 たかしは、某有名VR企業の社長兼、VRゲームクリエーター兼、ゲームオタク。

 そしてその妻、峰倉 希子のりこは秘書兼、主婦兼、ゲームオタク。

 会社は…まあ、規模は任大堂にんたいどうには負けるが、独特な世界観で多くのファンを獲得しているらしい。私には甚だ疑問だが。


 私は黒い瞳の少し鋭い目にショートボブの黒髪で、身長は160㎝くらい。公立高校に通う学生で、顔は……普通なのか?まあ、普通であって欲しい。あんまり自分に関心が無いと言うか、最低限の身嗜み以外どうでも良いよね。社会に出ても、人を不快にしない服装なら通るだろうし。


 そんなこんなでリビングのドアの前に着いた。

 この家は、広い。と言ってもブラジルの豪邸みたいに敷地面積がUS○何個分、というわけでは無い。三人で住んでいるが、5LDKで居室の一つ一つがゆったりとした広さを持ってるくらいだ。……言っててアレだが、自分は十分だと思う。寝室二つは良いとして、仕事部屋三つは多過ぎだ。


 リビングのドアを開けると、黒い髪を持つ、いい歳した大人が両手を上げて飛び出して来た。


「朱ー! 」


 私は慌てることなく片脚を上げ、脚の裏を相手の腹に押し付け、膝を柔軟に使い、勢いを殺した。襲撃してきた人が手を伸ばしてきたので、ガッシリと手を組み、ギリギリと対抗する。


「抱き付こうとして、抵抗する反応を楽しむの止めようか、お父さん。」


 そう、リビングから緑のTシャツにカーゴパンツ姿で飛び出して来た阿呆は、一家の大黒柱である峰倉 孝。

 今言った様な事もあり、残念社長である。ジムのトレーナーが友人にいるらしく、無駄に体が筋肉質な社長でもある。


 変な相談をしてからというもの、こういうところが結構オープンになった気がする。

 初めは、家族の知らなかった一面を見れて良かった。という思いが強かったが、今では世の中には知らない方がしあわせな事もあると学んでいる。


 孝は社長。社長とは普通の人や一般人と比べると、ある意味特異なのかもしれない。しかし、だ。孝は正常の対義語としての意味の異常でもあった。


 その一つが、人を思い通りに動かしたり困らせたりするのが大好きだ、というもので……私は幼い頃、友達を少しからかったりしたぐらいだが、孝は企業規模でそれをしている。


 例えば、ふらっと開発部に顔を出したかと思ったら、突然新人社員に軽くリクエストして社員の反応を見る。社員は社長からのリクエストに面食らうだろう。そしてそれに関連した企画を済し崩し的に任せる。最低だ。


 孝はもしも新人が企画を落とした場合を想定して、自分も企画を脳内で考えおく。そんな余裕があるのかと突っ込んでも無駄だ。兎に角、新人が失敗した時はそれを出して修正する。勿論、社員の精神面のフォローも忘れない。これで社員受けが良くなったりするが、その時はマッチポンプも甚だしい。


 ただ、孝のたちが悪いのは、有能な新人社員を見極める目と新人を利用した脳の活性化である。


 孝が頼んだ社員は、幸か不幸か、結果としてそれが出来る、出来てしまう。そして孝は自分の用意した、使わなかったアイデアを違う所で応用していくのだ。

 社長の仕事をしながら、クリエーターとしてのアイデアを創る。そんな器用な事をどうしたらできるのか、孝曰く、"好きな事が関わってくると、仕事は捗るよなぁ。"だそうだ。有能な社員の皆様、父が大変なご迷惑を……


 だが、会社は凄まじい。人を思い通りに動かす事が経営などに結びつき、困らせることストレスで程よい緊張感が会社を支える。

 孝のした事が全てプラスに働く。いや、それすらも計算の内かもしれない。

 アブノーマルな人種が成功した一つの例、それが峰倉 孝その人である。


「あなた、朱とスキンシップをとるのは良いのだけれど、ご飯が冷めてしまいますわ。」


 リビングからそんな声が聞こえた。

 リビングにいるのは峰倉 希子。白いブラウスと白くゆったりとした膝下ぐらいの長さのスカートが映える、ロングの黒髪を持つ女性である。希子はテーブルの自分の席に着いて、私達二人を微笑ましそうに眺めていた。


「いや〜、朱が可愛くて可愛くて。」

「ごめん、お父さんの可愛いっていうのは意味がずれてると思う。全然嬉しく無い。」

「そんなっ! 」

「ハイハイ。あなた、朱、ご飯にしますよ。」


 親バカ全開の孝を朱がサラリと辛辣に返し、孝がショックを受けた様な顔をする。その二人を軽く制止して席へ促す希子。


 峰倉 希子は完璧超人。完璧に魅了された人。

 秘書の仕事も主婦の用事もゲームのリサーチも全て完璧にこなす。しかしそれだけに留まらず、秘書はこうである、主婦はこうである、等の理想までも体現する。劇団三季に入っても主役が取れるのでは? と思う程だ。

 家庭では優しく、仕事場では事務的に。


 ただ、そうすると、相手との関係を壊したくなる様な母の感情もちょっと聞いてみたくなったりするが……今までも、そしてこれからも来ないだろうなぁ。


一応、理想の主婦は夫に、悩みや思っていることや本音を素直に打ち明け、相談する。となっているらしいが、あくまで家族関係等を壊さない範囲だからどうしようもない。



 孝は何をしたら家族は幸せで居られるか、どうしたらマンネリ化せずに居られるかを考える事にも生き甲斐を感じ、希子はそんな孝に協力して、退屈になら無い様に、且つ今まで通り完璧に主婦を務める。


 二人が共通しているのは、父は外側へ、母は内側へ支配欲があるのだろうか? 母は自分を律する、という意味での支配だと思うのだが……。

 私は心理学者でもカウンセラーでもないからさっぱりだ。

 ただ一つ言えることは、二人の今があるのは内にいる怪物とうまく付き合った結果であるということだけだ。


 あれ? それを除けば結構幸せな家庭なんじゃ? ……うん、とりあえず考えるのは止めてご飯を食べよう。


 家族団欒の食事が始まる。


「朱。あのソフトはどうだった? 」

「お父さん、あれってアイデアが出なかったから私にぶつけて様子を見たんでしょう? 」

「ばれたか。」

「ばれたのも予想通りの癖に、今の反応も楽しんでるよね? 」

「流石私の娘だ。」

「話を逸せてないからね⁈ 」


 朱は向かって左の孝から話しかけられた。

 孝は終始ニコニコ……いや、ニヤニヤしていた。朱はジト目でそれを見る。

 お互いにそんなモーションをかけて、場を盛り上げる。いつものことだった。


「そう言えば、朱は明日から学校ね? 」

「そうだよ、明日が始業式。高3の1学期だから気が重たいよ。でも──」

「大丈夫、俺達の娘だ。自分を信じて堂々としておけば良いんだよ。」

「ちょっとお父さんは黙ろうか。──クラスのみんなと会うのが楽しみだよ。」

「そう、今日は早く寝なさいよ。」

「はーい。」


 希子が話題を変えて、朱が答える。

 懲りない孝が親バカ発言したのを朱が一蹴してから、希子に話の続きをする。

 孝が撃沈した様子を見せるが無視である。


 私は食べ終えて、食器を片付けると自分の部屋に戻った。ドアを閉めて、ベッドに仰向けに寝転がる。

 なんだかんだ言って、家族との会話は楽しい。あの二人がどのような経緯で結婚したのかは大変気になるが、触れてはいけないような気がするので聞いてない。しかし、こうして私が生まれて来ているのだから、あの二人からして、"仕方なく"というのは考えにくい。


 ……まあ、いいや。明日は、始業式だけだから持っていくのは鞄だけか。ならゲームでもして、風呂が空くのを待つか。一番風呂は大黒柱、まあ、一番頑張っているのだし? さっきのやり取りを見てたら到底そうとは思えないけどね。


 私はVRnavi.を頭に被り、ベッドでしっかり横になる。


「コネクト。」

 視界が黒く染まり、私は仮想世界にダイブする。



 ──────────────────────────────────────────────



 パパパパパパパパパッ

 チュンッチュンッチュンッ

 ボンッボゴンッ


 アサルトライフルの曳光弾。

 オブジェクトに弾丸が当たる音。

 手榴弾の爆発音。


 峰倉 朱は灰緑の迷彩がプリントされた戦闘服に身を包み、今、戦場にいる。


 と言っても偽物なのだけれど。ここは有名なミリタリーゲームソフトの一つ。先にやっていたオフラインのソフトと違い、これは大規模多人数同時参加型オンラインRPG。所謂MMORPG。


 昔はVRが前についていたが、VRnavi.が全世帯に普及した昨今では、普通にMMORPGと言えばVRMMORPGのことである。


 因みに、私の戦闘スタイルはスナイパー。

 待っているのが私の(しょう)に合っていたらしい。まあ、寝転がっているのが楽だというのもあるが。


『ひえー! シナ〜! 助けてー‼︎ 』

 悲痛な叫びが無線から聞こえる。さっきから聞こえているオブジェクトに弾丸が当たる音は、そこから聞こえていた。

 私は崖の上からライフルを伏射の姿勢で構え、その様子をスコープで見ていた。眼下には鬱蒼としたジャングル。


 対する朱の返事は、

「災難だったねー。まさかプレイヤー・キルチームと鉢合わせるなんてねー。」

 棒読みである。


『全然緊張感がないぜぃ⁈ シナちゃんよぉ‼︎ 』

『まあ、良かったんじゃない? シナの持ってるライフルが一番高いんだし。』

『そうだよ! シナは見つからない内にさっさと街に帰ってください! ドロップの対象になったり壊れたりしたら洒落にならないから‼︎ 』

「うん。今回は運が悪かった、ということで後は3人に任せていい? 」

『『『勿論。』』』

「じゃ、健闘を祈る。間に合うなら、ライフル置いて援護に戻ってくるから。」

『『『イエス・マム! 』』』

 綺麗に揃っていて、思わず苦笑した。


 一緒に潜っている三人は、クラスメイトである。

 始めに叫んで、その後口調がおっさんに変化へんげしたのは下神美鈴しもがみみすず

 次に、ライフルが高いと言ったのは光橋みつはし怜那れな

 そして最後の快活なしゃべりは小屋敷こやしき陽菜はるな

 見事なレディースチーム。チーム名は「スコッピオ」である。そしてリーダーは朱。何故なら、みんなを誘ってチームを創ったのが朱だから。


 朱は苦笑しつつ、テキパキとライフルを片付けていく。

 片付けが終わり、ベルトを肩に掛けて運ぼうとした時、朱のアバターの眉がピクリと動く。


 朱は腰のベルトの左側に挟んでいたコンバットナイフを素早く右手で抜き、振り返らずにそのまま右後方の草叢へ投擲した。

 ライフルを運ぶための筋力と、素早く移動するための敏捷性が上げられたステータスで補正されたナイフは、弓矢の如く飛んでいく。


 狙われて焦った男は回避を試み、茂みから出る。しかし、いつの間にか振り返った朱が、振り向きざまに腰から抜いた自動拳銃を相手の回避するであろう位置に発砲。

 相手は胸を貫かれて呆気なく戦闘不能になった。


「うーん、ソロとは珍しい。」


 襲ってきた相手はソロプレイヤー、一人でゲームをするのが好きな人達、もしくは一人でしかできない人達。

 ミリタリ系のゲームは力量に大きな差が無い限り、チームで動いた方が有利だと思うのだけれど、この人はチームに入らず一人だった。


「ま、ドロップしたアイテムは重量オーバーで持てないし、早い事行って来ますか。」


 朱は街に向かって走り出した。


  ※


「ごめんね〜シナ〜。踏ん張れなかったよう。」

「大した損害が無かったんだし、そんなに落ち込むことないよ、ベル。こっちこそ間に合わなくてごめん。」

「そう言うシナも謝る必要ないよ。」

「そうそう! あれは不幸な事故だった、ってね! 」


 チーム「スコッピオ」は、皆同じ服で身を包み、中立地帯と呼ばれる安全なエリアのカフェで寛いでいた。

 カフェの客の注目を浴びているが、慣れているようで気にするそぶりはない。


 注目を集める理由は簡単。女性プレイヤー×美人アバターが四人も揃っているから。


 アバターはお金と引き換えにプレイヤー同士で交換する者もいるが、普通は初めに自動生成されたものをそのまま使う。しかしそれが、美人と呼べるのがこれまた出難い事。


 そんなバランスのおかしなシステムには色々な噂がある。

 特にまことしやかに囁かれている事、それは美人係数というものがあるのでは、というものだ。


 フルフェイスであるVRnavi.が、顔のバランス等スキャンして数値化。それで美人かどうか判定して、綺麗な顔が出やすい様にしてるとか。

 美人イコールプライドが高いとでも思っていて、参加人数を増やすための措置だとかなんとか。


 これは、否定もできなければ肯定もできない。大体、このソフトをプレイしてる人の中で美人とリア友である人が何人いるか? と聞かれると答えはしれてるし、確かめることができないだろうね。金で雇って実験するような、酔狂な者が出ない限りは。


「あ、メッセージ。風呂の順番が来たみたい。」

「お、シナは落ちるのか。」

「うん。」

「そっか、じゃあ、また明日。」

「またね〜。」


 朱は姿勢を正して、三人を順にみる。そして微笑みかけた。


「ベル、レイ、ハル。今日はありがとう。とっても楽しかった。」

「照れくさいなぁ。もう……」

「……シナは何というか……」

「くはっ、おとこまえ。」


 それぞれベルと呼ばれた美鈴、レイと呼ばれた玲那、ハルと呼ばれた陽菜はほんのり頬を染め、照れ臭そうに笑った。

 因みにアバター名の由来はそれぞれ、朱は朱色の呼び方にシナバーというのがあってそこから。美鈴は、そのまんま、鳴り響くベルである。怜那は光橋の光、光線と怜の音読みをかけてレイ。陽菜は……捻りがなく素直である。ハルハルと呼んでも良いらしい。


「カット。」


 カフェの風景が崩れ去り、私は仮想世界を離脱した。


「ふう。」

 毎回、運動していないけど、終わったあとは体温が少し上昇している。


「よし、風呂だ。」

 私は起き上がり、着替えを持って一階の風呂場に向かった。

 脱衣所でジャージと下着を脱ぎ、タオルを持って風呂への扉を開けようとして、少し考える。

 私は考えた末、タオルをもう一枚とりだし洗面所で濡らして細長くし、結ぶ要領でボールを作る。

 そして扉を開けた。


「やあ、朱。一緒にがふっぅっ⁈‼︎ 」


 湯船に浸かっている変態に、ズッシリ重いタオルボールを大きく振りかぶって全力投球。顔面にクリーンヒットである。

 轟沈している糞野郎を風呂から脚を持って引きづり出し、脱衣所にポイッと放置する。


「お母さん、折檻よろしく。」

 私は返事を待たずに風呂へ戻った。上手く服を隠していたみたいだが、甘いというかウザいというか、一回シメてみようか? わざわざ母と風呂に入る順番を変える辺り、無駄に熱心な変態である。


 頭洗って体洗って湯船に浸かり、ぽへぇ〜っとした顔で天井を眺める。

 広い家には広い風呂。これまた三人で一緒に入っても、ゆとりがあり過ぎる。無論、父とはもう入りたくないが。

 気持ち良くて、少しうつらうつらしていると──


 ジジッ

 ノイズのような、変な音が聞こえ、これまた不可思議な情景が次々と浮かんでは消える。


 ──でかいトカゲ?ドラゴン? 場所は火山かな?

 ──煉瓦造りの綺麗な城。そのバルコニーから手を振るのは、王様?

 ──打って変わって、マントを羽織った……鬼? いや、もっと知性的な……。

 ──ウサ耳が生えた少女?


 そこで意識が覚醒した。


「……ゲームのやり過ぎかな? 疲れてるんだろうなぁ。」


 そんなことを口にしつつ風呂から上がり、髪を乾かして体を拭き、ペンギンのフード付き寝間着に着替えた後、両親におやすみを言って布団に入った。


 余談であるが、動物のフード付き寝間着を着るのは昔流行ったアニメ、S.E.L.レインを朱が気に入っているからである。

 略すと感情教育関係の用語と同じ綴りになる事には驚いたが、アニメの連続した試験的な方のS.E.L.である。誤解のない様に。


 こうして、春休み最後の一日が終わった。


 ────────────────────────────────────────────────


 峰倉家の朝は早い。

 しかし、家で仕事を済ませる事ができる環境が整い、会社に行く日が週3であるこの頃を思えば、早く起きる必要は無い。


 だが、家族の体を気遣う完璧超人は早寝早起きを実践させる。

 孝はジョギングに出かけ、希子は朝食の準備をする。朱は普段、持ち物の確認をするのだが、今日は始業式。特に要る物はない。だからラジオ体操でもしておいた。


 そして朝食を食べ、制服に着替えて余裕を持って登校する。学校指定の、紺の円柱を横にした形状のスクールバッグは忘れない。


峰倉家は閑静な高級住宅地に居を構える。

街路樹はツツジなどの低木と、ケヤキなどの高木を組み合わせて綺麗に整備されていた。


日差しは暖かいが、まだ少し空気が冷たい通学路を朱は一人で歩く。


「おっはよーう。」

「おはよう。」

「おはよっ‼︎ 」

 美鈴と怜那と陽菜に途中で出会った。


 ついでではあるが朱の通う高校、泉英高校の制服について。

 泉英高校は由緒正しき公立高校である。校訓は自由・尊重・躍進。時代によって解釈は様々であるが、公立にしては少々……否、大分自由な所がある、あり過ぎる高校だった。

 マナーを守れば大体の事はNOと言わない、生徒一人一人が将来に向かってのびのびと過ごすことができる、そんな所だった。


 そして本題の制服と言えば、男女共通する黒のブレザーに紺と白い線が入ったネクタイがあり、男子は黒のズボン、女子は黒に紺や白や灰色が加わったチェックのスカートをはく。靴は特に指定は無いが、あまり派手な色を選ぶ者は居ない。


 今の朱達は、春の暖かい日差しが感じられる季節になったため、ブレザーは着ずに学校指定のカーディガンを着ていた。そして、スカートは膝の少し上くらいの長さで靴下は黒のニーソックスを履いていた。


 黒を地味な色と捉えるか、気品を際立たせる色と捉えるかは人それぞれである。


「おはよう。今日からよろしく。」

 私達四人は歩きながら、離任式で誰が〜着任式で誰が〜等の話をした。そして不意に美鈴が言う。


「ところで、アレ持ってきた? 」

「うん。」

「モチロン。」

「あ、私は部室のやつを使う。」


 答えた順は怜那、陽菜、朱。アレというのはVRnavi.の事。

 朱の部室という言葉。実は四人はVR研究部という名のお遊び部に入っていて。これまた朱が部長。

 一年の頃から好き勝手していて、──勿論先輩も好き勝手していたが、朱達は規模が違った。──部室専用のサーバーがあるほどだ。そしてVRnavi.は幾つか常備。


 正直に言うと、放課後は部員全員でゲームしまくりであり、もっと正直に言うとVRnavi.が普及率100%を誇る現在の日本では実質、在校生全員がVR研究部の部員である‼︎

 部費の割合ですらいつの間にか総予算の30%以上に膨らみ、さらに他の部費もVR研究部に引っ張られるように、他の一般校の部費より桁が二つぐらい違うのではなかろうか。運動不足が懸念される。


 元々自由な気質の学校であり、VRの研究を大々的に掲げる他の高校や大学もある事から、なるべくしてなったとも言える。ただ、それまで主導する人が居なかっただけで。


 そんな大改革が継続している高校、泉英高校は今日、始業式を迎える。


 四人が正門を通ると、周囲がざわめく。

 運動部の朝練をしている人達も動きを止めて、四人を見る。変な空気が漂うも、四人は気にしない。いや、朱は気づいていないのか。


 少し前に、美人係数なる与太話が出てきたが、ここに信憑性を高める証拠がある事を朱達…いや、朱は知らない。


 さて、ここからはファンクラブ談。

 まず、朱。

 身長は160㎝後半で、黒髪のショートボブ。凛々しい顔立ちのクールビューティー。しかし、本人は自覚無しのマイペース。それもまた良し。頭を踏まれたい人多数。罵られたい人多数。そして、さり気なく小さな可愛いペンギンの、ぬいぐるみストラップが鞄に付けてあるギャップも素晴らしい。


 次に美鈴。

 身長は160㎝前半で、茶毛ちゃげのウェーブがかかったセミロング。いつもはオヤジ臭い事多し、しかし時折見せる美少女の顔とのギャップで会員は一様にノックアウト。そして手首に付けてあるミサンガは何があるのか大変気になる。


 そして怜那。

 身長は170㎝前半で、黒髪のロングに一部三つ編み。巨乳のお姉さんタイプ。優しい。嫁に欲しい。別の組織クラブが存在するという噂あり。妹に買ってもらった腕時計を肌身離さずしている姿は正に理想の姉。


 最後は陽菜。

 身長は150㎝前半。明るく天真爛漫。頭にリボンをしているのがチャームポイント。金髪の一房長い所を残したベリーショートの髪型を持つ小動物系で、ペッタン。今後に期待。

 騎士ナイト希望者多数。


 蛇足であるが、美人の不思議の一つに何故か・・・頭の上の方の髪が一房跳ねている。それも四人全員だったりする。美人特有の癖毛だろうか?


 等々、ファンクラブの方は放っておくといつまでも喋り続けるので、端折はしょってお帰りいただこう。

 とまあ、泉英高校四大美女の紹介はこれくらいで。


「やあ、お嬢様方。おはよう。」


 そんな、凡夫が近づいたら光で掻き消されそうな集団に、勇猛果敢に声をかける男がいた! その生徒の名は神沢かんざわ 建介けんすけ


 えー今度は別のファンクラブから。


 神沢建介は170㎝後半。イケメン。超イケメン。王子様。一部では、プライドが高くて残念イケメンだが、それもまた良し。という意見や、お姉様と結ばれるなら全力で応援します。という、よく分からない声が出たそうな。あと、何故か赤毛。制服はワイシャツにそのままブレザーを着ていた。


 さ、ファンの人にはお帰り頂こう。


「おはよう。」

「おっはー。」

「神沢くん、おはようございます。」

「おはよっ!」


 普通の女子なら卒倒しそうなイケメンの微笑みに対し、朱はブレない、美鈴もブレない、怜那もブレない、陽菜もブレない。ブレたのは建介の自信だけ。イケメンスマイルにヒビが入る。


「歩きながら話そう。クラスは一緒だから・・・・・・・・・。」

 落ち込んだ建介は促されるままだ。落ち着いた透き通るような朱の声で、野次馬の何人かはクラッと来た様だが揃ってスルーである。


 さて、一つ確認しておこう、泉英高校はクラス替えがある。しかし、朱の中では四人共同じだと確信している。それは何故か?


 先程の話で、学校全体に多大な影響を及ぼしていることから、クラスメイトの何人かを誘導するなんて造作もない事。


 と、思った人は残念。実は3年になると進学先に合わせて、学習カリキュラムが組まれる。そして朱と他の四人はVRシステム工学等のプログラミング関係に進む事が共通しているだけなのだ。第一、朱は自分に関心が無く、どういう立場にいるのか理解していないのだから、特に動く事はない。


 単純に、同じ様な授業を受ける人が同じクラスだと、学校生活も上手く回るだろうという配慮だろう。ただ、この場合に限っては、お近付きになりたい多くの生徒が血の涙を流す事だろうに。ある意味トラブルメーカーを集めたクラス、と言えなくもない。


 校舎に入ると廊下にレッドカーペットが敷かれたような錯覚を覚える。五人がいる所だけ明らかに異質。

 大多数の生徒は隅に避け、一部の生徒ファンは通った後にそれとなく跪く。怖い。


 階段を上って三階にある教室に入り、それぞれ席に着く。五十音順であるため、朱と怜那以外は席が遠い。しかし、そこは友達。荷物だけ置いてさっさと集まる。この時に形成される不可視の結界は、男子が踏み込めない領域。


 それでも、そんな時に往々として現れるのは鈍感、誠実、社交的の三拍子が揃ったバリアブレイカー。


「おーす、峰倉さん、下神さん、光橋さん、小屋敷さん、おはよう。」


 その名は 緒方雄希おがたゆうき

 茶髪スポーツ刈りの好青年である。緒方も、神沢がいるから霞んで見えるが、男らしい十分なイケメンである。こちらはブレザーを着ずに、ワイシャツとカーディガンだった。


「おはよう。」

「おっはー。」

「おはようございます。」

「おはよっ! 」


 そんな彼に、普通に返す。それに軽く手を振りながら五人のもとまでやって来る。

 そして下神が緒方に話しかけた。下神と緒方は気が合うらしい。


「緒方〜。朝の筋トレ何した〜? 」

「おう、今日は腹筋背筋腕立てを100ずつ、体幹は10×6セットだな。」

 下神が少し呆れた顔をした。

「あんた、朝っぱらからよくそんなにできるね。」

「まあ、慣れだよ慣れ。これでも体に気ぃ使ってんだぜ? 俺はスポーツ推薦で行くからな。入ってすぐに体壊すなんて馬鹿はしねーよ。」

「そっか、まあ体は大事にね。」

「おう。」


 そして緒方は別のグループに話しかけて行った。緒方の体には妬みの視線の矢が嵐の様に向かっていたが、鉄壁で鈍感な奴には通用しなかったようだ。


 教室には朝が早いにもかかわらず、多くの生徒が座っていた。

 これでみんな勉強していたならば、始業式でも流石3年生、と褒める事が出来ただろう。しかし、その多くは……四人と同じ空間いたい、というなんとも言えない動機で動いていた。頭痛がして来る。


 朱達はいつもと変わらず談笑していると、そこに一つの女子グループが近づいてきた。それも、大奥か、とツッコミたくなるほどの二等辺三角の陣形で。

 机があるのに、御苦労な事である。


 頂点にいるのは白根澤しらねざわ圭子けいこ。黒髪セミロングを、横でシュシュを使って束ねていた。朱達四人の次くらいに美人な女生徒である。

 まあ、ドラマとかでよく見かけそうなプライドが高いお嬢様。自分よりスペックが低いと判断した女子を取り込んで群れるタイプの容姿である。


「おはよう。峰倉さん、下神さん、光橋さん、小屋敷さん、神沢くん。」

「「「「「おはよう。」」」」」


 朱は普段通りだが他の四人は素っ気ない。四人は知っている。白根澤は朱の事が気に入らない事を。


 ただし、それは妬みではない。自分のスペックに気づかず、有効活用していない朱にイライラしているのだ。

 やろうと思えば、ぶっちぎりで生徒会長に選ばれるのに、学校を動かすことができるのに、朱はしない。

 自分だったらより良い学校生活の為に力を尽くすのに、と、ジワジワそれとなく言っていた。そして、白根澤は生徒会長。


「峰倉さん。今日の放課後もアレをするの? もっとする事はないの? 」


 今回の白根澤は結構ストレートだった。始業式、新しい学年の始まりというのもあり、思い切って発言した様だ。

 アレというのは勿論、MMORPG。因みに、文化祭では自由参加もやったりする。その時の運営の驚き様は推して知るべし。なんせ真昼間のログイン数が半端ない事になるから。


 それはさておき、朱の返事はというと。

「え? みんなで楽しく過ごす以外に、放課後でする事? 何があったかな? 」

 はい、この通り。勉強すら出てこない朱は孝の企業に就職する気満々である。


 白根澤は少し辟易したように、

「……まあ、いいわ。」

 そう言って去っていった。神沢は少し拍子抜けした様な顔をしていた。

 神沢は自分のプライドの高さを知らないが、何と無く白根澤の方がお高いの様な、そんなことを漠然と感じていたのだ。

 しかし、アッサリ引き下がった。そこに拍子抜けしたのだ。これは神沢が、白根澤は朱を妬んでばかりいるという認識の間違いから来ていた。他の三人は薄々、白根澤が朱の隠れファンではないかと疑っていたがそれはまた別の機会に。


 朱は視線を四人に戻そうとして、一人の生徒が目に止まった。


「あ、翔太。おはよう。」


 翔太と呼ばれた男子生徒は、ビクッと体を震わせ、こちらを見る。


  石和いさわ翔太しょうた

 身長150前半。黒髪のストレートで長さが顔を半分隠すくらい。

 気弱ではあるが、根暗ではない。髪型の所為でそう感じるが、散髪したらインテリで賢そうな顔立ちが現れる、そんな雰囲気。制服はワイシャツにカーディガンにブレザーで、寝不足によって体温調節が狂った様な感じだった。

 そして朱の幼馴染、もとい腐れ縁。


 先程の反応からわかる様に、いじめられっ子気質。それが人気の女子グループのメンバーと幼馴染。

 はっきり言って、登校してる度胸を称賛しよう。


「あ、あか…峰倉さん。お、おはよう。」

 無言の圧力を敏感に感じ取るのは流石である。

 馴れ馴れしく(事実親しいのだが)朱、朱ちゃんなどと呼ぶんじゃねぇ。みたいなオーラが、一部の生徒ファンを筆頭に湧き上がっていた。

 そして一部は、下の名前で呼んでもらえない事実に涙を光らせる。


 朱の他の四人もそれぞれ挨拶し、結界の中に引き入れる。因みに、神沢はメチャクチャ頑張って結界を無効化していたが、女子の会話についていくのは難しいだろう。


 神沢はプライドは高いが見下さない。石和が朱の幼馴染である事が関係してないと断言出来ないが、基本的に人には優しくする。たまーに正義感が暴走したりするのは困りものだけれど。


「翔太。アレの準備は出来てる?」

「うん、ちゃんと練習場も予約してるし、いつでもいけるよ。」


 石和もVR研究部の主要メンバーである。半ば済し崩しに強制入部だった様な気もするが、この際置いておこう。

 まあ、石和は一言で言うなら電子機器マニア。部室のサーバーは彼が管理しているし、結構役に立つ人材である。


 そんな石和は虐められていない。虐めて憂さ晴らしなどというバカバカしいことをすると、ばれて自身の株が大暴落となり、ハイリスクノーリターンの恐れが十分ある。


 むしろ仲良くしてあわよくば朱達と、という者が大半である。静かに暮らしたい石和としては放っておいて欲しいと思うが。



 さて、一見、反発する勢力は居ないように思える。しかし、ここでも往々にして馬鹿をやらかす奴等が一定数でてくるのである。特にピカピカの一年生とか。まあ、それは追い追い。


 しばらく話していると、担任がやってきた。

 いまからホームルームに入り、終わると体育館に移動して始業式を行う。それが終わると掃除。

 それら全てを片付けると放課後に突入する。


「えー今からホームルームを始めます。白根澤さん、号令を。」

「起立、礼。」

 椅子ががたがたと軽く音を立てる。

「「「お願いします。」」」

「着席。」

 音が鳴り止み、少し間を取ってから担任が言った。

「まず、転校生が来たので紹介したいと思います。では、入って下さい。」


 予想外の出来事に、皆騒然とする。

 3年生のこの時期に?

 えー、この学校のヒエラルキーを教えるの面倒くせぇ。みたいな声がチラホラ聞こえたが気のせいだ。

 扉が音を立てて開く。


「「「………。」」」


 皆が思った。


 うわぁ、すげぇ馬鹿っぽい。と。







お読みいただきありがとうございます。


孝の会社経営についてツッコムのは、勘弁してくださいお願いします。

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