散策ごっこ
「全く何なんだ!あいつは、私を何だと思ってるんだ!」
お気に入りの服に着替えても怒りが収まらない。
鬱憤を晴らすように美しい木目の壁を叩き蹴る。僅かに全体が揺れて、窓際の棚の上に飾られていた薄い青の花瓶がゆっくりと落ちて、割れた。
鋭い音と共に硝子の破片が床に散らばる。
「あ………。」
床の敷物に染み込む水を見て、怒りよりも先に現状打破の思いが優先された。
硝子の破片を一つ一つ拾い集める。
掌の硝子に窓から差し込む朝日が当たり、瑠璃色に輝く。一瞬だけ見惚れたその所為で、するりと掌を切ってしまった。
「いっつぅ………っ!」
鋭い痛みを感じるも、それはすぐに消えてしまう。そこまで深い傷ではないので、数分後には綺麗さっぱり消えてしまうだろう。
舌打ちしつつもガルムの部屋のドアを開ける。
透き通るような白髪を持つ私よりもやや身長が高い少女が、ガルムと談笑していた。
私の前では見せた事のない笑顔を、彼は見せていた。
「午後の授業、手を抜いたら容赦しないんだから。」
「ん、アンタも本気出してくれよ?」
「はぁ?キミ如きに私が本気を出すとでも?それに、歳上には敬語を使いなさい!」
仏頂面で機嫌悪そうに会話していた少女は、ふっと微笑むとクルリと背を向けて、部屋を出て行った。
その横顔には確かに見覚えがあった。
あの時すれ違った時は、丸メガネをかけていたが今は外して凛とした光を持つ瞳が印象的だ。
「あ、サリア、準備はできたか?」
「…………今のは誰だ?」
やっと私に気づいたのか、ガルムは何時ものように笑って問いかける。
私に向ける笑顔は、先程の少女に向けた笑顔とは違っていた。
ガルムへ問い掛けた声が震えて、目頭の辺りが熱くなっているのが自分でもはっきりと分かる。
込み上げてくる感情が何か、自分でも理解できない。
「ん?誰って、剣の師匠だよ。あの人は『受け』の剣をおしえてくれるんだ。」
本当に、ただの師匠なのか。
疑う事しか出来ない私がいる事に、初めて気づいた。
「やっほ。どう?調子は」
「………何しに来たんだ。」
ステンドグラスを通して、綺麗な光が慈愛の笑みを浮かべた聖母の像を照らす。
堕聖樹を崇め奉るように作られた教会にアルスは居た。
同じような表紙の聖書をいくつも重ね、教会から出ようとしたところで鉢合わせたのだ。
「散策してたら、この教会見つけてさ。入ってみたらお前が出てくるところだったんだ。」
「………じゃ、今すぐ出てってくれ。これから図書館にこれを置きに行くんだよ。」
「まぁまぁ、そう言わずに」
アルスが抱えている聖書をガルムと分担して持ち、言葉を待たずに図書館へと向かう。
「ちょっ!」
慌てて追ってくるアルスに捕まらないように全速力で走って、魔法陣が刻み込まれた壁に向かって真実魔法をかける。
扉が現れると同時に扉を開け中に飛び込む。
「えーと……聖書はどこだ?」
「二階の本棚で、左から二列目!……だと思うな」
司書が止めるのも構わず、綺麗に磨かれた階段を駆け上がる。ブーツの裏に泥がついたまま駆け上がったため、随分汚れてるはずだ。あとで掃除を手伝ってあげることにしよう。
全速力で走ったため、アルスが図書館の扉を開ける頃には、すっかり聖書も片付き、階段を下りているところだった。
「ずいぶん、遅かったな。どうしたんだ?」
「はぁっ……んっ………ぁ…………!お前らが……んんっ……速いだけだ!」
私よりも体力のないアルスは息を切らして、睨んできた。
「確かアルスの仕事は午前中だけだよな」
「………そうだけど。」
ガルムが何を言いたいのか分からないようで、アルスは睨みつけながら慎重に言葉を口に出す。
「じゃあさ、午後になったら俺たちと一緒に散策しないか?」
そんなアルスとは正反対で、ぱっと明るく笑って、ガルムは子供のように無邪気に言う。
「………時間が空いてたらな。」
どうやら、私達と一緒に行きたいようだ。一瞬顔を明るくさせたが、すぐに興味のなさそうなすました顔に戻る。
「決まりだな。次はメイリンでも探しに行くぞ。」
昼過ぎになったら迎えに来るとだけ、伝えメイリンの居そうな場所に移動し始める。
久しぶりー。元気してましたか?




