堕聖樹の図書館
果物の汁が付いた指を舌を出してペロリと舐める。昔から、母に止めろと言われていたがどうにも止められない。リーベに図書室はあるかと聞く。
彼は両手で落とさぬように持っていた、小さな木のカップを床に置いて怠そうに答えた。
「図書室?ああ、廊下の突き当たりにありますよ」
「案内してくれないか?」
「いいですよ」
木をくり抜かれて作られた部屋を出て、すぐの廊下の突き当たりは、木目の美しい木の壁だった。
だが、リーベが焼印を施された左手をかざすと、一度大きく全体が揺れ、壁に刻まれていた魔法陣が変形し、凝った細工の扉が現れた。
滑らかに磨かれた取っ手を掴み扉を押すと、案外簡単に扉は開いた。
手を伸ばしても到底届かない高い天井、薄紫がかった魔水晶の窓ガラスを通して、朝日が静かに降り注ぐ。
天井には届かないが、それでもかなりの高さの本棚がズラリと並んでいる姿は、まさに壮観だ。部屋の中心には巨大な堕聖樹が根を張っている。
堕聖樹は世界中で三本しか生えてないと言われており、その三本は数百年前から、世界的に保護されているらしい。
樹が生えてる近くは、一般の人々は立ち入ることはできず、遠くの方から樹を眺める事しかできない。
堕聖樹の樹が完全に成長しきるまで数千年はかかると言われている。この図書館に生えている樹は見た限りでは、成長はもう止まっている。
「んじゃ、何か用がありましたらお呼び下さい。僕は外で待ってるんで。」
そう言って、リーベは入り口から大声で叫んで、踵を返して行った。
彼はこの中に入ろうとしていたようだが、どうにも跳ね返されているように見えた。
本棚の中には隠れた名作や古代の賢者の研究書、邪術の教本まで、様々な本が無造作に突っ込まれていた。
(邪術の魔導書か……。前から興味あったんだよな。)
赤銅色の表紙と最初のページもめくる。
『明日のカレーが不味くなる』や『犬の糞を踏んでしまう』なんかのバカらしい魔法が最初から最後まで載っている。一旦、本を閉じる。
「………真実魔法」
魔法の重ねがけをされ、巧妙に隠された物の真実を見る魔法。こんな簡単な魔法に何か隠されていないわけはない。
案の定、ひどく複雑な魔法が幾重にもかけられていたようだ。黒い煙が、静かな図書館を汚していく。
改めて、本を開くと中身はすっかり変わっていた。最初、目に付いた魔法を呟いてみる。
「………原罪の悪魔?」
魔導書から立ち上る黒く濃い魔力に反発するように、あの時召喚された杖が白く輝きだし、そこで意識は途切れた。
『メザ……め……テ…………』
意識を失っていたのはほんの数分の事だろう。周りを見るもなんの変化もない。そうだ、何にもない。
これ以上魔法の勉強を続けるのも、面倒になってきた。まだまだ時間はある。
「………世界史でも読もっかな」
すっくと立ち上がり、邪術の魔導書をしまう。偶然出会った司書に案内してもらい、歴史についての列に移動する。
たくさんあった中で、面白そうな分厚い紺色の背表紙を何とか抜き取る。あまり成長しないというのも不便なものだなと改めて感じる。
走っても体力が少ない為すぐに息が切れるし、酒も子供だからといって飲ませてもらえない。せいぜい使える時といえば、物を買う時におまけしてくれるというだけだ。
本を読みふけっていると、ふと外が薄暗くなり始めたのに気づいた。
それでもしばらく読んでいたが、手元がよく見えなくなったので、部屋に戻ることにした。帰る時に丸眼鏡をかけた少女とすれ違った。その少女の髪の色は白かったが、瞳は美しい橙色だったのを覚えている。
嫌がるリーベを椅子に座らせ、二人で夕食代わりの甘い林檎のパイを食べる。サクサクと溢れるパイ生地を拾いつつ食べていて、ふとガルムたちの事を思い出した。
「そういやガルムたちは何やってんだろ?」
「…………ガルムさんは、剣術の練習をしていた様ですよ。メイリンさんはコック長のところで料理を学んだ後、武闘家と手合わせをしていました。アルスさんは、教会を手伝っていました。」
リーベは目すら合わせずに淡々と、何の感情も込めずに呟いた。
「ふーん」
適当に相槌を打ち、最後の一切れとなったパイを口に運ぶ。
晩御飯を食べ終わると、急に疲れが身体を蝕んでいく。我慢できずにそのままベッドに身体を投げるようにして倒れる。
意識が薄れていく中、明日は何をしようかとそれだけが寝るまでの間頭に浮かんでいた。
六ツ花御前が美しい今日この頃。
あと、うちにいるドラえもんがいつからいるのかが全くわからない。




