禁忌のエルフ
さて、谷の切れかかった橋を渡りきり、気付いたことがある。
一つは、この辺りには貴族が持つ大きな屋敷がある事。随分とでかく、少なくとも数十人以上は容易く入れそうなぐらいの大きさ。白いアーチに巻きついた赤薔薇が特徴的だ。
もう一つは、私たちが騎士団から逃げ出した事と先ほどのポルテの国での事で、追っ手が出されていた事だ。
目の前には、血がこびりついた鎧を纏った兵士たちがが道を塞いでいた。
ここに来る事を予想して、先回りしたのであろう。あの薄い赤の血からして、おそらく聖蝶のものだろう。聖蝶の血は魔法を軽減する。後ろを振り返ると、やはり前にいる兵士と同じ血が付いた装備をした兵士がずらりと並んでいた。
「いたぞ!禁忌の魔女だ!」
「捕まえろ。殺すんじゃないぞ!」
「禁忌の魔女……?」
どういう事だ。禁忌とは一体なんだ。私が、何をしたのだろうか。そんなことが頭を駆け巡って、すぐに消える。
「あ、そうそう、言ってなかったけどさ。お前が使ってる魔法の殆どは禁止されてるんだ。」
ふと、たった今思いついたような声が隣から聞こえた。
ガルムは済まなそうに言うどころか、大して大事そうには言わなかった。いつもの様に淡々と、少し楽しそうに。だけど、それがなぜか嬉しかった。
「エルフ狩りが終わった後、七の国の王が集まる会合で決められたんだ。禁止されたエルフの魔法を使ったものは魔女とみなされ、殺す」
ジリジリとこちらに近づいてくる兵士たち。移動魔法を使い、ここから去ることもできるが私はそれを選ばないでおこう。
「俺が見てきたやつは魔女を差し出して、助かろうとした。けどな………」
メイリンが棍を構えたのが見えた。
血迷ったのか、一人の兵士がこちらに突撃してきた。咄嗟のことで、防御は間に合わない。
「俺はお前を助けるよ」
彼は言うと、腰に下げていた白い剣を鞘から抜き出し、私が閉じていた瞳を開いた時には、既に向かってきた兵士は頭から真っ二つに引き裂かれていた。
「はいやぁっ!」
背後では向かってきた兵士たちをメイリンが回し蹴りを食らわせてる。顔がひしゃげて、頬の骨が折れているかのように見える。
「例えお前が罪人だろうが、本当にエルフじゃないとしても関係ない。お前は、お前だ」
返り血がべっとりとついている顔で、初めて彼は私に向かって優しく微笑んだ。心臓が何故か早鐘を打ち始めた。
向かってくる兵士達をガルムとメイリンが次々と薙ぎ倒していくのを傍観していると、突如妙に楽しげで、弾んだ若い声が聞こえてきた。
「ん〜、実に美しいね♪仲間同士の友情、絆、愛情!……ほら、兵士たち。やめろっ♪」
兵士たちをかき分け、一人の黒いマントを羽織った青年がきた。三十代前半のように見える。
「し、しかしファーラル様……!」
「うるさい。逆らうんじゃない」
その男は面倒くさそうに剣を抜いて、兵士を切り捨てた。真っ赤な鮮血が男の白髪を染める。その紫色の瞳は、自らの美に酔いしれているようにも見える。
「全く、少しは言うこと聞きなよ。あーあ、服が汚れちゃったァ♪」
この男はなんだ。
なんで、エルフの特徴の白髪と紫色の瞳、尖った耳を持っているのだ。
周りの兵士たちは、何が起こったのか分からずポカンとしている。どうやら、こういうのは日常的に起こっているのではないらしい。
呆然としていたガルムが私達に囁く。
「今の内に、逃げるぞ。」
「わかりましタっ」
「了解。森の方で合流しよう」
兵士たちが男に気を取られている隙に、橋の上の者を蹴散らす。それぞれ、バラバラに迷いの森の方へ走り出した。
「やれやれ。伝説が逃げちゃったね。最近、生き残りのエルフたちが力をつけてきてるって聞いたよ?大丈夫かなぁ?………マ、とりあえず皆てったーいっ♪」
「はっ!?し、しかし。」
「大丈夫♪今逃がしたって、どうせ捕まえられるもん。」
男は手をひらひらとさせ、くるりと来た道を戻っていく。意見を覆す気がない青年に諦めたかのようにため息をつき、目の下に青黒いクマを作った年配の大臣は言った。
「………はぁ、分かりました。王よ」
走ってきて、迷いの森を少し行ったところで止まった。メイリンとガルムはまだ来ていない。どうやら、もう少し後に合流することになりそうだ。
「特に、何にもなさそうだな」
辺りを見回しても、不自然なことは何もない。ただ一つ、背中から感じる視線以外は。
「………あ、貴女は一体何者だ?この森に入ってくるなんて」
後ろから聞こえてくる少し高いめの声が若干震えている。振り向きたいが、魔力が込められた魔銃を突きつけられては難しい。
「そちらこそ、何者だ?」
「ぼ、僕はアルスだっ!そこの屋敷に住んでいるっ!」
「貴族の坊ちゃんか………」
さて、どうしようか。
こいつの口を封じた方がよろしいのではないか。そう思ったが、死体を片付け証拠を隠滅するのが面倒だ。
殺す以外に方法は……いや、もう一つあった。
「………悪いが、お前を捕まえる事にしよう」
毒蛾の粉を振りまく。
毒蛾の粉というのは、瘴気を吸った蛾から採取される鱗粉で、吸い込むと身体が暫くの間麻痺する神経毒の一種だ。
「んっ………」
どうやら無事、その黄緑色の粉を吸い込んでくれたようだ。
身体の自由が聞かず、倒れ込む少年を見て何故か笑みが溢れた。




