しょうがないなぁ
私がまだ10歳のころ、それはとても可愛らしい女の子がひょっこり顔を見せるようになった。それが、人で、女、という存在であることを知ったのは後のことであるが、それはどうでもいい。
ここは私にとってはかけがえのない場所だけど、決して安全なところではないし、ましてや、こんな容易に手折れそうな少女が来ることができるところではない。
人の身では、私たった一人が住む、最果ての地。気候が温暖なことだけが取り柄の誰が知ることもない弱肉強食の地。
私は、生まれたばかりに世界の狭間にすべり落ちるという最凶の運命にありながら、この地において弱く、小さすぎるが故に強きものの気まぐれに救われた数奇な存在である。龍に飼われ、そして6歳の時分には餌として食われそうになった。何が味方か、いや、味方など存在するわけがないこの世界、ただ生きることを目的に生きてきた。そうしなければ存在できない場所、それがここである。
だから、ここにこんなに儚い存在がここに来ることができるはずがない。
いつ、その身が死に陥ってもおかしくないことに気付いているのだろうか。ひょこひょこと頼りない様子で歩いている。まだ、こちらに気付いていない。ためらいとともに声をかけようとする。
「*****」
言葉がでない。龍種のような知恵のある存在とは数多会話をしてきたが、人と話すことは初めてである。人語がわからない。精霊言語で少女の頭へ直接話しかける。
(ここになにをしにきた?)
驚いた様子で少女は反応する。
「++++++」
数瞬の後、少女は何事かを話そうと試みたようだが、人語を解さない私では何も理解ができなかった。代わりに心を読む。
(ここがどこかわからないの。あなたは誰?)
かなり混乱、困惑している様子。しかし、こちらもどうしてよいかわからない。
(ここは、どこかがわからず、来ることができる場所ではない。どうやって来た?)
(わからない。私は、私の部屋にいたはず。ここはとてもきれいな場所ね。きっとここは天国なんだわ。)
そんなはずはない。ここは、そう、人の書物の言葉で言えば、地獄といってもよい。この景色は食らうための擬態。
(ここはあなたの思うようなところではないし、お前のいう部屋などというものは存在しえない。)
(・・・・ごめんなさい。なにもわからないわ。ここが部屋でないのなら、私は何もわからない。)
少女は泣きそうだ。こんな状態でここへ来ることができるはずがない。そうか、私と同じく、狭間に滑り込んだか。ここは私の故郷、私にとっては既に住むべき土地であるが、このような可愛らしい少女がいてよいところではないだろう。頭を撫でで落ち着かせた後に、声をかける。
(しょうがないなぁ・・・送り返す。私の言葉に耳を傾けて。さぁ、あなたの部屋を思い描いて。跳ぶよ。)
(あ、また、会え、、、)
少女は消える。少しばかりの不思議な出会い、そのとき私はそう思っていた。
次の日。
また、私の目の前に、少女がいる。少しばかりの困惑。
(なぜ、またいる?)
(なぜかしら?でも、あなたにずっと会いたかったの。お久しぶりね。)
友人のような口調で言葉が返ってくる。
しかし、ここは最果ての地、友人同士の会話には最もふさわしくない。
(また、突然、ここに?)
(そう、前といっしょ。)
なるほど、彼女は耳が良すぎるらしい。時空の精霊の言葉に耳を傾けすぎるのだろう。彼女が望んだか、精霊のいたずらか、とにかく、彼女も多少不思議な運命にあるらしい。
(しょうがないぁ。また、送り返そう。)
(今度はもう少し、お話ししましょう?私、こんなにお話ししたことないの。お願い。)
・・・・どうやらお話し好きでもあるらしい。しかし、まぁ、人生で初めてのお客様。私も楽しみたいと思う。忙しいわけでは、ない。こんなに温和な気持ちで過ごすのは初めてだ。思わず、微笑んでしまう。
(しょうがないなぁ。なにが話したい?あまり、面白い話はできないけれど。)
(やったぁー。私はモニカ。あなたは?)
(私?私は・・・・・)
私の名前はなんだろうか。考えたこともない。そうだな、、、
(私はディー。)
(ディー!素敵な名前ね。それじゃあ早速お話ししましょう。あのね、あのね・・・・・・)
数刻の会話、こんなに楽しいものだったか。しかし、別れのときはくる。夜に彼女がここにいることは許されない。それは悪夢と同義、楽しいものではない。
(それでね、それでね・・・)
(モニカ。そろそろ別れの時だよ。送り返そう。)
(・・・・いや!もう少し、、、今日は泊まる!)
(モニカ。駄目だよ。しょうがないぁっていってあげたいけど、それはだめ。お互いにとってよくない)
(いやよ・・・でも・・・私はまたここに来ることができるかしら?それなら、、、今日は帰る。)
(それはわからない。二度来たのだからくることもできるかもしれないけど)
(絶対来るわ!)
(・・・・・もう、しょうがないなぁ。それじゃあ、次の機会を楽しみにしているよ。)
(うん、それじゃあ今日は帰るわ)
(ふふ。さぁ、君の部屋を思い浮かべて。跳ぶよ)
また、少女は消える。笑顔をともに。今日も、不思議な、でも楽しい日だった。また、来るだろうか?
次の日、またその次の日。
少女は毎日、この地へ現れた。もともと耳が良いこともあり、そのうえで、精霊の言葉で会話を続けたことで、精霊の力を使うことに慣れ始めたのかもしれない。
また、会話をする。楽しい。こんな暖かいものがあったのだな。
しかし、ここは最果ての地。恐れていた厄災はふりかかる。強きもののひとつ、ケルベロスが突如として襲い掛かってきた。それは私にとって恐れるに足らない存在。でも、彼女にとっては、凶事でしかない。こわかったのだろう。厄災が払われたのちも、泣いていた。
(あまりにも楽しいときに、このような状況が起こることを考えないようにしていた。ごめん。)
そっと彼女を抱きしめる。嗚咽が小さくなるまで優しく、ずっと、この凶事が彼女の心から離れるように。
(こわかったわ。あんな、あんな恐ろしいものがあるなんて)
やはり、ここにはか弱きものがくるべきではない。精霊の言葉がよく聞こえるというのも考え物だ。ひとつ、ここは精霊の言葉を遠ざけよう。ときが来れば、おのれの成長により、また聞こえるようにもなろう。
(もう安心して。大丈夫だから。さぁ、これからは精霊の言葉に耳を傾けてはいけないよ。それは君を危険に導くものだから。)
(精霊の言葉?それはなぁに?よく、私にささやくものの声のこと?そのささやきに答えれば、私はここにくることができるのよ。)
(そう、もうその言葉に答えてはいけない。君は儚すぎる。もうここには来てはいけない)
(いやよ。そんなの・・・)
(さぁ、もう行かなくてはならない。さようなら。精霊の言葉は遠ざけた。君の帰るべき場所もわかっている。さぁ、跳ぶよ?)
(いや、いやよ。それってもう会えないってことじゃ、、、、、しょうがないなぁ、っていってよ。また私がここにくることができるようにしておいてよ!)
(だめ。もう、さよならだ。ありがとう。)
(いや、いや、いや!!!)
(ふふふ、しょうがないなぁ)
そういって、なぜか僕は彼女の頬に口づけをする。急なことに真っ赤な顔をなった彼女を見て僕は
(さよなら、君のこと、好きだったよ。)
と言った。
そして、10年後。僕の目の前には、精霊魔法陣が現れている。
魔法陣から現れた美しい女性。そして、私もいつか、会いたいと思っていた愛しい人。
「ディー!やっと会いに来ることができたわ!今日はたった一つのことを言いにきたわ。」
聞きなれない、言葉。人語だろう。
「ディー!私、あのとき言えなかったけど、私はあなたのことを愛しているわ!」
人語。よくわからないが、どうやら、良いことをいっているらしい。言ってやった!という顔をしている。よく精霊言語の会話でもつかった言葉、数少ない私がしっている人語。モニカが我儘や冗談をいうとき、これをいうとモニカはいつも安心していた。今もだから、こういうべきだろう。
「しょうがないなぁ」
いつもの安心した微笑みがみられると思ってモニカを見ると、モニカは
「なにそれ~」
といっていた。???