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不機嫌な乙女と王都の騎士  作者: 黒辺あゆみ
六章 王子様の誕生パーティー

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68話 ダンスの特訓

パレットは二日続けての寝不足の朝を迎えた。

 昨夜、あれからなんとかジーンの部屋から脱出したパレットは、トボトボとした足取りで自室へと戻り、待っている間に寝てしまったミィを抱きしめて布団に入った。しかし、そのまま寝れるはずもなく、今現在寝不足のせいで目が真っ赤だ。

 パレットがあくびを噛み殺しながら食堂に向かうと、他の面々はすでに食事の席についていた。

「私、遅くなりましたか?」

パレットが尋ねると、エミリが微笑みを浮かべた。それはなにやら、とても慈愛に満ちた微笑みに見えた。

「いいのよぉ、昨夜はいろいろあったみたいだから」

「は……?」

エミリの発言に、パレットは固まる。

 ――昨夜、いろいろ?

 昨夜の出来事で思い浮かぶのは、ジーンの部屋での事しかない。広いとはいえ、一つ屋根の下の出来事だ。

 ――もしや、ジーンとの喧嘩騒ぎを、聞かれていたなんていうことでは……。

 パレットはそう考え至ると、顔から火を吹きそうな思いだ。そんな自分に朝から不機嫌そうな声が命じる。

「パレット、黙って座れ」

ジーンがこれ以上ないしかめっ面をしている。パレットは昨日からのストレスの蓄積で言い返す気力もなく、素直に座る。


 全員が食卓に揃ったところで、朝食が始まる。食事中の話題は、当然昨夜の出来事だ。大人の面々はもちろんのこと、まだ成人前のモーリンやアニタも興味深々だ。

「女に不自由しなかったジーンが、女に振り回される日が来るなんて。世の中ってわからないわね」

モーリンが、訳知り顔でうんうんと頷く。

「ジーンにぃとパレットさん、結婚するのー?」

アニタのキラキラとした純真な視線が痛い。今のパレットの心境は、ジーンに口説かれたというよりも、言い負けたという方が正しいだろう。恐らくロマンティックな話を期待しているであろうアニタに、うまく返事ができない。

「若いって、いいわねぇ」

「ジーン、女の扱いがなっていないようだね」

「はは、今のうちにケンカしておくのもいいもんだ」

「近いうち僕に、姉さんができるのかぁ」

エミリ、マリー、ライナス、レオンの順に好き勝手に言われても、ジーンは無言で朝食を食べている。

 一方のパレットはといえば、恥ずかしさのあまり顔を上げられないでいた。


 ――昨夜の私、考えなしだったわ。

 もそもそと食事を口に運びながら、パレットは猛省していた。

 夜中にあれだけ大声で喚けば、他の家人にも聞こえるのも当然だ。ジーンがパレットに告白をしたと、今日の朝には屋敷の住人に知れていた。朝食の席でのみんなのニコニコした笑顔が、パレットにとっては逆に居たたまれない。

 ――今日も、早く仕事に行こう。

 昨日一日を王妃様とのやり取りに費やしたので、仕事が溜まっているのは確かだ。だがパレットとしてはとにかく一刻も早く、この空気から逃れたい。

 パレットは味もわからない朝食をお腹に詰め込むと、自室に戻ってさっさと出勤の支度をする。

「行ってきます」

「行ってらしゃーい!」

パレットは、アニタの元気な声に送り出された。

 ゆえに、その後ジーンが屋敷の住人になにやら頼んでいたことなど、知る由もなかった。


 こうして職場に出勤したものの、パレットが到底仕事に集中できるわけもなく。

 ――うぅ、思い返しても、どうしてこうなったのかわからない!

 結局ジーンに流された自分に落ち込めばいいのか、はたまた求婚された事実を恥ずかしがればいいのか。どちらにも浸れないパレットは、この日の精神状態は実に不安定だった。

 ぶつぶつと独り言を呟くパレットを心配した他の同僚の心遣いにより、いつもよりも早めに帰宅することとなった。帰宅先こそが精神不安定の元なのだが、同僚たちがそれを知るはずもない。

 パレットはトボトボと屋敷へ帰り、アニタと遊びに来ていた子供たちの出迎えを受けた後、自分の部屋のドアを開けた。

 しかし、部屋の中は空っぽだった。

「……は?」

パレットがドアノブを持ったまま固まっていると、廊下をパタパタとモーリンが駆けてきた。

「言い忘れた! 今日からパレットさんの部屋はこっち」

そう言われて案内されたのは、ジーンの部屋の隣だった。

「え、ここ?」

その部屋には、パレットの私物が既に運び込まれていた。今までの部屋よりも日当たりも良く、窓からの景色も綺麗だ。それは有り難いのだが、どうして部屋替えなのだろう。首を傾げるパレットに、モーリンがかしこまった言い方をする。

「屋敷の主の意向でして」

これはどうやら、ジーンの仕業らしい。パレットが出た後に、屋敷の住人に頼んだのだろう。


 ――ジーンったら!

 どうやら相手に先手を打たれたようだ。こうなっては、朝ジーンよりも早く仕事に出たことが悔やまれる。

「このお屋敷で、二番目にいい部屋よ! 今日ちゃんと掃除しておいたから!」

報告をしてくるニコニコ笑顔のモーリンに向かって、部屋替えの苦情を言うのもはばかられる。悪いのはモーリンではないのだ。

「好きに使っていいからね!」

そう言い残して立ち去るモーリンの後姿を見て、パレットはがっくりと項垂れた。

 パレットは仕方なく持っていた荷物をテーブルに置くと、室内の探索をする。気になることが一点ある。室内にはパレットが入ったドア以外に、もう一つドアがあるのだ。恐る恐るドアを開けてみると、そこは見慣れた部屋があった。度々酒を持ってお邪魔することのある、ジーンの私室のリビングだ。

 ――え、どういうこと!?

 ドア一枚を隔てて、ジーンの部屋と繋がっている。そしてジーンの部屋は、屋敷の主の部屋。ということはひょっとして、今回パレットに割り振られたここは、屋敷の主の奥方の部屋だったりするのだろうか。

 ――二番目にいい部屋って、そういうこと!?

「ちょっと待ってよ!」

パレットは思わず声に出して叫んだ。


「待てないね。今日からあんたの部屋はここだ」

すると独り言だったのに、それに答えが返って来た。

 パレットはビクリと背筋を震わせて振り返る。そこには騎士服姿のジーンがいた。

「は、早いのね……」

「家庭の危機だと言って早上がりしてきた」

表情が引きつり気味のパレットに、ジーンは外面用の笑顔を張りつけて答えた。

「ねえジーン、私は今までの部屋でも不自由はなかったんですが」

パレットはジーンに対して、ささやかな抵抗を試みる。

「あんたに余裕を与えると、逃げ道を作られそうだと思ってな。形から入るとほだされることは、先だっての旅で検証済みだ」

しかし、相手は意見を受け入れる気はなさそうだ。それに、パレットをよく観察している。確かに自分でも、ちょっと絆され易いのではと考えたことがある。最初にミィを受け入れた時もそうだし、ジーンとのあれこれだってそうだ。


 ――私って実は、意思が弱い人間だったのかも……。

 今更であるが、一人落ち込むパレットだった。

 ともかく、部屋替えが完了してしまったのならば仕方がない。諦めたパレットが新しい自室の豪奢な椅子でぐったりとしていると。

「パレット、入るぞ」

ジーンの部屋側のドアがノックされ、パレットが返事をするより早く開いた。

「返事くらい聞いて開けてください」

「それはすまん」

パレットが苦情を言っても、全くすまないと思っていない口調のジーンが、ズカズカと部屋に入って来る。

「それよりもパレットあんた、ダンスは出来るか?」

「はい?」

ジーンの質問の意味がわからない。ダンスとは、貴族がパーティーなどで行うという、あのダンスだろうか。

 パレットの反応をみて、ジーンは察したようだ。

「できないのならば特訓だ。王子殿下の誕生パーティーに出席する以上、ダンスは必須だとさ」

「はいぃ!?」

パレットにとってこれは、告白や結婚などよりもずっと、想定外の事態だ。



この屋敷が元貴族の屋敷である以上、ダンスホールというものが存在する。今まで使うこともなかろうと思われていたこの部屋で、パレットは今ジーンと共に汗を流していた。

「姿勢を崩さない!」

ダンスの教師の叱咤が飛んできて、パレットはうめき声を上げる。ダンスを指導する教師は、アレイヤードから派遣された男性だ。

「あ、足が、もつれる」

パレットの体中の筋肉が、悲鳴を上げている。だがすぐ正面で同じく踊っているジーンは、涼しい顔である。普段から鍛えている男は、こういう面でも有利なようだ。

「俺の足を踏まなけりゃ、それでいい」

ジーンは簡単に言ってくれるが、それが最も難しいのだ。

 ――もっと、運動しておくんだった!

 この後悔は、以前にもした覚えがある。我ながら、進歩のない人間である。

 本日のダンスの練習が終了すると、パレットは床にへたり込んだ。

 ――こんなに運動したの、生まれて初めてよ……。

 ゼエゼエと肩で息をするパレットに、教師から声がかかった。

「それでは、到底一曲踊りきることは無理です。今日から毎日、足腰を鍛えておくように」

「……はい」

パレットは教師から、特別メニューを課されてしまった。練習後も余裕のあるジーンとの差を見ても、不満を抱きようがない。

 ――貴族の女性って、こんなことをしているの?

 貴族も努力をしていることがあるのだと、改めて知らされたパレットだった。


 それから室長の計らいにより、ダンスの特訓のために休みを増やされた。ダンスの特訓は、パーティー会場で恥をかかないために必要なことだと、室長を始めとした管理室の面々から、暖かい励ましを受けた。皆の心遣いは有り難いが、パレットは筋肉痛で全身が痛くて、感謝どころの心境ではなかった。

 ――私、ダンスの特訓で死ぬんじゃ……。

 本気でそう思ってしまうパレットだった。

 そうやって増やされた休日の昼間、遊びに来ていた子供たちも見守る中、パレットは必死に練習する。

「「「お姉さん、頑張れー!」」」

子供たちの可愛らしい声援が飛んでくるが、パレットはそれに応えるどころではない。身体を動かすのが得意であると、お世辞にも言えないパレットは、足をもつれないように気を付けるのがせいぜいだ。

 それに加えて、別の問題もある。

「こらパレット、集中しろ」

「うぅ……」

 間近に迫るジーンの秀麗な顔に、パレットは思わず身を引きそうになったが、それをジーンに引き戻された。

 ――顔が近いってば!

 旅の間の数カ月で、ジーンとの近距離での接触に慣れていなければ、パレットはドキドキしてダンスどころではなかったかもしれない。なにが幸いするか、人生わからないものである。

 こうして休日や夕食後の時間を使い、パレットはジーンと共にダンスの特訓に明け暮れる。

 これで二人の距離が縮まったかは定かではないが、毎日くたくたになるパレットにとって、部屋替えのことがどうでも良くなったことは確かであった。

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