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不機嫌な乙女と王都の騎士  作者: 黒辺あゆみ
六章 王子様の誕生パーティー

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62話 予期せぬ客人

パレットは室長に報告書を提出して連絡事項をやり取りした後、一週間の休みを与えられた。同様に休みを貰ったジーンは、兵士の早朝訓練に混ざりに行ったが、パレットは優雅に遅寝である。

 パレットは帰って来た当初、ベッドに一人しかいないことに一瞬違和感を覚えたものの、ミィを布団に引き入れて抱きしめたら、すこんと寝てしまった。そうして朝になり、旅の間に起きていた時間に一旦目を覚ました後、二度寝としけこんだ。

 うとうととまどろむ幸せな時間に、子供の声が聞こえてくる。今日も貴族の子供が遊びに来たようだ。そろそろ起きようかと思い始めた、その時。

「怪しき奴め、みなの者かかれ!」

「きゃーっ!」

子供の一人が号令を発した後、歓声が響いた。どたばたとした足音がしたと思えば、誰かが悲鳴を上げた。

「うわっ、怪しくないぞ! 僕は親類に会いに来たんだ!」

「怪しき奴の言い訳など聞かぬ!」

子供の一人と怪しい人物とが言い合いをしている。半ばまどろんでいたパレットの意識が、徐々に覚醒してくる。

 ――なんだか両方とも、聞き覚えがある声ね。

 パレットはベッドから起き上がると、夜着の上に上着を羽織り、窓を開けた。すると庭の隅の屋敷の塀の上で、仁王立ちをしている少年がいて、その周囲に子供たちが集っている。そしてその中心から悲鳴交じりの声が上がった。


「パレット! 眺めていないで僕を助けろ!」

果たしてそこにいたのは。

「ジェームス?」

王都の来た当初に会って以来に見た、従弟のジェームスだった。ジェームスは何故か、大勢の子供たちの乗っかられて動けないでいる。そして、もう一人。

「怪しき者がうろついていたので、捕らえておいたぞ!」

塀の上で胸を張っているのは、パレットの目が変でなければ、王子様に見える。そんなはずはないだろうと目を瞬かせていると、王子様らしき少年に声をかける者がいた。

「リィン様、そろそろ塀から降りましょう」

あの黒髪の青年は従者のような服装をしているが、騎士のラリーボルトではなかろうか。

 ――今どういう状況?

 パレットが寝起きで働かない脳で答えを導き出すよりも先に、騒ぎを収めた者がいた。

「なんの騒ぎだ、アニタ」

子供たちがわいわいと騒いでいるところに、ジーンが割って入った。ジーンは訓練に出かける際の服装で、どうやら訓練から帰宅したところでこの騒ぎに出くわしたようだ。

 子供たちと一緒にいたアニタは、ジーンに事情を聞かれて肩を竦める。

「子供たちがね、屋敷の周りをうろついている人を、木の上から見つけたの」

「なるほど」

ジーンが一つ頷くと、窓から身を乗り出しているパレットに声をかける。

「パレット、とりあえず着替えろ」

「……わかった」

こうしてパレットの二度寝は、強制終了させられたのだった。


 パレットはとりあえず顔を洗って着替えると、厨房に用意してあった軽食を急いで食べた。

 王子様はもうしばらく他の子供たちと遊ぶそうなので、パレットは先にジェームスと会うことにした。

「全く、えらい目にあった」

パレットを見るなり文句を言ってくるジェームスに、パレットは冷たい視線で応じる。

「ジェームスが不審者じみた行動をしているからよ。堂々と正門を叩けばよかったのに」

休日の朝という貴重な時間を奪われたのだ。パレットとしては文句を言いたいのはこちらの方だ。

 一方の、食堂に通されていたジェームスは、いつかのように大声で罵ることをせず、落ち着いた様子であった。

 ――ハイデンさんが、よく言い聞かせてくれたのかしらね?

 その変わりように内心驚きながらも、パレットはジェームスの正面の席に腰を下ろした。

「で、なんの用かしら?」

ぶっきらぼうにそう問いかけると、ジェームスは数回深呼吸をした後、口を開いた。

「パレットには言っておこうと思って、会いに来た。僕はソルディアの街の領主館に行くことにした」

パレットはこの話に、目を丸くする。確かに、ソルディング領の領主にハイデン氏を紹介したのはパレット自身だ。しかしそれが、ジェームスに話が行くとは思っていなかった。


「ソルディング領は荒れ地よ? 今までみたいな楽な生活はできないわよ?」

この十年、裕福な商会のお坊ちゃまとして生活していたジェームスにとって、辛い道のりとなることは必至だ。忠告するパレットに、ジェームスは大きく頷いた。

「この話は、パレットが紹介したものだと聞いている。だから報告にきただけで、助言を受けにきたわけではない。僕はまだなにもできないが、荷運びなどの雑務をすることから始めることにした」

ハイデン商会からソルディアに向かう他の文官候補の、下働きとしてジェームスは付いて行くのだそうだ。

 ジェームスはようやく十六歳になり、この国で成人とみなされれる年齢となった。そこへ舞い込んだ、ソルディアの街の領主館への斡旋話だ。

「ハイデンさんも、外の空気を知る経験は貴重だと言ってくれた」

どうやら突発的な思い付きではなく、よくよく考えてのことのようだ。これは一見出世話に聞こえるが、ジェームスは誰の保護もない場所に飛び込むことになる。その辛さは、パレットが身をもって知っている。

 ――でも、何故それを私に?

ジェームスがわざわざ宣言しに来た、その意図がわからない。首を傾げるパレットに、ジェームスは苦笑した。

「僕は、ずっと前から知っていたんだ。父さんが商人に向いていないことを」

「……え」

パレットが見つめる先にあったのは、ジェームスの諦めの滲む顔だった。


「幼い頃は商売に失敗して、引っ越しばかりを繰り返していた。それでも家族一緒にいられたら、僕はそれでよかった。けれど、王都に来てから両親は変わった。確かに毎日食べるのには困らなくなったけど、父さんは貴族との会合に出かけて帰らず、母さんはパーティー三昧。結果この十年、僕はいつも一人で食事をしていた」

「……ジェームス」

ジェームスは流されるままに、幸せな人生を送っているものだと決めつけていた。けれど幼い少年にとって、変化は悪い方向へと向かってしまった。

「両親を変えたのはパレットだと、そう思いたかった」

悪いのはパレットであると思うことで、ジェームスは心の均衡を保っていたのかもしれない。そんな折、パレットが突然王都に帰って来て、ジェームスの恨みは見当違いだと言われ。彼自身でもどうすればいいのか、わからくなったのだろうか。

「でも、もういいんだ。僕は両親にこだわるのをやめにして、自分でちゃんと生きて行くことにした。パレットにできたことが、僕にできないはずはないからな」

そう言うジェームスは、少し大人びた顔をしていた。

「そう、……がんばって」

パレットは微妙な顔でそう言った。

 正直、叔父一家を許せるほどに、パレットにとっての十年も生易しいものではなかった。被害者面をするな、と叫びたい気持ちもある。

 しかし、当時六歳だったジェームスに、状況に流される以外に生き方があったとも思えなかった。どちらか一方が悪いわけではない。そう割り切れるくらいには、パレットは大人になったつもりだ。

「僕ら家族を許せなんて、言うつもりはない。今日は、僕の決意表明に来たんだ。もしかしたら、将来僕の方がうんと出世しているかもしれないからな」

そう言ってニヤリと笑うジェームスは、パレットに対してというよりも、己に対して奮い立たせるために言っているようだった。

「まぁ……、身体には気を付けることね」

パレットはそんなジェームスに、ありきたりな忠告をした。他になんと言えばいいのかわからないのだ。


「言いたいことは言ったから、僕はこれで失礼する」

長居は無用とばかりに、ジェームスが席を立った。一応見送りくらいはせねばなるまいと思い、パレットは無言でジェームスと並んで歩く。

 そうして玄関まで来た時、ジェームスがパレットに向き直った。

「ああ、一応聞いておくが」

「なに?」

ジェームスが改めた態度を取ったので、パレットは眉をひそめた。

「最近、父さんと会ったか?」

「叔父さんと? ……いいえ、会ってないわ」

叔父と会ったのはソルディアの街の宿だ。あれを最近というのかわからないし、今のジェームスに、叔父が犯罪沙汰を起こしていると言うのも憚られた。

「そうか。店の者から、ソルディアの街からまだ帰って来ないと泣きつかれたんだ。もうとっくに戻っている頃だと。他の知り合いにも聞いているんだが、どうにも行方が分からない」

「そう、……それは心配ね」

口先だけ心配してみせるが、パレットの頭の中は忙しかった。

 ――戻ってない? あれから王都へ逃げ帰ったのではないの?

 パレットにはなにやら、嫌な予感がした。

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