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不機嫌な乙女と王都の騎士  作者: 黒辺あゆみ
六章 王子様の誕生パーティー

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61話 話し合う人々

マトワール国王ディルヴィスは、財務管理室長のフレデリック・クレイグから、彼の部下が向かったソルディング領についての報告を受けていた。

「陛下、ソルディング領の立て直しは無事に進みそうです」

フレデリックの言葉に、ディルヴィスは重々しく頷いた。

「そうか。……キールヴィスはかの地で平穏に暮らしておるかの?」

少々潜めた声で尋ねるディルヴィスに、フレデリックは淡々と答える。

「パレット・ドーヴァンスの報告では、そのように書いてありました」

これを聞いて、ディルヴィスはホッと胸を撫で下ろす。

「母上に辛く当たられた記憶の深いこの城では、キールヴィスも生きにくかろう。母上の気持ちもわからぬではないが、子には罪のないことゆえに哀れでな」

声に憐憫の念を滲ませるディルヴィスは、歳の離れた異母弟を思う。キールヴィスは幼い頃、王城で見かけるといつも、どこか怯えた顔をしていた。

「キールヴィス殿下のお力で憂いが一掃されたとあれば、周囲の評価も高まりましょう」

ディルヴィスの内心を察したフレデリックが、そう告げた。


 異母弟であるキールヴィスから、事務的な文章で手助けを求める手紙を送られた時、ディルヴィスはどうするべきかを悩んだ末に、フレデリックに相談したのだ。その回答が『役立たずはいない方がマシだ』というものだった。

 フレデリックの助言を受け、昔からソルディング領にいた貴族をほとんど王都へ帰還させたものの、ディルヴィスはソルディング領がその後どうなったのか不安になった。誰かを様子見に行かせることを考えた時に、ドーヴァンス商会の武器密売と、それに財務の女性文官が関与しているとの疑いが、王城の上層部で浮上した。

 ソルディング領は近隣の領主からの、犯罪の温床と化しているとの苦情が強かった。その改革に乗り出そうとした矢先の疑惑浮上に、フレデリックはもちろん、騎士団副団長アレイヤードも奇妙に思った。

「ドーヴァンス商会は昔から黒い噂がありましたが、ここにきて、切り捨てられたのかもしれません」

そう告げるフレデリックは、自身の部下の身の潔白を進言した。だがアレイヤードは、パレット・ドーヴァンスを試した上で、嫌疑を図る必要があると申し出た。この二つの意見をすり合わせたのが、先だってのソルディング領の視察旅行だ。

 ディルヴィスとて、国の未来を担う若者を、囮のように扱うことは心苦しかった。しかし件の二人はそれを乗り越え、予想以上の成果を示した。

 その成果の資料を読み上げて行くフレデリックが、最後に語った。

「これで、警戒すべき相手がはっきりとしました。キールヴィス殿下はソルディングに腰を下ろし、もう容易に表に出ては来ない。振りやすい旗頭を失ったとあっては、御大が出てくることになりましょう」

「出来れば穏便にと思っているが、そうはいかぬだろうな」

ディルヴィスとフレデリックは、二人で重いため息をついた。


***


ディルヴィスとフレデリックが王城で話をしているのと、ほぼ同時刻。王都から離れた場所で、同じように集まって話をしている者たちがいた。

 室内の奥まった場所にあるテーブルに座るのは、壮年の男だ。彼は豪奢な服に身を包み、椅子にゆったりと腰掛けている。しかし、その様子はご機嫌だとは言い難い。

「旦那様、しくじりまして、申し訳ございません」

壮年の男にそう言って仰々しく頭を垂れたのは、若い男だった。もしジーンがこの場を見ていれば、彼がソルディアの街で取り逃がした男だと気付いただろう。

「キールヴィス、あの若造が。大人しく私の庇護に下れば、援助をしてやると言うたというに。この私の誘いを蹴って、無能の王の側につくとは」

壮年の男がそう言って、隣にある椅子を蹴りつける。椅子が大きな音を立てると、その場にもう一人いた小太りの男が、ビクリと首を竦めた。

「ならばと、せっかく私の未来のために若造を利用してやろうとしたものを。どこの馬の骨とも知れぬ下賤な輩に、この私の計画をつぶされるとは」

壮年の男は苛立ちが止まないのか、テーブルを指でトントンと叩く。


 壮年の男の計画としては、こちらの命令を聞かない若造に痛い目を見せて、且つソルディング領へ王の目が向く前に、あそこにある己の息のかかった施設を全て引き払う予定だった。今まであの無能の王は、貧しいソルディング領など興味も示さなかったというのに。それが、準備が完了する前に突然現れた王城からの使いのせいで、様々なことが台無しとなってしまった。

「腑抜けで無能の王のままでいればよかったものを、まさか王妃が回復するとは。オルレインめ、余計な真似をしおってからに!」

王城では、壮年の男がほとんどの勢力を手に入れ、王は孤立していた。しかし最近になって王の周辺が、息を吹き返すように発言力を増している。きっかけは、王の側近が下賤な庶民を王城に引き入れたことだ。取るに足らないと放置していたのが、これほどの存在になるとは。

「もう時間をかけるのは止めだ。あの無能の王とその息子を、王城から即刻排除せねば。私のものになるはずの国が、下賤の輩に穢されるのは我慢がならん」

時間が経てば、王の発言力が増して来るのは見えている。まだこちらの勢力が優っている今が、絶好の機会なのだ。


 ここで、頭を垂れたままだった若い男が、顔を上げた。

「不幸中の幸いで、最も重要なものは、移動が完了しております」

若い男に告げられ、壮年の男は少し機嫌を上向けたようだ。

「ふん、アレがあるだけ、良しとしよう」

指でテーブルを叩くのを止めた壮年の男に、小太りの男がそろりと話しかけた。

「あのぉ、旦那様。わたくしめのお代は、支払ってもらえますので?」

流れ落ちる冷や汗を拭う小太りの男を、壮年の男がじとりと睨む。

「払ってやるから、つまらぬことを心配するな」

壮年の男はそう言って、小太りの男に向かって手を振る。

「ひっ……」

それを見て、小太りの男は足をもつれさせながら、部屋から出て行った。

 それを見届けた若い男は、ドアが閉まっていることを確認して、鍵を掛けた。

「小者めが」

小太りの男が出て行ったドアに向かって、壮年の男が漏らした。

「あれはもう使わぬ。姪だとかいう小娘に、まんまと尻尾を掴まれおって」

若い男は壮年の男の言葉に頷きながら、慎重に口を開いた。

「奴の店の周囲は、兵士が見張っているようです。放っておくと危険では?」

この意見に、壮年の男は目を細める。

「あれは、捕まればこちらの情報をペラペラしゃべるであろうよ。機密を守る気概など、かけらもない俗物だ」

壮年の男の意見を聞いて、若い男が思案した後に発言した。

「ではあの男を贄の羊としてはいかがでしょうか?」

「それはいい。王城を穢す下賤な輩の餌にしてやろう」

壮年の男の暗い笑いが、室内に響いていた。

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