59話 ルドルファン王国の使者
予想外のことがあったものの、パレットたちは予定通りにベラルダの街に到着した。
街へと入る際、騎士の装いでフロストに跨るジーンは視線を集めた。パレットも王城の文官服に身を包んでいるため、門前の待ち人たちから様々な憶測を呼んでいた。
街の門を見張る兵士は、幸いなことに以前来た時とは違う人物だった。もし同じ兵士がいたら、ひと悶着あったかもしれない。
パレットとジーンはまず、領主館へ足を運んだ。護送してきた罪人は、ソルディアの街の兵士からベラルダの街の兵士に引き継がれる、速やかに領主館の牢に入れられた。
「みなさまここまでの護送、お疲れさまでした。十分に休んだ後、気を付けてソルディアまでお帰りください」
パレットはソルディアの街からバーモントを護送してきた兵士たちに、ベラルダの街での飲み代程度の金銭を渡す。すると彼らは深々と頭を下げ、明るい笑顔で宿へと去っていった。せっかくベラルダまで来たのだ、帰る前に少し楽しむくらいはいいだろう。
兵士たちと別れたパレットとジーンは、ミィを散歩に出した後、ベラルダの領主と面会をすることになった。領主館で待っていたベラルダの街の領主は、短い黒髪に日に焼けた肌の、厳つい体格で戦士の雰囲気を持つ男だった。
――領主様というより、傭兵みたい。
威圧感のあるベラルダの領主を前に、パレットは緊張する。しかし隣に立つジーンに軽く脇を突かれ、パレットは深呼吸をして口を開く。
「今回は立ち会っていただくとのことで、感謝します」
堅い声のパレットに、ベラルダの領主は頷いた。
「王城から事情は聴いているので、そのようにかしこまることはない」
ベラルダの領主は腹に響く低い声ではあるが、パレットに気さくな言葉をかけてくる。
「王城の貴族共を刺激する前に、犯罪者を送り返したいのだったな。他愛のない仕事だ、文句を言わせず送り返してやる」
そう言って胸を張るベラルダの領主がニヤリと笑みを浮かべる。その様子に、パレットは肩の力を抜いた。
――なんだか、いい人みたい。
アカレアの街の領主とソルディアの街の領主、そしてベラルダの街の領主と、パレットは三人の領主に目通りした。その性格は三人それぞれであるようだ。
「私は財務担当の文官なので、正直こういった場は心もとないのです」
「実際の交渉は私がすることになる。そう気を張るな」
パレットの心配事に、ベラルダの領主が大声で笑った。強面な外見とは違って気の良い人物なようだ。
聞けばベラルダの領主は代々、国境問題の交渉役を担っているらしい。有事の際には兵を率いて出兵することもあるのだとか。傭兵みたいだと感じたパレットは、あながち間違いではなかったのだ。
――なるほど、私の仕事は書類のやり取りをするだけなのね。
交渉役はちゃんと現地にいるため、王城からパレットでも問題ないと判断されたのだろう。
こうして頼もしい交渉役と話をし、領主館で一泊した次の日。パレットはバーモントの引き渡しに関わる一行と共に、緊張した面持ちで国境の見張り所へ向かう。見張り所として使われている建物は、この街が砦であった頃から使われているものだそうだ。
ちなみに、この間ミィは留守番だ。アリサがミィを見て魔獣だと見抜いたと、ジーンから聞かされた。魔法使いなどには一目でわかるようなので、一応の注意だ。魔獣を連れて行って、ルドルファン王国の使者を驚かせてはいけない。
見張り所ではすでに、ルドルファン王国の者たちが待っていた。パレットたちも護送の兵士を引き連れ、会合を行う部屋へと入る。この時バーモントを縛っている縄を持つのは、すでに外面用の笑顔を浮かべたジーンである。
部屋にいたのは、文官風の男が一人と、白い騎士の服装をした数人の男だ。
「白い騎士服、高位貴族か」
「なんです、それ?」
小声で呟くジーンに、パレットも小声で尋ねる。
「ルドルファン王国では、騎士は赤白黒の三つに分けられていて、白は位の高い貴族が所属する隊だそうです」
この国では騎士は白い服だと決まっているが、ルドルファン王国では違うらしい。バーモントという貴族の引き渡しなので、高位貴族の騎士が出て来たのかもしれない。
顔を合わせたところで、お互いに名乗りあう。ルドルファン王国の文官はメルティス・クラスタ、騎士の代表はシルヴィオ・アルカスと名乗った。
名乗り終えた後、ルドルファン側が謝罪してきた。
「まずは、当国の貴族が迷惑をかけたと、国王陛下からの謝罪を預かってきております」
「確かに、受け取りました」
ルドルファン王国の国王からの謝罪の書状を、パレットは恭しく受け取る。そして確かに受け取ったサインを交わす。続いて賠償の話になったが、そちらはベラルダの領主に代わってもらう。
途中バーモントがなにやら言い訳をして無実を訴えたが、ベラルダの領主の一睨みで黙り込んだ。ルドルファン側としても、バーモントの戯言を聞く気はないらしい。早々に猿轡をかまされて、黙らされていた。
――なんとか、無事に終わりそう。
大仕事の終わりが見えて、パレットは安心した。
無事に話がまとまり、ルドルファン王国の騎士がバーモントを連れて行ったところで、パレットたちはお茶を囲んで少し雑談をすることになった。こうした雑談から、お互いの国の事情をちょっとでも引き出すのだと、ベラルダの領主が言っていた。
お茶が配られてお互いの気持ちが和んだところで、ジーンを観察していたシルヴィオが切り出した。
「マトワール王国の騎士が、そのような武骨な剣を持っているとは驚きだ」
シルヴィオは皮肉を言ったのではなく、本当に驚いているようだった。それはそうだろう。マトワール王国の騎士はみな、細身で装飾過剰な剣しか持たないのだ。それを見慣れていると違和感があるのだろう。
ジーンは肩を竦めた。
「我が国の騎士をよくご存じのようですね。騎士団で実戦用の剣を持つのはごく少数。私の場合は、兵士上がりだからです」
ジーンの話に、シルヴィオが眉を上げる。
「ほう、庶民出の騎士がいたのか」
「まだ、私一人だけですが」
騎士同士で、話が盛り上がっている中。メルティスが申し訳なさそうな顔をして、パレットに尋ねてきた。
「あの、つかぬことをお伺いしますが。当国の王太子殿下はどちらに?」
メルティスの質問に、ベラルダの領主も驚く。
「オルディア様が共におられたのか? 私は見ていないぞ」
二人の視線を受けて、パレットは返答に窮す。
「えっと、その……、まだ用事があるとかで、どこかに旅立たれましたけど」
「……やはり」
なんとか伝えたパレットの前で、メルティスは深いため息を吐いた。
「……ええと、お引き留めできずに申し訳ないです」
「いえ、いいのです。こちらも、簡単には帰らないとは思っておりましたから」
諦めの微笑を浮かべたメルティス曰く、オルディアには放浪癖があり、一度城の外へ出るとなかなか戻らないのだとか。
「あの御仁、特に魔法使い殿は自由人でな。いつも領主館に突然現れるのだ」
ベラルダの領主も訳知り顔で頷いている。ふらりと現れてふらりと去っていくのは、とうやらいつものことのようだ。
――あの人って、王太子殿下なのよね?
隣の国の王太子とは、不思議な人のようだ。沈んだ様子のメルティスには、「お魚が呼んでいる!」とアリサが言っていたことや、港町アカレアで評判のいい食事処を教えたことなどは、恐らく言わない方がいい情報だろう。




