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不機嫌な乙女と王都の騎士  作者: 黒辺あゆみ
五章 ソルディング領

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56話 反乱の裏側

「ともかく。今回の騒動を収めるにあたり、二人から詳しい事情が聴きたい」

多少強引に、キールヴィスが話を変えた。

 そうだ、パレットとジーンは事情聴取でここに来たのだ。改めて背筋を伸ばすパレットとジーンの後ろで、ミィは寝そべる体勢だ。ミィには廊下で待ってもらおうとも思ったのだが、ミィがパレットから離れなかったのだ。いない間にパレットが姿を消したことが、ミィなりに衝撃だったのかもしれない。

 キールヴィスがまずは、パレットたちが帰った後の話をした。

「まずは文官殿をさらったという商会の男だが、兵士を向かわせたが、もう宿を引き払った後だった」

予想できた答えに、パレットは特に気落ちせずに頷く。

「それでも、このまま放っておくわけにいかない。商会を調べてもらうよう、王都に通達してある」

だがこれに、パレットはむっつりと考える。

 ――問題はあの叔父が、どれだけ貴族の懐に入っているかよね。

 この件がもみ消されないように、パレットの口からも室長に報告せねばならないだろう。

「ルドルファン王国の貴族は、今は牢屋の中だ。奴の身柄をどうするのかは、王都からの返事待ちだな」

すぐに答えが出る問題ではないので、しばらくかかるだろうとのことだ。


「あの、反乱に加担した若者たちはどうなりますか?」

パレットは最も心配していたことを尋ねる。

「今はまとめて牢屋に入れてある。話を聞くだけだと、大した思想を持っているわけではなく、ただ不満をぶつける場が欲しかっただけのようだな。出身の村に罪人を引き取る者を寄越すよう通告してあるので、兵士からの仕置きを受けさせた後に帰すつもりだ」

兵士たちも、彼らが害になる連中ではないと判断したようだという。

「貧しさが彼らを反乱に駆り立てたのならば、今まで放置していた為政者の責任だ。その件に関しても考えていることがある」

領内の立て直しにやる気を見せるキールヴィスに、パレットはホッとする。

「そうですか。それは村の人たちや貧民街の住人も喜ぶことでしょう」

頷くパレットに、キールヴィスの従者が情報を付け足す。

「集められたのは全て農民で、貧民街の住人はいませんでした。おそらく農民の方が騙しやすかったのでしょうね」

王都でもそうだが、貧民街の住人は上手い話に裏があることをよく知っているため、儲け話に安易に乗らない。それにこの街の貧民街の者は貴族に対する猜疑心が強いはずだ。なので反乱の裏に貴族がいることを、敏感に嗅ぎ取ったのではないだろうか。

 ――でも、騙されることに慣れているっていうのも、悲しいわね。

 パレットが貧民街の住人に思いを馳せていると、キールヴィスが声を落として続けた。


「そして一つ、問題がある」

これを聞いて、パレットはジーンと目を見合わせる。そんな二人を見ながら、キールヴィスが告げた。

「武器と攻撃の魔法具が集められているという話だったし、集まった者からも同様の証言がとれている。しかしあの倉庫から、攻撃の魔法具が見つかっていない」

「……魔法具が、ない?」

思わず呟いたパレットは、眉間にぎゅっと力を入れて考える。あのへっぴり腰で武器を持っていた集団では、魔法具こそが本命の戦力だったはず。それがないとはどういうことだろうか。隣でジーンも難しい顔をしていた。

「最初から持っていなかったということですか、それとも……」

ジーンの懸念に、キールヴィスも頷く。

「最初からないのならばそれでいい。しかし、どこか余所に流れたのだとしたら、大問題だ」

そう話すキールヴィスに、パレットとジーンは沈黙する。

 ここで、オルディアが口を挟んだ。

「利用されたのかもしれんな。バーモントにはあの者たちに魔法具をやるつもりなど、恐らく最初からなかったのだ」

オルディアが語ったことの意味がわからず、パレットは首を傾げる。

「どういうことですか?」

尋ねるパレットに、オルディアは説明してくれた。

「攻撃の魔法具を他国から持ち込めば、そう遠からず露見する。事実、こうして我々の耳にも入ったからな。真の目的へ調査の手が伸びるのを、反乱を起こすことで避けようとしたのではないか?」


この話に、ジーンが顔を強張らせる。

「反乱が起こってしまえば、魔法具がないことなど些細になる。そういうことですか?」

「使ったのだろうと言い張ればいい」

ジーンの意見に、オルディアは軽く頷いた。

 パレットはオルディアの説明に納得できるとともに、怒りを覚えた。この馬鹿馬鹿しい話に身を投じた若者たちは、真実をを聞いて絶望するに違いない。確かに彼らも安易に富を得ようとしたが、人の弱みに付け込むやり方を許せるはずもない。

 ジーンもぎゅっと拳を握り締める。

「その魔法具をどこで使う気か知りませんが、防衛する兵士の手に負えるものではないでしょう」

ジーンは魔法具がどこへ持ち去られたのかを心配している。最も被害にあうのは兵士だ。かつての同僚が、大勢死ぬことになるかもしれないのだ。

 暗い顔になるパレットとジーンに、しかしキールヴィスが勤めて明るく声をかけた。

「だが、それも反乱を未然に防いで起こさせなかったからこそ、こうして早く露見したのだ。そう難しい顔をするな、そなたら二人はよくやった。今ならまだ魔法具の行方を追えるかもしれぬので、これに関しても兄上に知らせてある」

そう、貴族相手ならば王城の仕事である。この場でパレットとジーンが悩んでも解決しない。

「そうそう、二人はお手柄!」

能天気なアリサの言葉に、パレットは肩の力を抜いた。そうだ、悪いことばかりではないのだ。

「相手の誤算は、ここが新しい領主に変わったことだ。新領主が真面目に統治に取り組むなど、領内の貴族は思っていなかったのだろうな」

オルディアの発言に、パレットもあの倉庫で聞いたことを思い出す。

「ああ、バーモントという人が言ってましたね。王弟殿下もきっと恨んでいるというようなことを」

「仲間呼ばわりなど、冗談ではない」

キールヴィスが嫌そうな顔をした。



話し合いがひと段落したところで、パレットは気になったことを聞いてみた。

「ところで殿下、どうしてこの領主館には人が少ないのでしょうか?」

これに、キールヴィスはきらりと目を輝かせる。どうやら聞いて欲しかったようだ。

「これにはな、頭の痛い事情があってな。知っているかもしれぬが、私は先王陛下が囲っていた愛人の子供なのだ」

こうしてパレットには初耳の話から、キールヴィスは語りはじめた。

 キールヴィスは生まれたばかりの頃に、先代の王妃様によって愛人から取り上げられ、王城へとやって来た。その王妃様から、「お前は不貞の子だ」と言い聞かされて育ち、今思い出しても気鬱になるほど厳しく躾けられた。それは歳を経るごとに、だんだんと酷くなっていく。

「兄上は今の妃殿下と結婚されてから、長い間子供に恵まれなかった。なので当時、跡継ぎを不安視する声が大きかった」

そんな状況下、若い王位継承権保持者は穏やかならぬ存在だった。そしてキールヴィスに辛く当たる王妃様の態度は、すぐに他の貴族に伝染していく。

「ことあるごとに愛人の子だと揶揄される王城が、私は幼い頃から窮屈だった。なので先王陛下が亡くなって兄上に王位が移り、妃殿下も隠居された時。私は王城から出たいと兄上に申し出た」

王位などいらない、自分を誰も知らない場所に行きたい。そう伝えたキールヴィスに、王様はソルディング領を与えた。それが数年前のことだった。


「貧しく、なにもない土地だが好きにしていい。兄上はそう仰った」

人によっては薄情に聞こえる言い方だろうが、キールヴィスは非常に喜んだ。そして唯一親身に世話をしてくれた者数人だけを連れて、この地にやって来た。

 だが領地にやってきてみれば、代官をはじめ領主館にいた貴族は、みんな王城の貴族に似ている者ばかり。権力のある貴族に追従し、キールヴィスを愛人の子だと軽んじて命令を聞かない。己の領地の民が飢えて困っているというのに、知らぬ顔をするばかり。

「はっきり言って連中は邪魔でしかなかった。それで困って兄上に便りを送ったところ、王城から彼らへの帰還命令が出されたのだ」

代官が勤めていた頃からの貴族がほとんど王都へ向かい、領主館の人手がなくなったのだそうだ。

「今は全く手が足りない状況だが、奴らがいたところで当てにならぬからな。いらぬ文句を言われぬだけ楽だ」

こうして現在、領主館は空なのだそうだ。

「なるほど、そういうことですか」

人によっては不当な扱いをされていると思われるのかもしれないが、これはキールヴィス自らが望んだことなのだ。

 ――他人の話を信用し過ぎては駄目ね。

 パレットは、一瞬でもバーモントの話を考えてしまった自分を反省した。そしてちらりとジーンを見ると、あちらは特に驚いた様子はない。アレイヤードあたりから、キールヴィスのことを聞いていたのかもしれない。


「兄上も難しい立場であるから、妙に私を庇うわけにはいかぬのだろう。だが困った時には手を差し伸べてくださる」

確かに、伝言を頼むことすら相手を選ばねばならない王城では、王様でも弟を助けることも容易ではないのだろう。兄弟関係のねじれも、そこが原因かもしれない。

「だがこのままでは、執務に差し支えるのも事実。しかし生憎、私は王城でのやり方しか知らぬ。なのでそなたに尋ねるが、庶民から文官を採用するには、どうすればいい?」

キールヴィスはこれを聞きたかったようだ。パレットは自分の場合を考えて答えた。

「信頼する商会に頼んで、人材を斡旋してもらうのです。少なくとも、私はそれでアカレアの領主館に入りました」

「信頼する商会か……」

キールヴィスが悩む様子を見せる。すると後ろから、キールヴィスの従者が尋ねた。

「どこか、当てになる商会はありませんか?」

パレットが信頼して名を出せる商会は、一つしかない。

「ハイデン商会ならば、私個人が懇意にしてますが」

ハイデン氏とは最初に訪ねて以来、手紙をやり取りしており、時折入用の物を頼んで届けてもらったりしている。それに人材も豊富だ。

 パレットの返答に、キールヴィスの表情がぱあっと明るくなった。

「ぜひ、紹介状を書いてくれ!」

「はあ、それくらいならば」

それでも一応、事前に室長に相談をしようとパレットは思った。

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