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不機嫌な乙女と王都の騎士  作者: 黒辺あゆみ
五章 ソルディング領

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54話 騎士様の想い

倉庫でアリサが反乱集団を一網打尽にしている時、ジーンはある一人を追いつめていた。

「ひっ、助けて、お願いだ……」

積み上げられた木箱を背後にして、彼は怯えた様子で両手を上げる。しかし、ジーンはそれに構わず短剣を突きつけた。

「お前、あいつらと同じ農民じゃないな」

ジーンの目の前にいるのは、あまり日に焼けていない肌に、土で汚れていない綺麗な手をした男性だ。どちらも農民であればありえない。日に焼けていないことから、兵士でもない。

「そんな、僕もみんなと同じです、本当はこんなことは怖くて……」

彼がジーンに向かって懇願するように語り掛けた、その時。

「痛っ……!」

ミィが向かったはずの方向から、パレットの悲鳴が聞こえた。そちらを見ると、パレットが貴族に踏みつけられていた。

「パレット!」

ジーンが気を取られた隙に、彼は身軽に木箱に飛び乗った。

「あ、くそっ!」

ジーンが彼を睨みつけると、彼は先程の怯えを投げ捨て、余裕の笑みを浮かべた。

「ふふ、それではごきげんよう、騎士様」

そう言って丁寧にお辞儀をしてみせた彼は、身軽に木箱を越えて倉庫から逃げ出した。

「ちくしょう!」

ジーンは悔しさを紛らすように、床を踏みしめた。

「あいつ、俺が騎士だと知っていた」

恐らく彼が、この大勢の農民を扇動したに違いない。ジーンは何故かそう確信していた。

 その後、反乱騒ぎは収まってみると、その場にいたのは農民ばかりだった。彼らはみんな、武器を持つことに慣れている様子ではない。

 ――あいつ、一体なにがしたかったんだ?

 いろいろと謎が残るが、それを考えるのはジーンの役目ではない。報告をするのも夜が明けてからだ。パレットが肩を怪我しているようであるし、今はとにかく宿に戻って休みたかった。


 宿に戻って、パレットに先に風呂で汚れを落とすように言うと、ジーンはその間に手当の準備をする。風呂から出たパレットが傷むという部分を見てみると、肩をかなり強く打った上に踏まれたこともあり、赤黒く腫れていた。

 ――女の身体に、なんてことをしやがる!

 今頃領主館の牢屋に入っているはずのルドルファン王国の貴族に、ジーンは怒りを覚えると同時に、自分にも怒りが込み上げる。

 ――俺が、馬鹿なことで迷わなければ。

 そうすれば、パレットがこのような怪我をする前に助けることができたのかもしれない。後悔がジーンの心に重くのしかかる。そしてその後悔を口にすると、すぐに自己嫌悪にさいなまれる。これでは許してくれと言っているみたいだ。

 しかしパレットがジーンに告げたのは、許しでも怒りでもなかった。

「助けてくれてありがとう、ジーン」

感謝の言葉を口にしたパレットに、ジーンは呆けた。

 パレットという人間は、自分に敵意を向ける者に対してはとことん冷たい。それは、パレットの生い立ちがそうさせるのだろう。敵に背中を見せたら負けだという、強迫観念に近いものをパレットは持っている。

 だがその反面、道を踏み外しかけている者を、救い上げようとする思いやりも持っている。それは時に優しいやり方ではないので、気付かれにくいこともある。このパレットの不器用な優しさに、ポルト村の若者や反乱集団の者たちも、いずれ理解することだろう。


 自分が不幸に陥ると、他人の不幸までも望む者は多い。むしろそちらに流されることの方が、とても容易くもある。なのにそうはならないパレットは、心の強さがあった。

 ――こういう強さもあるんだな。

 ジーンは目の前のパレットが、初めて会った人物であるかのように思えた。

「誓おうパレット。俺はもう二度とあんたを疑ったりはしない」

ジーンはパレットの手の甲に額を当てて、騎士の誓いを述べる。この時初めて、己が騎士であることに感謝した。

 その後、もう夜明けを迎えた時刻だったので、ジーンは手早く湯を使い夜着に着替えた。ベッドの中のパレットの隣に滑り込むと、パレットはすでに寝息を立てていた。

「おやすみ」

ジーンはパレットに小さく声をかけると、自身もすぐに目を閉じた。旅に出てからずっと夜は浅い眠りであったせいか、ジーンはすぐに深い眠りに落ちた。

 次に目が覚めると、もう日は空の真上に上がっていた。

 ――久しぶりにちゃんと寝たな。

 パレットも起きたようで、隣でもぞもぞと動いていた。だが、ミィの唸り声が聞こえたので、ジーンは軽く身を起こす。

「……どうかしたのか?」

ジーンが尋ねると、パレットがこちらを見上げた。まだ半分寝ているような顔でぼんやりとしている、その眼鏡越しではない潤む眼差しが、唐突にジーンを動揺させた。隣から温もりが感じられる距離にいることが、何故か妙に気恥ずかしくなる。

 ――俺はずっと、この女の隣で寝ていたのだろうか?

 早まる鼓動を聞きながら、ジーンは己に問う。


 今まで夜もずっと気を張っていたため、隣で寝ているパレットをあまり意識せずにいられた。しかし問題の案件はひとまず解決しそうであり、ジーンが気を張る必要もなくなった。結果、心が軽くなったのは確かだ。

 しかし、パレットとはここ数カ月、ずっと近い距離で暮らしてきたというのに、どうして今更このような気持ちになるのだろうか。ジーンとてもういい歳で、女性とそれなりに遊んだ経験はある。それがこの旅の間、いや、今まで生きて来た中で、心の奥がむず痒くなるような感情に襲われたのは初めてだ。

 ――落ち着くんだ。

 ミィの毛皮に顔を埋めているパレットから、ジーンは視線を逸らし、動揺を隠して深呼吸を繰り返す。

「ジーン?」

こちらの行動が謎に思えたのだろう。パレットに訝しむ口調で呼びかけられたが、ジーンはあえてそれに答えない。

 だが、この時。

「おっはよー! 騎士さん起きたぁ?」

能天気なアリサの声と共に、寝室のドアが開いた。

「……は?」

とっさに跳び起きたジーンの視界に、ドアの向こうの部屋にいるオルディアの姿が入った。

 ――おい!

 寝起きで未だぼうっとしているパレットの姿を、ジーンは慌てて隠した。やがて今の事態が飲み込めてきたのか、パレットが顔を真っ赤にした。

 ジーンはパレットに頭まで布団を被せると、その上から撫でた。

「俺が話を聞いておくから、あんたはゆっくり支度していろ」

そう告げると布団の下で身動きをしたようなので、了承したと理解して寝室から出た。


 自身も寝起きで丁寧な態度を取り繕う気にもならず、ジーンはギロリと二人を睨む。

「宿の寝室にまで押しかけて、どういったご用件で?」

これに慌てて頭を下げたのはアリサだった。

「本当にごめんね? 騎士さん一人が泊まっている部屋だと思ったんだけど」

続けてオルディアも謝罪を口にする。

「夫婦の寝所を覗くような真似をして、本当に済まない。」

真剣に頭を下げるオルディアたちに、ジーンもひとまず怒りを収める。そしてどうしてこうなったのか、二人の話を聞くことにした。そうしたところ、宿の対応にも問題があったことが判明した。

「宿の受付で、ジーン・トラストはまだ在室かと尋ねたのだ」

オルディアが語るには、領主館からの使いとして訪れた宿の受付で聞いたら、慌てた様子の宿の従業員に案内されたのだという。そしてろくに説明も聞かれぬままに、この部屋に入れられたらしい。

 ――この宿、貴族に弱すぎだ!

 予想するに宿は領主様の名前を聞いて、犯罪沙汰の巻き添えを恐れ、勝手に部屋の鍵を開けたのだろう。

 ――犯罪者だと思われたか。

 この宿には騎士ではなく、商人という身分で宿泊している。それゆえ今朝方、明らかに事件に遭遇した格好で戻ったのも、疑惑を呼んだのだろう。それでも、室内は宿泊客の個人空間だというのに、ずいぶんと乱暴なことをする。


「それがまさか、夫婦で宿泊していたとは。二人の姓が違ったので気づかなかった。神殿で婚儀を挙げ損ねるのは、忙しい夫婦にはたまにあることだな」

「ごめんなさい、ノックくらいすればよかったね」

アリサも殊勝に謝る。

 どうやら自己紹介も問題の一因のようだ。このあたりは正式な身分証と偽装の身分証の違いが起こした悲劇であり、オルディアたちの落ち度とは言い難い。

「いえ……、私もまさか宿が勝手に鍵を開けるとは思いませんでしたから」

 話がついたところで寝室のドアがかすかに開いたので、ジーンがそちらに近付いた。

「大丈夫か?」

ドアの隙間越しに声をかけると、しっかりした声で返事が返ってくる。

「……取り乱して、失礼しました」

パレットは身なりを整えたことで、気持ちを建て直したようだ。若干頬が赤いようだが、先程よりはおさまっている。

「あの二人、領主様の使いで来たらしい」

「……わかりました、お話を聞きます」

パレットがミィを連れて、寝室から出て来た。

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