51話 騒動の行方
銀髪の青年の登場で、バーモントは明らかに怯んで見せた。しかし、ここで大人しくしようとは思わなかったようだ。
「お前たち、戦え! 私を守れ! そのための武器だろうが!」
バーモントが唾を飛ばさんばかりに叫ぶ。その声に反乱集団の若者たちは慌てて武器をとると、バーモントとその隣に転がるパレットを囲む。しかしその立ち姿はへっぴり腰にもほどがあり、明らかに武器を持ち慣れていない。むしろパレットは、彼らに踏まれやしないかとひやひやする。
一方で反乱集団から武器を向けられたジーンは、少しも慌てる様子はない。
「パレット、無事か?」
落ち着いた声で、パレットの様子を確認してきた。
「縛られているけど、大きな怪我はないわ。強いて言えばさっき突き飛ばされた時、肩を打ったくらいね」
パレットが素直に自分の状態を申告すると、ジーンはひとまず安心したようだ。
「今助けるから、そこで待ってろ」
ジーンがそう言って腰から短剣を引き抜くと、軽く構えた。ミィは唸りを上げて木箱から飛び降りようとしており、口から炎が漏れ出ている。その炎が倉庫の中を明るく照らすが、炎はまずい。
「ミィ、火は駄目よ、火薬が燃えちゃうわ!」
すると、これに答えたのはミィではなかった。
「わかった、だったら水ね!」
ジーンの隣にいる少女が、片手を掲げる。
『水よ渦巻け』
少女が唱えると、大量の水がどこからか現れて、まるで生きているかのように若者たちを囲い込む。よく見ると、それは大きな水の蛇だった。水蛇が彼らに向かってくわっと大きく口を開ける。
――あの子、魔法使いなの!?
パレットもこれには驚く。なにせ魔法というものを目にする機会はそうあるものではない。
「ひぃ、化け物!」
水蛇に襲われた彼らは、武器を放り投げて腰を抜かす。
「化け物なんて失礼しちゃう! 可愛い水蛇ちゃんなのに!」
少女がむくれているが、パレットとしてもこの水蛇が可愛いというのには賛成しかねる。
「フシャー!」
水蛇から逃れた者たちには、ミィが牙を剥いて跳びかかっていく。彼らはミィに向けて、逃げ腰で武器をがむしゃらに振るばかり。それも次第に無駄だとわかると、悲鳴を上げて散り散りに逃げ惑うようになる。彼らが戦闘訓練などまったくしていないのが丸わかりだ。
そんな中、パレットは床に転がっている状態では、踏まれないようにするのが精いっぱいだ。ミィがパレットの側に来ようとしているものの、逃げ回る者たちが邪魔なようでうまく近付けないでいる。ジーンは混乱中の反乱集団から一人離れた人物を追っているようで、パレットからは距離がある。
――私が早くここから逃げないと!
パレットもそう思って拘束から抜け出そうとしているのだが、縄が全く緩む気配がない。
そのパレットの隣では、バーモントが冷や汗をかいている。それはそうだろう、反乱集団は少女たった一人のために、壊滅しようとしているのだから。逃げ惑う連中も少女が魔法で拘束して、徐々に数を減らしている。
「くそっ、こんなはずでは……」
焦るバーモントの前に、木箱の上から銀髪の青年が降り立った。
「この程度の者を集めて反乱とは、遊技にもならん」
青年がバーモントに歩み寄る。青年から逃れようとして、バーモントがじりじりとパレットに寄ってくる。パレットはそんなバーモントから離れようとして、懸命に身動きする。しかし。
「私はこんなところで終わる人間ではない!」
突然バーモントが叫ぶと、パレットを踏みつけた。
「痛っ……!」
おりしも先ほど床に打ち付けた箇所を踏まれ、パレットは思わず悲鳴を上げる。
「パレット!」
痛みをこらえるパレットの耳に、ジーンの声が届く。
「下種な奴め、見下げ果てたとはこのことだな」
嫌悪感を露わに、青年が腰の剣に手をかける。だがそれを見たバーモントが、黒い筒状のものを懐から取り出した。
「こ、この女の命が惜しくば、私の命令を聞け!」
そう叫んだバーモントは、その筒の先をパレットに向けた。
「魔法具か……」
その筒を見た青年が顔をしかめた。魔法具という言葉を聞いて、パレットは硬直する。
「そうとも! 強力な炎の魔法具だ、これで女は丸焦げだ!」
バーモントがニタリと笑みを浮かべた。
「パレット!」
ジーンがパレットの近くまで来ているものの、魔法具を恐れて手出しできないでいる。ミィも跳びかかろうとする姿勢のまま動けない。
――逃げなきゃ!
そう思うのだが、踏まれたところが存外に痛くて、パレットは満足に動けない。
「さあ、女を助けて欲しくば……」
しかし、青年は脅し文句をみなまで言わせなかった。
「そんなもの、どうとでもなる。アリサ!」
「はぁい、アリサにおまかせ!」
少女がパレットの目の前に飛び込んできたかと思うと、片手を掲げた。
『炎よ従え』
そう唱えた少女を中心に、空中に大きな光る文様が描かれる。するとバーモントが持つ魔法具からも、小さな文様が浮かび上がった。二つの文様が引かれ合うように重なると、一際輝く。そしてその後、文様はバーモントが持っていた魔法具に吸い込まれていく。
「なんだ!?」
焦ったバーモントが手に持つ魔法具を振る。すると筒の先から、炎にかたどられた愛らしい猫のような動物が飛び出た。
――これってミィ?
炎が模ったミィは、大きく燃えた後に消えてしまう。パレットの被害としては、ちょっと炎の熱気が熱かったな、というくらいだ。
「どういうことだ、これは!?」
バーモントが手にする魔法具を床に叩きつけて喚いた。
その隙にジーンが素早く飛び出すと、バーモントの足元からパレットを抱き込むようにして引いて離れる。
安全を確保されたところで、パレットはジーンに縄を切ってもらう。身体は自由になったものの、床で打った肩が傷むのでうまく身体を起こせない。それでも、パレットが助かった安堵感でホッと息を吐くと、ジーンがパレットの頭をぎゅっと抱きしめた。
「すまない」
そう小さく零したジーンに、パレットがその顔をのぞき込む。ジーンはきつく唇を噛み締めていた。
――どうして謝るの?
パレットがこうなったのは運が悪かっただけで、ジーンの落ち度ではないというのに。後悔しているようなジーンの様子に、パレットは困惑する。
一方では、往生際の悪いバーモントが逃げようとしていた。だが青年は追おうとせず、隣の少女に命じた。
「アリサ、拘束だ」
「はぁい」
少女が描いた光る文様から光る紐が伸びて行くと、バーモントをぐるぐる巻きにしてしまう。
「くそっ、くそう!!」
倉庫の床に転がったバーモントに、青年が告げた。
「アリサは魔法具作成を得意とする魔法使いで、魔法陣の改造はお手の物だ。叔父上が造られた魔法具ならばともかく、そのような粗悪品がアリサに敵うと思うな」
青年の横で、少女が拾い上げた魔法具をしげしげと眺める。
「ショボいよこれ。安物つかまされたんじゃなぁい?」
奥の手の魔法具だったのだろう。バーモントはそれが失敗に終わったことで、怒りに全身を震わせている。
「こんなはずでは、私はここで終わるはずでは……」
ぶつぶつと呟くバーモントから視線をずらして周囲を見渡すと、若者たちはみな、バーモントと同じように光る紐でぐるぐる巻きにされていた。そして彼らを見張っているつもりなのだろう、ミィが牙を剥いて威嚇しながら前足でげしげしと攻撃している。ミィはあまり力を込めていないようだが、彼らにとっては恐怖でしかない。
「馬鹿騒ぎも、これで終わりだ」
青年がそう宣言すると同時に、倉庫に大勢の兵士がなだれ込んできた。
「何故兵士がここに?」
兵士を呼んだ覚えがないらしいジーンに答えたのは、青年だった。
「私が領主に知らせたのだ」
それを正面するかのように、兵士たちの中から一人が進み出た。恐らく隊長なのだろう。
「我らは反乱を企てる者が集まっているとの通報を受け、領主様の命令にて参った!」
隊長が宣言した後、兵士たちは反乱集団を縄で拘束していく。
ミィが兵士の行動を大人しく眺めていたが、兵士たちはミィを怖がっているようだ。それを察したパレットはミィを呼び寄せる。
「ミィ、こっちにおいで」
「みゃ!」
呼ばれたミィは跳んでくると、ゴロゴロと喉を鳴らして床に座るパレットにすり寄る。パレットはミィの喉元を撫でてぎゅっと抱きしめた。
「ミィも助けに来てくれたのね、ありがとう」
「みぃ!」
この様子を、少女が興味深そうに眺めていることに、パレットは気が付かない。
パレットの様子を伺いながら、ジーンが尋ねた。
「パレット、誰にここに連れて来られた?」
「恐らく私の叔父です。宿に現れて話しかけられたんですが、その途中で意識を失って……」
そのような話をしていると、先ほどの隊長がこちらにやってきた。そしてパレットたちを眺めて質問する。
「お前たちは、どういった経緯でここにいるのだ?」
反乱集団が集まる場所にいたので、怪しまれているのだろう。
隊長に答えたのはジーンだった。
「このような状況で疑いを向けられるのは当然です。私は王城の騎士で、ジーン・トラスト。身分を証明するものは宿に置いてありますが、王城に確認してもらっても構いません。こちらは王城の文官です」
ジーンが堂々とした口調で隊長に身分を明かす。その隣で、パレットも座ったまま背筋を伸ばす。
「王城の文官、パレット・ドーヴァンスです。私の身分は、そこの彼らが証明してくれるでしょう。私が王城の文官だと知っていたようですから」
ジーンとパレットが身分を明かすも、しかしオルディアとアリサはさほど驚かなかった。
「へー、騎士さんと文官さんだったんだぁ」
「なるほど。商人ではないとは思ったが、そういうことか」
身の上を偽装していることを、見抜いていたようだ。旅の間怪しまれることはなかったのに、鋭い観察眼の持ち主である。
隊長は、パレットの言葉に顔をしかめた。
「王城の文官だと知っていて乱暴を働いたとは。下手をすれば反逆罪だぞ」
「そんな……!」
反逆罪という言葉に、反乱集団の中から悲鳴が上がった。そこまで重大なことだと思っていなかったようだ。そのあたりの気楽さが、ポルト村にいた若者と似ている。彼らもやはり、同じようにして連れて来られたのだろう。




