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不機嫌な乙女と王都の騎士  作者: 黒辺あゆみ
五章 ソルディング領

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50話 騎士様の苦悩

時間はパレットが叔父に出くわす、少し前にさかのぼる。

 宿での夕食を終えた夜遅い時刻、ジーンは酒場に行くとパレットに告げて出かけたが、実は宿のすぐ近くにいた。

 ――特に、動きなし。

 宿の向かいにある建物の影から、宿を眺めている。その表情は、決して楽しそうなものではない。ジーンたちが泊まっている部屋の窓から漏れる灯りはまだついたままで、恐らくパレットは報告書でも書いているのだろう。その灯りをぼんやりと眺めたまま、ジーンは深く息を吐いた。

 ――俺だって、こんなことはしたくないさ。

 だがこれは、パレット・ドーヴァンスの動向を見張れという、副団長による指示なのだ。


 あの日、ジーンは副団長に言われたことはというと。

『ドーヴァンス商会が、武器密売に関与している疑いがある』

そしてその疑いが、パレットにも向けられているというのだ。

 ソルディング領への武器流入とドーヴァンス商会の関与の報告が上がり、ドーヴァンス商会の縁者であるパレットが糾弾の対象となったと言われた。

 ――そんな馬鹿な話があるか!

 現商会長である叔父に居場所を奪われたパレットが、その叔父に協力するとは考えられない。

 この糾弾に強く反発したのが国王だ。己の妃の命の恩人を疑うとは、とパレットを犯人側に仕立て上げようとする貴族たちを止めようとした。だがこのことは、庶民が王城で働くことに快く思っていない、反国王派にとっては好機である。

 パレットは自身の身の安全のためにも、一旦王都から出てもらい、己の潔白を証明する材料を得なければならなかったのだ。そしてパレットが謀反に加担していないかを、見極める役目をジーンが負う羽目になったというわけだ。


 ジーンは仲間を罠にかけるような命令を了承するのに時間がかかった。だが、疑いを晴らすのはパレットにとっても必要なことなのだと、再三言われてようやく頷いたのだ。

 そうして複雑な思いを抱きつつ旅に出たジーンは、極力パレットを一人にしないようにした。宿に「夫婦用の部屋が空いてている」と言われて、ぜひにとお願いしたのも自分だ。始終ずっと一緒にいれば、パレットがおかしな様子を見せればすぐにわかる。

 このような緊張感をもって旅を続けていたのだが、パレットは一向に怪しい動きを見せなかった。ジーンはこのことにホッとしつつも、常に気を張っている己の隣で寝顔を披露されれば、怒りがこみ上げるのも事実だ。こちらの気も知らず呑気に寝ている様子にムッとしたジーンは、パレットの枕を自分の隣に引き寄せ、朝驚く顔を見て気晴らしをしたりもした。

 ――寝ている顔は年相応なんだよ、あいつは。

 ジーンは旅の間、それを再確認することにもなった。さらには誰に吐き出すことのできない愚痴を、ミィ相手に呟いたりもした。愚痴をちゃんと聞いてくれたミィは、実によくできた魔獣だ。


 このままこの街でも、全部無駄骨に終わればいい。ジーンはそう願ってやまない。

 物思いにふけりつつ、どのくらいそうしていただろうか。ジーンはふいに、ある姿に目をひかれた。質素な服装をしているが、燃えるような赤毛が特徴的な、若い男性だ。

 ――あれは……!

 気になったジーンは、彼の跡をつけてみることにした。

 その後赤毛の男性の行方を確認して、今日のところはもう監視は終わりにしようと思い、宿に戻る。すると部屋の中に、パレットの姿がなかった。

「……パレット?」

机の上には書き終えた報告がそのまま置いてある。室内を見ても、特に荒らされた様子はない。

 ――水を飲みにでも降りたのか?

 だがジーンが戻って来た時、一階にパレットの姿はなかった。それでも確認のためジーンは一階に向かい、宿の受付の娘を捕まえて聞いてみた。

「忙しいところ申し訳ない。私の妻を見なかっただろうか」

彼女はジーンを見て小さく歓声を上げた後、首を横に振る。

「そうですか……。部屋にいないもので、どうしたのか心配になって」

ジーンが気落ちした様子を見せると、娘は他の従業員にも尋ねてくれた。

「ねえ、この方の奥さんを誰か見た?」

「いいえ?」

やはり否定の言葉が返って来る。少なくとも、入り口から外に出たわけではないようだ。もう一度部屋に戻って待ってみたが、戻ってこない。


「ああ、くそ!」

ジーンは悪態をついて、再び宿の外へ出る。己が少し目を離したばかりに、このようなことになる。こういう時に頼りになるミィは、まだ合流していない。そもそも、それがおかしい。

 ――いつも日暮れ前には、すっ飛んで帰ってくるのに。

 母親に懐く子供のように、ミィはパレットに懐き、その敵には容赦なく威嚇する。それほどミィにとって、パレットは大切な存在なのだ。それにこの旅の間、パレットが危険な目に合うかもしれないと、ミィにジーンの口から十分言い聞かせてある。なのでミィがそう長く遊んでいるはずがないのだ。

 しかしある考えが脳裏を過ぎり、ジーンは立ち止まる。

 ――これが、パレットの狙いだとしたら?

 ミィもいない間に、ジーンの目を盗んで外出したのだとしたら。それの意味するところは、どういうことだろうか。

 ――まさか、そんなはずはない!

 だが、様々な可能性がジーンの頭の中をぐるぐると回り、立ち尽くしたまま動けない。


 そんなジーンに、声をかけた者がいた。

「どうしたの~?」

その呑気な声音にジーンは振り返る。そこに立っていたのは、銀髪の青年とフードを被った少女だった。そう、ベラルダの街で見た二人連れだ。

 そして少女の小脇に、ミィが抱えられていた。

「みぎゃーっ!」

ミィはジーンを発見したとたん、ジタバタと暴れて少女の腕の中から抜け出し、こちらに突進してきた。そしてするするとジーンの肩まで登り、ひしっと頭にしがみついた。

 ――重いんだが。

 ミィが猫くらいの大きさの時ならいざ知らず、中型犬程度の大きさの現在では、その重さがずしんと肩にくる。しかも心なしか、ミィがプルプル震えている。

「どうした、ミィ!?」

ジーンは何故ミィがこの二人と一緒だったのかと驚いたが、宥めるように震えるミィを撫でる。

 ――怯えているのか?

 オルレイン導師にもそんな様子を見せなかったミィが、一体どうしたことだろうか。


 一方ではジーンとミィの目の前で、二人は呑気に会話をしている。

「ほら見ろ、アリサが構い過ぎるから嫌われたぞ」

「だってオル様、あんなに人に懐く魔獣なんて、面白いじゃない?」

この少女のセリフに、ジーンの警戒心が上がる。過去にミィを見て魔獣だと見抜いたのは、オルレイン導師しかいない。

 ――こいつも、魔法使いか?

 だが今、そんなことを気にしている場合ではない。

「丁度いいところに戻ったな、ミィ。パレットを探しに行くぞ!」

ミィを見ているうちに、ジーンの中のぐるぐるとしていたものがスッと抜けていく。そうだ、難しいことは後で考えよう。今大切なのは、パレットが無事でいることだ。

「うみゃ?」

ジーンの言葉を聞いて、ミィの震えが止まった。パレットがいなくなったことがわかったのだろう。ミィはひらりとジーンの肩から降りると、フンフンと臭いを嗅ぎだした。


 ジーンとミィの様子を見ていた二人連れは、お互いに顔を見合わせている。そして、銀髪の青年が申し出た。

「この魔獣の子供をいつまでも拘束していて済まない。お詫びといってはなんだが、どうやら君はなにか困りごとがあると見受けられる。その解決に協力するということで、詫びとするのはどうだろうか」

「役に立つよ、きっと!」

続いて少女が元気よく手を上げる。

 やる気満々の二人には悪いが、ジーンとしてはミィがいれば問題解決なので、帰ってもらえると有り難い。

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