49話 さらわれたパレット
パレットが意識を取り戻したのは、暗くて寒い場所だった。
――どこ……?
寝起きのような鈍い思考を纏めながら、パレットは起き上がろうとして、それができないことに気付く。自分がどういう状況なのか、とっさに理解できない。部屋で報告書を書いていて、ジーンもミィも戻ってこなくて、それから……
――そうか、叔父さんに会ったんだ。
叔父と話している途中で、誰かに捕まえられた。恐らく叔父の仲間に違いない。叔父が取引のようなことを口にしていたが、最初からパレットを捕まえるつもりだったのだ。
――あの男、どこまでも私の人生を阻むのね。
叔父への怒りが、次第に意識を鮮明にさせていく。そうしてようやく、パレットは己の現状を把握できるようになる。
パレットの頬にはザラッとした石の感触が当たっており、身動きが取れない。どうやら縄で縛られた後どこかに移動させられ、石の床に転がされたようだ。
灯りのない真っ暗な場所は、天井付近にある空気穴から漏れる月明りのみが頼りだ。だがその程度の明るさでも、周囲に大きな木箱が大量にあったことから、ここが倉庫のようだと知れた。
そして木箱に混じって、月明りを鈍く反射するものがある。それは剣や斧などの大量の武器だ。その中に火薬もあるようで、火薬の臭いが少々鼻につく。
これらを見たパレットは、さっと血の気が引いた。
――ここってもしかして、反乱の本拠地!?
大量の武器となれば、それは反乱に使うためのものだろう。パレットが叔父に捕らえられた後、この倉庫にいた。この事実から考えられるのは、叔父と反乱を起こそうとしている者たちが繋がっているということだ。
――あの叔父さんが、まさかそんな大それたことに関わっているなんて。
叔父に反乱に加担する度胸があるとはとうてい思えないパレットは、信じがたい思いだ。だが、ここに転がったままではいられない。パレットが懸命に起き上がろうとしていると、足音が聞こえてきた。
――叔父さん!?
パレットが身構えた直後、木箱の陰から現れたのは。
「気が付いたのか、貴族の手先め!」
そう言ってパレットを睨んだのは、若い男性だった。
「……は?」
てっきり叔父が来るのかと思っていたパレットだったが、全く知らない男性の出現に、一瞬気が緩むが。
――いけない、危機には変わりないのよ、私!
パレットは気力を絞り出す。真っ暗な中で、ジーンもミィもいない状況に、恐怖を感じないわけがない。しかしそれを、相手に気付かれてはいけない。そう己を奮い立たせ、相手を観察する。男性は恐らく反乱に加担する一人だろう。腰から剣を下げてはいるが、その服装はポルト村にいる農民たちと同じような恰好をした若者だった。
――領内の農民かしら?
そうだとしても、パレットが貴族の手先とはどういう意味だろう。
「貴族の手先というのは、私のことですか?」
努めて普通の口調で尋ねたパレットだが、それが小馬鹿にしているように聞こえたらしい。彼は表情を歪めてパレットのすぐ横の木箱を蹴り上げる。木箱が立てた音に、パレットは身体を固くする。パレットの様子を見て、彼は満足したように語る。
「ここの領主は国王の弟なんだろう? その国王っていうのが贅沢三昧で、俺たちが貧しい暮らしをしている原因なんだ!」
彼の言葉を、パレットは止めずに聞いている。
「そしてお前は、その国王の手先の文官だ! 女のくせに文官をしているのは、身体を使ってすり寄ったからだそうじゃないか。そんなに具合がいいようには見えないがね」
そう言って、彼は嫌らしい笑みを浮かべる。どうやらパレットが王都の文官であることがばれているらしい。おそらく叔父が教えたのだろう。
彼の発言には非常に下品な表現も混じっていたが、パレットには気になったことがある。これらの発言は、王城の役職持ち貴族にありがちな意見なのだ。
『自分たちに回るべき金を、国王が貯め込んでいる』
『女性の身で文官など、しょせん夜の閨で得ている職だ』
王城の貴族たちが、このような悪口をそこかしこで喚いているのを知っている。
――彼らを動かしているのは、もしかして貴族?
そんな予感が、パレットの脳裏をかすめた。そして試すように彼に語りかけた。
「それで反乱のための武器を、ドーヴァンス商会から買ったの?」
「あの人たちは俺たちの味方だ! 俺たちの苦境を知って、力を貸してくれたんだ!」
歓喜に声を震わせて喋る彼に、パレットは内心ため息を漏らす。
――なるほどね。
どうしてこの役目が自分だったのか、パレットにもようやくわかってきた。なんのことはない、叔父のせいで自分まで妙な疑いを持たれたのだ。
――だいたいおかしいと思ったのよ、商才のない叔父さんが十年も店を潰さずにいられたなんて。
どうやらそれも、やましい商売で得た金のおかげだったようだ。いや、やましいどころか国家級の犯罪だ。
パレットは固い声で彼を質す。
「それで、ドーヴァンス商会が武器や攻撃用の魔法具を売ってくれたの? 馬鹿なことをしたわね。武器はともかく、攻撃用の魔法具は国の許可がないと持つことができない代物よ。それを持っていると、重い罪に問われることになるわ」
「その罪も国が決めたことだろうが! 俺たちを恐怖で支配するために、武器を持たせまいとしているだけだ!」
彼がそう叫んだ時、木箱の向こうからもう一人男性が現れた。
「おい、その女を呼んでいるぞ」
新たに現れた者がそう言うと、パレットを無理に立たせる。パレットは二人に両脇を抱えられ、引きずられるようにして連れていかれる。
そして連れていかれた先には、他にも大勢の若い男性が集まっていた。その誰もが農民のような恰好で装備もろくにしておらず、とてもじゃないが反乱軍とは言えない。反乱集団とでも呼称すればいいだろうか。
「ほら、行けよ」
パレットは倉庫の入り口前の床に、二人から突き飛ばされるように放り出された。
――痛っ!
拘束されたままで満足に動けないパレットは、肩を床に打ち付ける。無言でその痛みに耐えていると。
「その女か、王城の文官というのは」
彼らの向こうから問う声がした。パレットが声の方を見上げると、そこにいたのは豪奢な服装をした中年の男性だった。
「そうです、バーモント様」
先ほどパレットに熱弁をふるっていた若者が答える。するとバーモントというらしい男性が、パレットの前に進み出た。
「お前たちは外に出ていろ」
バーモントの命令で、若者たちはぞろぞろと倉庫の外へ出て行く。そして入り口が閉じられると、月明りのみの薄暗い中、バーモントが嘲笑したのがわかった。
「下賤な身の分際で、我ら貴族と同等になろうとするからこういう目にあうのだ」
パレットは相手の言葉の訛りに気が付いた。
――この人、ルドルファン王国の人だわ。
しかもこういう言い方をするところを見ると、このバーモントは貴族だろう。
「……それはどういう意味でしょうか?」
パレットが尋ねると、バーモントは顔をしかめる。
「こざかしい、貴族である私に口答えなど! 教会が庶民にいらぬ知恵をつけるから、このような愚かな者が生まれるのだ。貴族である我らと下賤なお前らとは、持って生まれた資質が違うのだよ! それを理解せぬ愚か者が!」
――教会が知恵をつけたって、教会学校のことかしら。
この国にも教会学校に反対する貴族はいるが、それは教会学校発祥の国でも同じことのようだ。
パレットが黙っていると、バーモントは続けて語る。
「国を正しく導くのは、選ばれた高貴な血筋の者でなければならぬ。それをあの下賤な者どもに毒された国王が我々をないがしろにし、国は穢れたのだ!」
バーモントは弁舌を振るっているが、その目はパレット自身を見ていない。その様子を観察しながらも、パレットは必死に頭を働かせていた。ジーンが宿に戻れば、パレットがいないことにきっと気付く。そうなれば、ミィと一緒に助けに来てくれるだろう。なので今パレットがすることは、助けが来るまで無事でいることだ。
――でももし、ジーンも私を怪しんでいたら?
ジーンは騎士で、犯罪を取り締まるのが仕事だ。そのジーンが、ドーヴァンス商会が怪しいことを知っていたとしたら。職務としてパレットを調査していないと、どうして言い切れるだろう。
――不安に負けては駄目!
いつも最悪を予想してしまう、パレットの悪い癖だ。今は無事に助かって、室長に報告をすることが大事なのだ。そのためにも、バーモントを逆上させてはまずい。
無言のパレットを気圧されたと思ったのか、バーモントはさらに熱く語る。
「そのような国に見切りをつけ、ここに逃れてきたというのに。この国もまた、下賤な者たちに穢されようとしている。これを、見過ごすことができようか! この領に押し込められた王弟殿下もまた、王城を追い払われて憎しみが募っておられることだろう!」
バーモントの口から出た人物の名に、パレットは眉をひそめた。
――王弟殿下?
ポルト村の村長は、新しい領主は税を軽くしてくれたと言っていた。なのでパレットはここの領主様は領民のことを考えている、良い人物だと思っていたというのに。だが確かに貴族的視点では、王弟殿下は政治の中枢である王城を追われた身である。ここにきて、王弟殿下がどういった人物なのか、パレットにはわからなくなってくる。しかしその時。
「謀反に失敗して逃げ込んだ犯罪者と同列に語られては、王弟殿下も迷惑というもの」
どこからかそんな声が響いたかと思えば、誰かが倉庫の中へ飛び込んで、高く積まれた木箱の上に着地する。どうやら天井付近の空気穴から入ったらしい。その輝く銀髪が、夜闇の中できらめく。
――この人、ベラルダの街にいた……!
意外な人物の登場に、パレットは驚く。すると続けて、黒い塊がまた飛び降りる。
「ミィ!」
「うみゃん!」
ミィも身軽に木箱の上に着地すると、パレットの姿を見て鳴いた。
銀髪の青年は、バーモントを睨みつける。
「隣国でルドルファンの恥を晒されては、父上と叔父上があまりに気の毒だ」
「貴様、まさか……」
そう語る青年に、バーモントがあえぐように呟く。
「私を貴様と呼ぶとは、お前はずいぶん偉くなったなバーモント」
それを聞いた青年が顔をしかめると、バーモントは全身を震わせた。
「馬鹿な、こんな場所にいるはずがない!」
バーモントは叫ぶが、その顔色は暗闇の中で見ても悪かった。
「どうしました!?」
倉庫の中の声が聞こえたのだろう、倉庫の入り口が開いて、反乱集団の若者たちが飛び込んできた。しかし、その背後にさらに人影がある。
「これで全員か?」
「怪しいよねぇ、夜の倉庫でこそこそとさぁ」
短剣を持ったジーンと、フードを被った少女の姿があった。この少女は、銀髪の青年と一緒にいた少女だ。パレットはジーンが助けに来てくれたことにホッとすると同時に、疑問が浮かぶ。
――ジーンが、どうして彼らと一緒に?
一体どういった経緯なのか、さっぱり見当がつかない。




