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不機嫌な乙女と王都の騎士  作者: 黒辺あゆみ
五章 ソルディング領

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46話 村長の話

パレットとジーンは、せめてものお詫びにという勧めで、村長の自宅に泊まることになった。現在この家で暮らしているのは、村長とその奥さん、孫の少年の三人だそうだ。

 そして夜、二人は夕食の席に招かれた。しかしミィの夕食を用意させるのは気の毒なので、一匹だけ部屋で留守番だ。ミィには外で食事を済ませてもらっている。

 特別な料理など不要だと最初に断ったので、村長一家が普段食べている夕食が並んだ。根菜の煮物と、灰色の団子がいくつか浮かんでいるスープというメニューだ。この灰色の団子が、謎の食材だった。

 魚のすり身の団子汁なら、パレットはアカレアの街で食べたことがある。しかしあれとは違う。第一ここは山奥で、魚は手に入らないはず。パレットは今まで見たことのない食べ物に、首を傾げた。

「あの、これは?」

「ああ、このようなものを出して申し訳ない。本来ならば、客に出すようなものではないのですが。パンを食べることができない農民の、いわば非常食なのです」

村長はそう前置きをして、この灰色の団子について教えてくれた。

「このあたりの山で採れる『ソーブの実』を、すり潰してこねたものです。腹にたまるので、この領の農村ではよく食べられるのです」

「へぇ……」

村長の説明に、パレットは目を丸くした。こんな食べ物がこの国にあったとは、全く知らなかった。パレットが十年前にソルディング領へと来た時、すぐに他の領地へ向かったので、このソーブの実を目にすることがなかったのかもしれない。食べてみるともちもちとした食感で、なるほど腹にたまる。


 だがこれだけの品数で、空腹でははなくなるものの、とても腹が満たされるとは言えない。村長の孫である少年は育ちざかりであるのに、これでは栄養失調になってしまうのではなかろうか。パレットはむっつりとした顔で考え込む。

「このような食事で、申し訳ない」

パレットが食事に不満を抱いたと思ったらしい村長は、深々と頭を下げる。それをパレットは慌てて否定した。

「いいえ、私は十分です。ですがお孫さんは、この食事で大丈夫ですか?」

パレットの心配に、村長はため息を漏らした。

「そう……、私はいいんです。もう老い先短い身ですから。ですがあの子には、もう少しまともな食事を食べさせてやりたい」

悲壮な様子の村長に、パレットとジーンは顔を見合わせる。

「この村は、以前からこのように、収穫が困難なのですか?」

パレットがそう尋ねると、村長はゆるゆると首を振った。

「いいえ。荒れ地ながらも、細々と暮らしてゆける実りは確保できてましたよ」

だが三カ月前、そんな田舎の村に変化が起きた。村を訪れたある旅人が、若者たちに向けて演説をして回ったのだそうだ。

『このまま待っていても、暮らしは良くならない! いっそ反乱を起こして、領主を引きずり降ろせ!』

その熱弁に耳を傾けたのが、貧しい暮らしに不満を抱いていた若者だったそうだ。


『反乱が成功した暁には、領主がため込んでいる金は山分けだ』

そのような甘言に、若者たちはまんまとのせられたのだとか。そして荒れた農地を耕すべき若い男手が、旅人に連れられて出て行った。その先頭に立ったのが村長の息子で、残った若者が、パレットたちを襲った彼らだそうだ。出て行く連中は残った者たちに、「荒事をする度胸のない意気地なし」と罵声を浴びせていたという。

「なるほど、それで『俺たちだってやれる』か……」

話を聞いたジーンが、小さく呟く。

 その後村に残されたのは少数の若者以外、年寄りや病人がほとんど。畑仕事も満足に回らず、頼みの綱であるソーブの実の採取も危ぶまれた。このままでは食えなくなるのも時間の問題だと、村人の間で議論が交わされていた所だったらしい。


「そんなことが……」

パレットはなんと言っていいのかわからず、ジーンも難しい顔をしている。そんな二人の様子を見て、村長は悲しそうな顔をした。

「世の中に、そんなうまい話があるわけがない。そんな簡単な真理すら、あ奴らにはわからない。今ある実りで、満足できなかったのです」

山を下りた先にあるベラルダの街はあれほど栄えているのに、どうして自分たちだけが我慢しなければならないのか。若者たちは、口々にそう叫んだそうだ。

「それでも、暮らしは徐々に良くなっているのです。今の領主様に代わって、税が軽くなりました。贅沢さえしなければ、冬を越す食料は十分に賄えるようになった。それでは何故駄目なのか……」

自分の暮らしが良くなっても、隣の人間がもっと良い暮らしをしていれば、比べてしまうのが人間だ。そうわかっていても、村長の嘆きは深かった。


 そして夜、パレットとジーンは村長から一室を与えられた。ここは元々、息子夫婦の部屋らしい。ちなみに息子の妻は、ベラルダの街へ出稼ぎに行っているそうだ。

 たらいに湯を貰い、お互いに旅の汚れを落とした後。パレットとジーンはベッドに腰掛けた。

「どう思う? 村長の話」

ジーンの問いかけに、パレットは眉間に皺を寄せた。

「あんな馬鹿な話はありません」

パレットにしてみれば、全てが馬鹿馬鹿しい話だ。たとえ反乱が成功したとしても、領主が持っていた金は領民のものであり、領民を養うために使うべきものだ。

 ジーンも、話の怪しさを嗅ぎ取っていた。

「第一、報酬は山分けだと言うなら、それを得る頭数を増やすわけないだろう。損になるじゃねぇか」

その論理を吐く者は、たいてい報酬を渡すつもりのない者だ、とジーンも言う。

「その反乱、きな臭いな」

険しい顔のジーンに、パレットも頷く。

「例の話と、関係があるのかもね」

そんな話をしながら、夜は更けていく。



翌朝、パレットたちはポルト村の入り口にいた。荷馬車に乗り込み、準備万端だ。

 そしてそこには村長夫婦と共に、パレットたちを襲った彼らも見送りに来ていた。彼らは昨夜、家族にみっちりと叱られたようである。罰としてこれからしばらく、休みなく畑仕事に精を出すのだとか。

 ジーンは出発する前に、村の若者たちに告げた。

「どうやらあんたらはあまり深く考えていないらしいが、反乱というのは立派な犯罪だ。捕らえられれば厳しい罰を受けることになる」

犯罪という言葉に、彼らが息を飲む気配がした。そこまでのこととは思っていなかったのだろうか。ちょっと暴れる程度だと考えていたのかもしれない。

「生活に不満があるなら、まずは領主に訴えを上げればいい。それをせずに武力で話を通そうというのは、謀反ととられる。謀反となれば領主、ひいては国家の敵だ。捕らえられてその末は、極刑が待つことになる」

ジーンの騎士としての言葉は、そうとは知らない村人たちにも重く響いたようだ。パレットもこれに頷く。


「大体、ただの農民が兵士とやり合っても、敵うはずないでしょうに」

 領主の街には大勢の兵士がいる。農民が戦いを生業としている兵士に束になってかかっても、いいようにあしらわれるだけだ。事実目の前の彼らは、十人掛かりでジーン一人にかなわなかったのだから。

 そもそも出て行った村の若者は、反乱とはどのようなものなのか、理解していたのだろうか? ここにいる若者を見ていると、到底そうは思えない。

 ――口車に載せた奴が、相当口が上手かったのかしら。

 むっつりと考え込むパレットをよそに、村の若者たちは顔色を青くしていた。その隣で、村長がため息を漏らした。

「気付くのが遅い。私は何度も話をしたが、あ奴らが聞き入れなかったのだ」

村長の言う通り、気付くのが遅すぎる。だがまだ、反乱が起こったという噂は聞かない。


「どうしよう、あいつらが殺されちまう!」

焦りだす若者に、パレットが助言する。

「領主様に宛てて、陳情書でも書くのですね。騙されて連れていかれたと、事実を正直に述べるといいわ」

「俺、書くよ。領主様にたくさん手紙を出す。父さんを助けてって」

村長の隣で、その孫である少年が泣いていた。初めて思い知らされた現状は、子供には重いものだろう。

「一緒に書こう。きっと領主様はわかってくださる」

村長とその奥さんが、少年を抱きしめた。

「これからが、踏ん張り所だな」

ジーンがそう言って、パレットとジーンの間に座っていたミィを、ワシャワシャと撫でまわした。それを遊んでもらっていると思ったのか、ミィはジーンの手にじゃれ付く。

「じゃあ、行くぞ」

「お世話になりました」

ジーンが荷馬車の手綱を引いたので、パレットは村人たちに挨拶をする。

「どうか道中、お気を付けて」

深々と頭を下げる村長たちを背後に、パレットたちは出立した。

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