45話 ポルト村にて
「で、こいつか」
ジーンはそう呟いて、ミィの下にいる少年を見た。少年は悔しそうに、唇を噛み締めている。
「お前ら、この先の村の奴らだな?」
「そうなの?」
ジーンの言葉に、パレットの方が驚く。ジーンは頷いて説明してくれた。
「見たところ、馬を持っていない。徒歩でここまで来たとなれば、村の農民だろう」
なるほど、そう言われてみれば納得である。
「でもそうすると、どうするの? そこの村で一泊する予定だったけれど」
襲って来た連中の村となると、注意が必要だろう。しかし彼らが、根っからの盗賊に見えないのも本当だ。
ジーンもしばし考え込んだ後、結論を出した。
「ここに放置するわけにもいかないだろうし、こいつらを連れて行ってみるか」
というわけで当初の予定通り、この先にある村へと向かうことになった。
パレットとジーンは、捕まえた一行を連れて村へと向かった。地図によるとここはポルト村で、ソルディング領で最も西にある村だ。
荷馬車を入り口に置いて、村へ入ってみる。ミィが捉えた連中を後ろから、歩くように追い立てている。
だが、そうして村の中ほどまで進んでも、村人の姿が見当たらない。
「みんな、どこかで集会でもしているのかしら」
パレットが不思議に思っていると、捕まえた一行の中の少年が、口を開いた。
「……村はいつもこんな感じだ」
どうやらこの村は、想像以上に寂れているようだ。
だがしばらくして、村の奥にある比較的大きな家から、老人が出てきた。
「お前たち! 畑にいないと思えばどこに行っておった!」
老人の怒声に、縛られたままの者たちは、ばつが悪そうに顔を俯かせる。
「じっちゃん、あの……」
少年がなにか言おうとするが、言葉にできずに同じように俯いた。
「えっと、この子のおじいさんですか?」
パレットが老人に尋ねると、老人はこちらに向き直る。
「これは客人に失礼しました、私はこの村の村長をしておる者です」
村の代表が現れたとあって、パレットはジーンと視線を合わせる。村長の方も、村人が縛られている姿を見て、尋常ではないと察したようだ。
「こ奴らはなにか、しでかしたのですかの?」
「実はですね……」
こうして村に来る前にあった出来事を、ジーンの口から村長に説明された。
「なんと愚かなことを……」
全てを聞いた村長は、そう呟いてしばし天を仰ぎ、そしてすぐに地に擦り付けんばかりに頭を下げた。
「せっかくこの地を訪れてくれた客人に、なんというご迷惑をおかけしたのか。本当に申し訳ない! どうやって償えばいいものか……」
償いと聞いて、捕らえた連中がはっとした顔をする。ここにきてようやく、自分たちがしでかした事の大きさを考えたのかもしれない。この貧しそうな村に、差し出す金品などあるようには見えない。
「頭を上げてください。幸いなことに、こちらには全く被害はありませんでしたから」
パレットがそう言うと、隣でジーンも頷く。
「彼らをどうするか困ったので、村を訪れてみた次第です」
言外に損害賠償は必要ないと二人が告げると、頭を上げた村長は、再び深々と頭を下げた。
「情けをかけていただき、繰り返し申し訳ない……」
村長は謝罪を終えると、厳しい表情で一行を見据える。
「お前たち、どうしてこのようなことをした」
村長の問いかけに、真っ先に答えたのは少年だった。
「じっちゃん、だって。このままじゃ、みんな死んじまうよ!」
村長は、この少年の言い分に激怒した。
「己が苦しいからといって、なんの罪もない者を苦しめてよいという話にはならん!」
「……だって」
まだ反論したそうな少年を、村長は視線で抑え込む。
「よいか。村を出て行った連中は、必ず痛い目を見ることになる。楽をして富を得る方法など、世の中にはありはしないのだ!」
村長の説教に、彼らはなにか言いたげな様子だが、結局なにも言わなかった。
――なにか事情があるのかしら?
村長の物言いで、パレットはなにか村の中で問題が起こっていることを予想できた。それはジーンも同様のようで、二人で目を見合わせる。
その後の話し合いの末、襲って来た者たちの処遇については、村長に任せることになった。
「ここから兵士のいる場所まで、こいつらを連れて行く方が骨だ。この村のやり方に任せる」
ジーンの言う通りで、犯罪者だと兵士に突き出す手間が惜しい。それにパレットとジーンの立場としては、あまり目立ったことをしたくない。
「今は人手が必要な時だ、せいぜい畑仕事に励んでもらうことにしよう。お前たちの家族にも、厳しくするように伝えるからな」
村長にそう告げられて、彼らは情けない顔をした。盗賊紛いのことをしたと、家族に知られるのは嫌なのだろう。しかしそれも、自業自得だ。
「安心して欲しい、農作業ができなくなるような怪我はさせていないつもりです」
ジーンが村長ににっこりと笑みを見せた。なるほど、ジーンが先に武器を破壊していたのは、彼らが貴重な働き手だからのようだ。
――こういった気遣いができる男なのよね、ジーンって。
旅の最中にさんざん「新婚夫婦」という言葉でからかわれたパレットだが、たまにジーンのこういう真面目なところを目にすると、なにも言えなくなる。ずるい男だと、パレットがじっとりと睨んでいると、その視線に相手も気付いたようだ。
「なんだよ? 変な顔をしてるな」
ジーンがそう小声で聞いてくる。
「……なんでもないです」
ふいっ、とパレットは視線を逸らす。
そんな二人の様子を、ミィが不思議そうに見上げていた。




