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不機嫌な乙女と王都の騎士  作者: 黒辺あゆみ
五章 ソルディング領

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44話 ソルディング領へ

翌朝、パレットとジーンは国境の街ベラルダを出ると、大街道を北に逸れた。すると道が次第に、なだらかな登り坂に変わっていくと同時に、緑が少なくなる。土がむき出しの大地や、背の低い木々が見られるようになってくる。

「北へ来ると、急に景色が変わるな」

ジーンが荷馬車の手綱を操りながら、目を見張るように周囲を眺める。

「本当に、同じ国内とは思えないですよね」

パレットも十年前に初めてこの景色を見た時は、王都周辺との違いに大変驚いたものだ。

 ミィが時折散歩だとばかりに荷馬車を飛び出すが、そのミィの黒い姿を見失うことがない。道のずっと先で、尻尾を振っている姿がよく見えた。

 こうして荒れた大地を眺めながら進み、そろそろ昼食時だと言う頃になった。


「休憩にしよう」

ジーンがそう宣言して、荷馬車を止めた。本日三度目の休憩だ。ソルディング領までの道は、上り下りを繰り返す山道が続くそうだ。荷馬車をひくフロストには辛い道であり、自然と休憩が増える。

 昼の休憩の後もあまり進みが早いとは言えず、この先にあるという村にたどり着く前に、二人は野宿することとなった。ジーンが荷馬車を止めた場所は、この道を通る者が野宿によく使っているのか、たき火を消した跡が見受けられた。

 二人が携帯食で簡単に夕食を済ませる横で、ミィは自分で仕留めた兎に齧り付いている。その兎だって、王都でよくミィが獲って来るものよりも、ずいぶんと痩せている。

 夕食を済ませて、ジーンが今後の予定を考えて唸る。

「この調子だと、予定よりも日数がかかるかもな」

「道もあまりよくないと、ベラルダの人も言ってましたしね」

パレットも、お腹いっぱいになって寝そべるミィの背中を撫でながら、難しい顔をする。


 ソルディングの領主が住まう街までは野宿をすることになると、ベラルダの街で聞いていた。話を聞く際に、「新婚夫婦が行くような場所じゃない」と街の誰もから心配されてしまった。

 そういった話を聞くにつれ、ジーンはわからないと首を捻る。

「仮にも以前は王領だったんだろう? 道の整備とか旅人が泊まる場所とか、偉いさんはそういうことを考えなかったのか?」

大街道とあまりに違い過ぎると言うジーンの言葉に、パレットも頷く。

「今は王弟殿下が領主様ですから、国からの補助も出やすいはずだと思うのですけれど」

それともあまりにうまみの薄い土地ゆえに、金をかける気にならないのだろうか。王都に住まう貴族ならば、あり得る考え方だ。

「なんにせよ、ここに生まれた奴らにとっては、たまったものじゃないな」

夜の闇に飲まれゆく大地を眺めて、ジーンがため息をついた。パレットもジーンと同じ景色を眺めながら、眉間に皺を寄せる。

「……この荒涼とした土地では、もし天候が荒れでもしたら、農民は飢えて死ぬしかないでしょうね」

未来に希望を抱けない土地に、それでもしがみつくしかない農民。彼らは、なにを思って暮らしているのだろうか。そんなことを考えるうちに、パレットの心は重く沈んでいった。


 次の日も、小刻みに休憩を挟みながら進んでいく。時折農地らしき場所を通ることもある。しかしそのどれもが荒れ果てており、手入れがされているとは言い難い。

 こうして道をゆき、もうじきソルディング領に入って一つ目の村に到着するかという頃、それは起こった。

 荷馬車の中で寝そべっていたミィがふいに起き上がる。

「グルル……」

そして唸り声をあげた。

「どうしたの?」

普段あまり唸ったりしないミィの変化に、パレットは驚く。

 ジーンはミィの様子を見ると、荷馬車を止めて厳しい目つきで周囲を警戒し始めた。だが今いる場所は、小高い丘に囲まれているため視界が狭い。

 ジーンとミィのただ事ではない様子に、パレットは身体を固くする。

「パレット奥に……、いや、見えるところにいた方がいいか」

パレットにそう告げてきたジーンが、腰に差してあった短剣に手をかけた時。

「かかれ!」

男性の声が荒野に響いた。次の瞬間、右手の小高い丘の向こうから、十人ほどがこちらへ駆けてきた。彼らのその目は血走っており、手にはそれぞれ棒切れや鍬などを持っていた。


 ――盗賊? にしては貧相な装備ね。

 彼らの武装というにはお粗末な武器を見て、パレットは眉をひそめる。

 彼らが馬車へ接近する前に、ミィはパレットの横をすり抜けて外へと飛び出した。それに続くように、ジーンが短剣を抜いてひらりと荷馬車から降りると、強張った表情で座るパレットをちらりと見た。

「パレット、そこを動くなよ」

「う、うん……」

パレットはかろうじて頷くと、ジーンに代わって荷馬車の手綱を手に持ち、お守りのようにそれをぎゅっと握りしめる。荷馬車に繋がれたフロストはさすがに軍馬だけあり、動揺することなく佇んでいる。パレットよりも落ち着いているかもしれない。

 襲って来た者たちは、こちらが向かってくるとは思っていなかったのか、明らかに動揺している。その様子を観察していて、パレットは気が付いたことがある。

 ――あれは、農民?

 身に着ける服は農作業のものであり、持っている装備を見ても、彼らが戦いを生業にしていないことは明らかだ。人数は十人と優っていても、その動きはてんでバラバラで、戦い慣れしたジーンの動きを止められるものではない。

「俺たちだって、やれるんだ!」

そう叫ぶ一人から、ジーンは器用に武器を取り上げた。その後もジーンは棒きれや鍬の柄を叩き折り、彼らを手早く戦闘不能にしていく。


 ――大丈夫みたいね。

 パレットはホッと息を吐いた。その油断がいけなかったのかもしれない。

「動くな」

すぐ近くで声がした。パレットはビクリと背筋を震わせ、声のした方を振り向く。すると、ナイフを突きつけられているのが見えて、パレットは息を飲んだ。さらに驚いたことがある。

 ――子供?

 パレットにナイフを突きつけているのは、まだ幼い少年だった。少年はパレットの腕を強引に引くと、ジーンがいる方へ叫んだ。

「おいお前! この女に乱暴をされたくなければ……」

しかし少年は、せりふをみなまで言うことができなかった。

「みゃ!」

突然、ミィが荷馬車の屋根から降りて来た。いつの間にか上にいたらしい。

「うわっ……!」

ミィの出現に驚いた少年は、尻餅をつく。ミィはその少年の腹に乗り上げた。

「フシャー!」

そして、牙を剥いて少年の首筋に噛みつこうとする仕草を見せた。ミィは子供とはいえ魔獣だ。その牙の鋭さは、愛玩動物のそれとは違う。

「ひっ……!」

ミィの牙の鋭さと、首筋にかかる息の生温かさに、少年の先ほどの勢いは急激に萎んだ。彼はとたんに涙目になり、やがて泣き出してしまう。

「ひっ、たすけ、たすけて……」

そんな少年の姿を見て、ミィは気を削がれたらしい。「どういする?」と言いたげな視線をパレットに向けてきた。

「そのまま、そうして乗っていてくれる?」

パレットとて、自分を襲って来た少年を簡単に解放するほど馬鹿ではない。

「うみゃ!」

承知したとばかりに、ミィはそのまま少年の腹の上に座った。


 ジーンの方も、どうやら片付いたようだ。というよりも、少年がミィに捕らえられると、他の者たちはみんな動きを止めた。ジーンは彼らを、慎重に拘束した。

「パレット、怪我は?」

荷馬車に戻ると、ジーンがまずそう尋ねてきた。ジーンからは荷馬車の様子が確認できなかったのだろう。

「ミィが助けてくれたから、かすり傷一つないわ」

パレットがそう言って視線をやると、ミィは誇らしげに胸を反らした。その様子が愛らしく、パレットは思わず笑みを漏らす。すると緊張して強張っていた身体の力が抜けていく。

「偉いぞ、ミィ」

「うみゃん!」

ジーンもそう声をかけると、ミィは嬉しそうに鳴いた。先ほどの威嚇していた姿など、なかったかのようだ。

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