43話 国境の街ベラルダ
王都を出立して半月程が経ち、パレットたちは予定通り国境の街ベラルダへと到着した。王都から離れるにつれて、のどかと言えば聞こえがいいが、田舎な雰囲気の小さな街や村が続いていた。しかしここベラルダは違った。街全体を壁が囲い、その規模も大きい。
門前での兵士による検めの列に並んで、パレットは改めて街の外観を観察する。
「なんだか、砦みたいね」
パレットはそう言うと、圧倒されるようにため息をついた。堅固な門が街の入り口に築かれており、街を囲う壁も高く築かれている。ジーンもこの感想に頷いた。
「それは当たってるな。副団長が言うには、昔はここは砦だったそうだぜ。その跡に街ができたんだと」
なるほど、道理で頑丈な門と壁なはずだ。納得するパレットに、ジーンが続ける。
「ここはルドルファン王国への入り口でもあるからな。行き来する旅人を監視する駐在所があって、取り締まりは厳しいらしい。もしかすると、王都よりも守りは固いんじゃないか?」
犯罪者や盗品などを国外に流さないため、領主の配下の者たちが日夜、目を光らせているのだそうだ。この国では王都から離れるにつれて、貴族も仕事熱心になるのかもしれない。
そんな話をしているうちに、パレットたちの順番が回って来た。
「ご苦労様です」
にこやかな笑顔で、ジーンが身分証を見せる。
「買い付けか。丁度ルドルファンの商人が、大量に品物を卸して行ったばかりだ。運がいいな、あんたらは」
兵士がにっこりと笑ってそう言った。彼が言うには、国境の街であるベラルダにはルドルファン王国の品物も多く入ってきており、それらを買い付けに来る商人は多いのだそうだ。
「それはよかった、ではお勤め頑張ってください」
ジーンが兵士に頭を下げる後で、パレットも慌てて頭を下げた。
門を潜り壁の中に入ると、ベラルダの街は賑わいを見せていた。道は綺麗に整備されており、人々にも活気がある。それに街の作りが、マトワール風とルドルファン風が混じったような雰囲気である。
「異国風というか、なんだか面白い街ね」
「みぃ!」
ミィもパレットの足元でそわそわとしている。きっと美味しそうな匂いがするのだろう。
「まずは、買い物を済まそう」
ジーンがそう告げたので、まず宿を決めて、荷馬車とフロストを預けることになった。荷馬車の見張りとフロストの世話を宿に頼み、パレットとジーンは買い物に出かけた。
「品物が入ったばかりなら、買えないということはなさそうですね」
パレットは室長から手渡された買い物リストを確認する。
パレットたちの目的地はソルディング領なのだが、実はベラルダでの買い付けは本当に命じられていた。そのために荷馬車が用意されたのだ。パレットが見ているリストには、びっしりと買ってくるものが書かれてあった。
ルドルファン王国のものは、品薄だと王都まで届かなことがある。距離があるため仕入れの確保が難しく、いかに王都の貴族といえども手に入らないということは、ままあることだ。
王都と国境を繋ぐ移動の魔法具というものがあるらしいが、それは非常時やお偉方の移動にしか使えず、品物を運んだりはしないらしい。その魔法具を動かすのに、結構な経費が掛かるのだとか。
しかし王族が主催するパーティなどで、流行のものが入手できていないと、対外的に侮られる。なので王城側から信頼できる人物に命じて、直接買い付けを行うことがしばしばあるのだとか。
通行人から話を聞いて、ルドルファン王国のものを取り扱っている店を教えてもらった。二人で向かうと、そこは客で賑わっていた。
「広い店ね」
その広さと品揃えに、パレットは目を見張る。そして呆けてる場合ではないことに、すぐに気付く。早くしないと売り切れてしまうかもしれない。
「えっと、カーリーとセンタクバサミはどれですか? どんな品物かわからなくて」
「ああ! こっちにあるよ!」
事前に確認する中で最も意味不明だった品物を、パレットは店員に真っ先に尋ねた。それらは店の人気商品らしく、広く場所をとってあった。
「なんだか、見たことのないものね」
パレットはカーリーとセンタクバサミを手に取って、首を傾げる。それらが入れられた袋には、ご丁寧に使用方法を書いた紙が入れてあった。
「へえ、便利だわ」
使用方法を読みながら、パレットは感心する。こうしてあれば、ルドルファン王国から離れた場所にいる人でも、使い方がわかる。感心しているパレットに、店員が笑って言った。
「それらはね、聖女様のお知恵の賜物さ!」
「……聖女様、ですか」
パレットは驚くように呟いた。パレットも教会で、ルドルファン王国に現れた聖女様の話は聞いたことがある。しかし自分とは関係のない人だと思っていた。それがこんな場所で聖女様を知るとは。世の中はわからないものである。
こうして、パレットがジーンと手分けして買い込んでいると、楽しそうな会話が聞こえてきた。
「ねーオル様、これ可愛くない?」
パレットと少し離れた場所で、賑やかに買い物をしている二人連れがいる。一人は背の高い短い銀髪の青年で、一人は小柄でフードを被った少女だ。二人とも旅装であり、言葉の訛りからすると、ルドルファン王国から来たのであろう。少女が明るい桃色と白の柄の人形を持って、青年に見せている。あの人形はおそらく、噂に聞く聖獣ヴァーニャを模したものだろう。
「……帰れば本物がいるだろう」
青年が呆れた様子で諭すと、少女はぷうっと頬を膨らませる。
「『パチモン』を楽しむのも旅の醍醐味だって、アヤが言ってた!」
その賑やかな様子に、パレットが微笑ましく感じていると、自分の買い物ノルマをこなしたジーンがこちらにやって来た。
「どうした?」
ジーンが、二人連れをぼうっと眺めていたパレットに尋ねる。
「あの二人、仲良しだなと思って」
そう聞いたジーンが、パレットの視線を追って二人を見た。だがすぐに、眉を顰める。
「ああ、あの二人な。たぶんあれ、普通の旅人じゃないぞ」
「……そうなの?」
和んでいた自分とは違う意見に、パレットは目を丸くした。そんなパレットの注意を促すように、ジーンが小声で囁く。
「さっきすれ違う時、妙に威圧された。あの威圧感は、熟練の兵士なんかが持つものだ」
パレットがごくりと息を飲んだ。二人の間に緊張が走った時。
「みぃ~」
ミィがパレットの足元で鳴いた。見てみれば、なにかの肉を咥えている。
「ミィったら、誰に貰ったのよ?」
「俺らが買い物に忙しくしている時に、ちゃっかりしてるぜ」
おねだり上手なミィに、二人は小さく笑った。
***
その時、一方の二人連れもパレットたちの噂をしていたなど、二人は知る由もなかった。
「オル様、魔獣がいる」
「……なに?」
少女の囁きに、青年は表情を険しくする。
「あれ、子供だけど魔獣ガレースだよ」
少女が目線だけで示した先にいるのは、つい先ほどすれ違った男性と、その連れらしき女性だ。そして女性の足元に黒い獣がいて、彼女に懐くようにすり寄っている。少女があれを魔獣だと言うのならば、間違いないだろう。
「魔獣が人に懐くとは珍しい。それにあの男。商人を装っていたが、あれは剣士だ。それもおそらく腕の立つ奴だろう、身のこなしが違う」
あの男性が金を払っている場面を見たが、手のひらには分厚い剣だこがあった。まだ若くとも、実力のある者と見ていいだろう。
「へぇ、なんか面白そう!」
魔獣に懐かれる女性に、商人を装った剣士。確かに面白そうな取り合わせである。しかし自分たちは、それにかまけてはいられない。
「面白そうなのは認めるが、用事が先だぞ」
「はぁい、ちぇっ!」
少女はつまらなそうに、口先を尖らせた。




