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不機嫌な乙女と王都の騎士  作者: 黒辺あゆみ
五章 ソルディング領

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40話 新婚夫婦

王都からルドルファン王国との国境の街まで、荷馬車に揺られておおよそ半月で到着する。王都を出立して一週間が経つが、パレットはいまだに慣れないでいる。

 現在パレットたちは、本日の宿泊地と定めた街で食料を買い込んでいた。

「へぇ、新婚さんなのか。いいねぇ色男は」

ジーンが八百屋の店主と話をしているのを、パレットは隣でぼうっと聞いている。ジーンの猫かぶりが威力を発揮しており、店主との会話が弾んでいるようだ。ついでに道行く人々の視線も釘付けにしている。なにせジーンは、見た目がいい男だ。

「国境のベラルダまで行くんですけど、道はどうですかね?」

「最近はずっと天気がいいからね。雨で道が崩れたとかいう話は聞かないな」

「そうですか、それはよかった」

ジーンと店主がそんな世間話をしている間、パレットの横を通り過ぎる女性たちからの視線がパレットに突き刺さる。


「あの人、いい男ね」

「新婚らしいわよ、残念」

「えぇ? あの女が奥さん?」

「私の方が美人じゃないの」

そんな内容の会話が聞こえてくる。別段パレットが耳を澄ましていたわけではなく、彼女たちは声を潜めもせずに話しているのだ。

 ――どうせ、釣り合いが取れてませんよ!

 平凡な容姿のパレットと秀麗で人目を惹く容姿のジーンが並んで立っていれば、自然と女性の視線が集まることはわかりきっている。しかし「逃げるな」とばかりに、ジーンにがっちりと肩を組まれていては、その視線を避けようがないのだ。

「奥さんも、旦那さんに優しくしてもらいなよ」

「そ、そうですね、ははは……」

パレットは店主に話を振られて、引きつらないように懸命に表情筋を動かすが、成功しているとは言い難い。だが相手は、パレットが新婚ゆえに照れていると思ったようだ。


「いいねぇ、初々しくて。子供はまだかい?」

「こいつが子供みたいなもんですよ」

「みゃあん!」

ジーンがそう言ってパレットの足元に視線を向けると、店主から貰った果物を食べていたミィがご機嫌に鳴く。ジーンは冗談のつもりだろうが、それが間違いではないところがまた、パレットを微妙な心境にさせる。

「そうかい! お幸せにな!」

店主の笑顔に見送られ、パレットたちは八百屋を後にした。二人と一匹は大通りを並んで歩き、荷馬車とフロストを預けてある宿屋へと向かう。買い物の荷物を抱えたジーンは、足元を歩くミィを見て苦笑する。

「ミィは貢がれ上手だな、行く先々で食い物を貰っている」

「みぃ!」

ミィはたくさん食べることができて満足そうだ。

 王都でも餌を貰う場所を確保しているミィは、その才能を旅の間でも発揮していた。本来ならば魔獣として恐れの対象となるべきミィだが、愛玩動物としての地位を築きつつある。これも、オルレイン曰く賢い魔獣だからだろうとのことだ。

 ――自分が可愛いっていうことを知っているのよね、ミィは。

 ミィだって日々成長しており、現在身体の大きさは中型犬ほどになっている。それでも人懐っこさは変わりなく、魔獣だと言わなければ気付かれないだろう。


 宿屋に戻ると、じきに夕食の時間となる。食事は一階の食堂で食べるように言われたので、パレットたちは買った荷物を整理してそちらへ向かう。パレットたちは早朝に街を発つので、朝と昼の食事は簡素な携帯食で済ませる。なので夕食が一日で唯一の温かい食事だ。

「ほら、お前にも特別だよ」

宿屋のおかみさんが、ミィの前に肉が入った皿を置いた。

「うにゃん!」

ミィはそれを見て目を輝かせると、おかみさんの足元に頬ずりする。食べ歩きをした後でも、まだ入るらしい。

 宿屋の主夫婦も最初は、獣のミィを宿の室内に入れることに、いい顔をしなかった。だが利口なミィを見ている内にほだされたようだ。泥で室内を汚さないことを約束して、ミィも一緒に入ることを許された。

 そしてパレットとジーンは夫婦という触れ込みである。夫婦であるからには部屋は同室だ。むしろ別室を取ったら、宿屋から妙な疑いを持たれるところだろう。それはパレットにだってわかる。今まで泊まった街や村でだって、ジーンと同室で過ごしてきた。しかし本日、新たな問題が発生した。


 ――どうしてベッドが一つなの!?

 宿屋が新婚らしき夫婦に妙な気を遣ったらしく、部屋の真ん中に大きなベッドが一つ鎮座している。壁紙も雰囲気のある色合いで、あからさまな新婚仕様の部屋の作りとなっていた。

「喜べ、パレット。俺たちはちゃんと熱々の新婚夫婦に見えたようだぜ」

ジーンはそんな呑気な感想を述べているが、パレットの心境はそれどころではない。

 ――今夜はこれで寝るの、私!?

 別々のベッドで寝るのだって、ジーンの様子が気になるというのに。自分はこの旅で、一体なにを試されているのだろうか。パレットは頭の中が煮えそうになる。

 そんなパレットを見て、ジーンが苦笑した。

「そんなに怖い顔しなくても、俺は床で寝るって」

そう申し出てくれたジーンに、パレットはホッとしたのも事実だ。しかしすぐに思い悩む。


 ――ジーンだって、疲れていないはずないのよ。

 むしろずっとフロストの手綱を握っているジーンの方が、ずっと気疲れしているに違いない。ここで床で寝るべきなのは、自分の方ではないだろうか。

「あの、私が……」

「自分が床で寝るとか言うなよ。女をベッドから追い出す男なんざ、何様かって話になるだろうが」

みなまで言う前に、ジーンに釘を刺されてしまう。だが妙なところで男気を出されても、パレットとしても困る。ジーンだって明日も一日荷馬車に揺られるのだ。きちんとベッドに寝て、疲れをとる方がいいに決まっている。

 ――うう、どうするべきなの私!?

 結構な時間ぐるぐると考え、ジーンが買ってきた荷物の整理を終えた頃、パレットはぼそりと告げた。


「……今日はここで、二人で寝ましょう」

パレットの一大決心に、ジーンが目を丸くしているのがわかる。パレットは頬を赤くしているところを見られたくなくて下を向いた。

 ――すごく恥ずかしいことを言った気がする!

 内心で身悶えしているパレットの頭を、ジーンが軽く叩いた。

「ありがとな、奥さん」

「……うん」

ジーンのいつもからかい交じりの「奥さん」という言葉が、この時ばかりは聞いていて気恥ずかしかった。

 こうしてパレットは、宿屋からもらった湯を二人で順番に使った後、ベッドに入った。そして枕をベッドの端へと移動させて、出来る限り隙間を空ける。ジーンがベッドに座り、その振動が伝わる。パレットが妙な緊張感を抱いていると、二人の間にミィが滑り込んできた。

 宿屋から汚すなと注意されているので、ミィの足はきちんと拭いてある。なので泥で汚れるという心配はないのだが。いつもはパレットのベッドの下で丸くなるミィが、何故か今日は違った行動をする。

「ミィも、ここで寝るの?」

「みぃ!」

パレットが訪ねると、ミィが元気よく鳴く。真ん中に寝転がったミィが、何故かご機嫌だ。

 シーツが毛だらけになるのは、明日の朝宿屋に謝っておこう。

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